戦えない雑用係の私は、追放されて初めて自分の価値を知りました
「リナ。悪いが、今日でパーティを抜けてくれ」
冒険者ギルドの食堂で、ガレスはそう言った。
「……私ですか?」
「ああ」
隣には見覚えのない女性が座っている。腰には長剣。使い込まれた革鎧。私なんかより、ずっと冒険者らしい姿だった。
「彼女はセリア。銀級の剣士だ」
「セリアです。……ごめんなさい」
「いえ」
そこまで聞けば、理由は分かった。
この街のダンジョンには、一つだけ絶対の規則がある。
一つのパーティにつき、入場できる冒険者は五人まで。
私たちは五人。セリアさんを入れるなら、一人抜けなければならない。
「リナがやってくれてた仕事が必要ないとは思ってない。荷物の管理も、地図も、装備の確認も、ずっと助かってた」
「はい」
「ただ、俺たちもそろそろ深層を目指したい。五人しか入れない以上、一枠を戦闘に使いたいんだ」
それは、分かる。
前衛のガレス。盾役のボルグ。魔法使いのミーナ。治癒術師のエル。そして私。
私は剣も魔法も人並み以下。持っているのも《整理》という生活スキルだけだった。
自分が管理を任された物について、種類、数量、状態、置いてある場所が分かる。
商人や倉庫番なら便利。でも、魔物は倒せない。
「リナがやってた仕事は、これから五人で分担する。一個一個は俺たちでもできるからな」
「……そうですね」
その通りだった。
回復薬を数える。装備を見る。食料を買う。地図を書く。野営の準備をする。魔物の特徴を記録する。
どれも、私にしかできないことじゃない。
五人で分ければいい。
逆に、戦闘中にセリアさんができることを、私はできない。
だったら、五人しかない席の一つを私が使っている理由はない。
「分かりました。今までありがとうございました」
三年間いたパーティだった。
寂しくないと言えば、嘘になる。
でも、仕方がない。
私は一人分の働きをしていなかった。
だから席を失った。
それだけのことだ。
◇
「四人なんですか?」
「ああ。先月、一人抜けてな」
翌日。
冒険者ギルドの募集板の前で、私は四人組の冒険者と話していた。
リーダーはディーン。他には女剣士のカーラ、魔法使いのノア、治癒術師のフィア。
ちょうど五人目を探しているらしい。
「何ができる?」
「《整理》というスキルを持っています。管理を任された物の種類と数と状態と場所が分かります」
「へえ。便利そうだな。戦闘は?」
「剣を少し。でも……あまり強くありません」
ディーンは三人と顔を見合わせた。
胸が縮む。
五人しか入れない。私を入れたら、もう戦闘職は入れられない。
「まあ、一回潜ってみるか。こっちも四人じゃ不便なんだ。合わなきゃ一回で終わり。それでいいだろ?」
「はい!」
思ったより大きな声が出た。
今度こそ。
五人目に入れてもらったなら、その一人分は働こう。
◇
翌朝、ダンジョン前に集合した。
「それじゃ、行くか」
「あ、待ってください。カーラさんの予備の短剣、刃が欠けています」
「え?」
カーラが荷物から短剣を出した。
「あ、本当だ」
「昨日、荷物を任せてもらったときに《整理》で確認しました。予備なので急ぎではありませんけど、帰ったら研いだ方がいいと思います」
「分かった。ありがと」
「それと回復薬は十二本。三本が古いので、そちらから使いましょう。解毒薬は四本。松明は二十四本ありますが、一本だけ湿っています」
「……もう全部調べたのか?」
「はい。それから食料は六日分あります。予定は三日ですよね? 非常用を二日分残して、一日分は置いていった方が荷物が軽くなります。地図用の紙は十七枚、予備のインクが少ないので次回までに――」
「待った」
心臓が跳ねた。
「すみません。余計なことでしたか?」
「逆だ。十分だよ。助かる」
「……はい」
十分。
その言葉が、妙に引っかかった。
◇
ダンジョンに入って二時間。
私は、やっぱり戦闘ではほとんど役に立たなかった。
「下がってろ、リナ!」
「はい!」
カーラがゴブリンの剣を受け、ディーンが横から斬り込む。ノアの火球が最後の一匹を吹き飛ばした。
私は後ろで見ていただけだった。
何もしていない。
戦闘が終わると、すぐに駆け寄った。
「カーラさん、右肩の革紐が緩んでます。さっき受けたときだと思います」
