近づいてきたのは、君のほう。
「わ……!」
王都の華々しさに、目を回しそうになる。
やっぱり都会は違う。
(こんなにきらきらしたところにいるんだ)
胸元に遣ってしまう手は、不安だからだろう。
行き交う人の多さに酔いそうだ。
**
騎士団の詰所まで訪ねてきた幼馴染の姿に、彼は少しだけ目を見開いた。
どうしてここに、という無言の表情に期待が萎んで、申し訳なさで胸がいっぱいになる。
彼は随分と背が伸びた。
前からかっこいいとは思っていたけど、すごく凛々しくなった。
自分みたいなちんちくりんが隣にいると、悪い噂がついてしまうかもしれない。
(こんな友だちがいるってだけで、モテてるだろうから邪魔になるかも)
素敵なお嬢さんと、めくるめくなラブロマンスを展開するかもしれない。ちょっぴりさびしいけど、応援しよう。
(正直、美男美女の恋愛もの、大好物だし)
そんなことを考えて表情が緩んだ瞬間に、彼が目を細めた。
「オルガ、なにかよからぬ妄想をしていません?」
「べっ、べつに!」
彼は王都の騎士団に所属している。自分たちのいる田舎からまさかこんな風に出世する者が出るとは。
オルガは村のみんなに持たされた、彼への土産を掲げた。
「みんなからだよ。立派になったって、村のみんなに私が自慢する!」
なんで君が?
そんな冷ややかなツッコミが入ると思っていたのに、違った。
「…………」
無言でこちらを見下ろしてくるノインに、不思議そうに瞬きをしてしまう。
(……そっか。もう、こんなに身長違うんだ)
あんなに背が小さいことを気にしていたのに、大きくなったんだねえ。
「突然孫を慈しむような視線を、向けないでくれますか」
「そんなつもりはないって」
視線を逸らして、あははと誤魔化し笑いをしてしまう。
こうして訪ねた彼が時間を割いてくれてありがたい。まだ自分のことをこうして憶えていてくれる。
「こっちは精がつくって、おじいちゃんからなんだ。へへ。まだ二十歳にもなってないのに気が早いよね。
でもさ、私もノインの子どもって絶対可愛いと思うんだよね。んふふ。
いや、でもね、立派な騎士になってるわけだし、綺麗なお嬢さんたちにモテモテだと思うし、あ、男の人にもモテてもいいと思うんだ。
そこはさ、個人の思想の違いっていうか、好きになった人が、好きっていう?
田舎出身とか恥ずかしくて隠したいなら協力するし、二度と現れるなって言われたらそうするから安心してね!」
土産が入った籠を差し出したまま、オルガが一気にまくし立てた。
彼女は、迷いのない、曇りの一切ない笑顔をノインに向ける。
「だってノインは私の自慢だもん」
*
背が低く、元気いっぱいで、欲望に素直。
悩んでいても、腹が減るとそちらに注意が向いた挙句、満腹になるとケロっと忘れてしまう。それがオルガという娘だった。
宿を取ろうとしたがノインが泊めてくれると言い出したので、甘えることにした。
人の数がそれほど多くない道なのが助かる。
「でもいいのかな。ノインの彼女さんに悪くない? ほんとにまずかったら言ってよね? 大丈夫だよ部屋の隅っこでちっちゃくなってるから」
ね?
と振り向いてから、オルガは動きを止める。
「…………遠くない?」
いくらなんでも離れすぎでは?
(友だちだと思われたくないってこと?)
かなしい。
確かに、都会のお嬢さんに比べると……。
オルガは自分の衣服を見下ろす。
王都に行くということで、一番綺麗なものを選んだのだけど……やっぱり。
「ごめん……やっぱり宿を」
「安全距離」
言葉を遮るように、鋭く言われる。
なんて? と、目を丸くした。
夕陽に照らされた幼馴染は、やっぱりかっこよかった。
「君にとっての、安全距離」
右をみて。
左をみて。
オルガは首を傾げた。
「そんなに危ないことがあるの?」
都会ってこわい……。
「魔物が出る」
「まっ!? 都会に魔物!?」
「心の魔物が」
「はっ?」
よくわからないことを言っている。
オルガは意を決すると、勢いをつけて三メートルは開けているノインに近づいた。
「私がノインを守る!」
見上げた先の彼が、軽く目を見開いていた。
「婿入り前の大事な友だちがこんなに怖がってるのに、なにもしないなんて無理だよ! なんでも言って!