「あ、本当だ」
「ディーンさんの盾も縁が少し曲がっています。まだ使えますけど、強い攻撃なら左側で受けた方がいいです」
「分かった」
次は地図。
分岐を記入する。
ゴブリン三体。うち一体が革鎧。右側の通路から湿った風。壁面に青苔。水場が近いかもしれない。
「リナ、何してる?」
「地図です」
「それ、俺の担当なんだけど」
「あ、すみません! 勝手に仕事を取ってしまって」
「怒ってないって」
ディーンが私の地図を覗き込んだ。
「俺のより細かいな」
「前のパーティでもやっていたので」
「じゃあ地図は任せてもいいか?」
「もちろんです!」
一つ増えた。
よかった。
これなら少しは、一人分に近づける。
◇
昼になった。
「ここで休むぞ」
私はすぐに荷物を下ろした。敷物、水、保存食、鍋。それから薪を――
「昼飯は私の担当だよ」
フィアが鍋を持っていた。
「あ……じゃあ薪を集めます」
「それ俺」
ノアが手を上げる。
「じゃあ水を」
「私がやるよ」
カーラはもう水袋を持っていた。
「装備の確認を――」
「自分のは自分で見るぞ」
ディーンまで盾を確認している。
仕事がない。
荷物の整理は終わった。地図も書いた。何かしないと。
「リナ、休めば?」
「でも、私まだ何もしてません。戦闘でも後ろにいただけですし」
「荷物やって、地図やって、装備も見ただろ」
「それだけじゃ一人分になりません」
ディーンの手が止まった。
「五人しか入れないんですよね。だったら私を入れるなら、私も一人分働かないと」
四人が顔を見合わせる。
やっぱり変なことを言っただろうか。
「前のパーティじゃ、昼休みに何してた?」
「食事の準備と、午前中に使った道具の確認と、回復薬の残数を数えて、装備を見て、地図を整理して、午後の松明を出して……」
「全部一人で?」
「はい」
「他の四人は?」
「休んでました」
今度こそ、四人が黙った。
「夜営は?」
カーラが聞いた。
「私です」
「食事」
「私です」
「装備の手入れ」
「私です」
「買い出し」
「私です」
「依頼の報告書」
「私です」
「魔物の記録と地図」
「私です」
ノアが手を上げた。
「待て。お前、何の担当だったんだ?」
「雑用です」
「それ、雑用じゃなくて運営じゃない?」
「でも、全部誰でもできますよ?」
「できるよ。だから俺たちは四人で分担してる」
ディーンが私を指さす。
「お前はそれを一人でやってたんだろ?」
「……はい」
「何年?」
「三年くらいです」
「それだけやって、まだ一人分じゃないと思ってるのか?」
答えが出てこなかった。
私は、何をすれば一人分だったんだろう。
魔物を倒せたら?
ガレスみたいに剣を使えたら?
ミーナみたいに魔法を撃てたら?
それができないから、私は――
「とりあえず座れ。リーダー命令だ」
ディーンが敷物を指さした。
「昼飯食え」
私は、おそるおそる座った。
「どうぞ」
フィアからスープを受け取る。
「……ありがとうございます」
温かかった。
昼休みに温かい料理を食べたのは、いつ以来だろう。
◇
午後も、私は何度も仕事を探した。
「ノアさん、松明を――」
「俺の仕事」
「カーラさん、水を――」
「私の仕事」
「フィアさん、薬草を――」
「それは一緒にやろっか」
「はい!」
ようやく仕事があった。
でも、変だった。
午前よりずっと楽なのに、探索は何も困っていない。
むしろ速い。
私が全部やらなくても、ちゃんと進む。
そんな当たり前のことを考えていたときだった。
「前!」
岩陰から飛び出した大ムカデが、カーラの脚に噛みついた。
「くっ!」
カーラの剣が大ムカデを床へ叩き落とす。
「毒! 解毒薬!」
フィアが叫んだ。
荷物。
私が管理を任された荷物。
《整理》。
考えるより先に分かった。
「左の革袋、上から二つ目! 青い栓です!」
「あった!」
ノアが取り出した薬をフィアがカーラに飲ませる。
数秒後、荒かった呼吸が落ち着いた。
「……助かった」
フィアが息を吐く。
「助かった、リナ。すぐ場所が分かったから間に合った」
ディーンの言葉に、私は目を瞬いた。
《整理》は、荷物の中身が分かるだけ。
魔物を倒せない。傷も治せない。毒も消せない。
でも、解毒薬を探す時間をなくすことはできた。
ほんの少し。
それだけかもしれない。
「リナ、ありがと」
カーラが床に座ったまま笑った。
胸の奥が、熱くなった。
「……どういたしまして」
◇
三日後。
予定通り、私たちはダンジョンから帰還した。
「あー、疲れた! 酒場行こう!」
「先にギルドへ報告」
カーラをディーンが止める。
「その前に装備を修理へ出した方がいいです。カーラさんの短剣と、ディーンさんの盾。それからノアさんの杖も石突きが少し緩んでいます」
「もう確認したの? 早いなあ」
カーラが笑う。
私も少し笑った。
三日間、無事に終わった。
大きな怪我もなかった。
私も、少しは役に立てたと思う。
「リナ。三日間お疲れ。最初に言ったよな。合わなきゃ一回で終わりだって」
「はい」
「合った。俺たちは、お前に正式に入ってほしい」
「……私を、ですか?」
「ああ」
嬉しい。
そう思った直後、昨日までの自分が顔を出した。
「でも、私はほとんど戦ってません」
「そうだな。戦闘だけなら、お前より強いやつはいくらでもいる」
あっさり言われた。
でも、ディーンは続けた。
「カーラ。今回、装備の管理にどれくらい時間使った?」
「ほとんど使ってない。リナが先に見つけるから」
「ノア。荷物の中を探し回ったことは?」
「一回もないな」
「フィア。薬と食料の残りは?」
「リナが全部教えてくれた」
「俺は三日間、地図を書かなかった。その分、周囲を見る時間が増えた」
ディーンが私を見る。
「お前が来てから、俺たちは自分の仕事だけやればよくなった」
「でも、それは雑用を私が代わりにやっただけで――」
「だから、それが助かったんだよ」
言葉が止まった。
「誰でもできる仕事なんだろ? なら誰かがやらなきゃいけない。カーラがやれば、その間は剣を振れない。ノアがやれば魔法の準備ができない。フィアがやれば薬草の整理が止まる。俺がやれば周りを見られない」
ディーンは続けた。
「五人目に剣士を入れれば、剣が一本増える。魔法使いなら、魔法が増える。でもお前を入れたら、今いる四人が自分の仕事に集中できる」
胸の奥が熱くなった。
「それに私、毒食らったとき助けてもらったしね」
「あれは《整理》が――」
「その《整理》を持ってるのがリナでしょ」
カーラに言われ、返す言葉がなかった。
「地図も俺より上手い」
「料理は?」
ノアが聞く。
「それは私の仕事!」
フィアが即答し、みんなが笑った。
私も笑った。
でも、目の奥が少し熱かった。
五人しかない席を使うなら、自分一人で何か一つの役目を果たさなければならないと思っていた。
剣士なら剣で戦う。魔法使いなら魔法で戦う。
私はそのどちらもできない。
だから、足りない分を埋めるために、もっとたくさん働かなければならないと思っていた。
でも、違った。
カーラが剣を振れるように。ノアが魔法に集中できるように。フィアが治療に専念できるように。ディーンが周囲を見られるように。
四人を支えることも、ちゃんと一人分の仕事だった。
「だから改めて聞く」
ディーンが手を差し出した。
「リナ。俺たちの五人目になってくれないか?」
五人しか入れないダンジョン。
だから私は、一度その席を失った。
私より強い人がいた。それは間違っていなかったと思う。
あの人たちは、あの人たちに必要な人を選んだ。
そして、この人たちも。
「……私でいいんですか?」
ディーンが笑った。
「お前でいいんじゃない。お前がいいんだ」
今度は、ちゃんと笑えた。
「はい! よろしくお願いします!」
その手を握る。
「決まり! 酒場行こう!」
「だから先に報告だって」
「報告書なら私が――」
「俺が書く。リーダーの仕事だ」
「じゃあ私は?」
「装備を修理に出してくれ。それで終わり」
「それだけですか?」
「それだけ」
昨日までなら、他の仕事を探していた。
一人分働かなければと焦っていた。
でも今は、それだけでいい。
全部やらなくていい。
剣は大して使えない。魔法も使えない。
それでも私にできることがある。
そして、それを必要としてくれる人たちがいる。
「リナ、早く行こう!」
先に歩き始めたカーラが振り返る。
「はい!」
私は四人のところへ走った。
五人目の席は、ちゃんと私の席だった。