あ、でも綺麗なお嬢さんを紹介してくれとかは無理だからね」
「…………」
ノインが小さく笑う。
「近づいてきたのは、君のほうですよ?」
「…………ん?」
なんでそんなに嬉しそうなんだろう……。
そんなに……そんなに怖かったの!?
(くっそー! 我が幼馴染ながらかわいいやつ!)
**
案内された彼の今の住処は、独り身としてはかなりいいほうだ。
オルガがここに住んでも問題ないようなほど整理整頓されているし、綺麗だ。
毎日とはいえないだろうが、きちんと掃除をされていて、大事に住んでいるのだとわかる。
「わあ。買い置きもあるんだね。腐りにくいものが多い……乾麺? こっちは……干し肉と、私の好きなジャム!」
一日や二日くらいなら、ここにあるものでなんとかなりそうだ。
どうりで野菜や果物などの鮮度のあるものだけを、彼が帰り際に買ったわけだと納得する。
「お腹すきました?」
「すいた! あ、でも私がやるよ。泊めてもらうんだし! 食器洗いとか、片づけも!」
テーブルの上に置いた紙袋から、買ってきた野菜を取り出してノインが薄く、そして優しく微笑んだ。
「俺がやります」
「お世話とかしなくていいよ! あ、でも、私が作るのって田舎料理だし口に合わないかな」
「君の料理はなんでも美味しいですよ」
「っ、あ、ありがと! じゃあ」
「でも今日は俺が作りますね」
ガーン! とショックを受け、オルガがしょぼんとしなびてしまう。
都会に住んでいるし、やっぱり料理は口に合わないのを避けたのかもしれない。
(得意料理は芋料理だし。都会のおしゃれな料理は作れないしなぁ)
も、もしやノインは騎士を志願して都会に出てから、料理の腕が上がったのでは?
ハッとした顔でオルガがノインを見つめる。
「お、俺の料理をたんと食いな? って、こと……?」
「……間違ってないですけど、言い方が少し気に入りません」
「ねえねえ、どうしてその口調なの? 昔はそうじゃなかったでしょ?」
「……気に食わないですか」
「ううん、似合ってる! かっこいいよ!」
バチーン! と親指だけ立て、ウィンクをして褒めると、台所に向かっていたノインが足を止めた。
「本当に変わってない……」
「なんか言った?」
「なんでもないです」
*
質素な料理なのに、おいしい……。
口に運んで咀嚼してから、オルガが「負けた……」と驚愕する。
「かっこよくて料理もできるなんて、いいお婿さんになるよ!
田舎の出だからって馬鹿にされたら、胃袋を掴めば一発だって!」
黙々と食べていたノインが、「おいしいですか」と小声で尋ねてきた。
「あ、ごめん。味のこと言ってなかった。
おいしいよ、とっても! すっごくおいしい。毎日食べたいな、私は」
「……言質は取りました」
「ゲンチ?」
首を傾げるが、ノインは返事をしない。
なんだか様子がおかしい気がする。
「もしかして調子が悪い……? あんまり喋らないし……私がうるさいかな!? ごめんね……」
確かによく、おしゃべりが過ぎると言われる。
「で、でもね、こんな私でも、お嫁にもらってもいいって人がいるんだよ? へっへっへっ。村のみんなからは嫁のもらい手がないって散々言われてたけど、やっと……」
と、そこで言葉を止める。
「の、ノイン?」
「……もしかして、それで王都へ来たんですか?」
「うん。結婚前に一回は都会に来てみたかったし、大事な友だちの顔も見たかったしね」
「…………」
「ど、どうしたのノイン」
「滞在はどれくらいなんです?」
「え? そんなにお金ないから、ちょっと見学したら帰ろうかなって」
「ここに泊まってくれていいですよ」
申し出にぎょっとして、オルガは首を左右に振った。
「今日泊めてくれるだけでも助かってるのに!」
「嫌ですか?」
遠慮がちに言われて、うっ、とオルガが言葉に詰まる。
「せっかく来てくれた君を、もてなしたいんです」
そう言われては、断りづらい……。
「わ、わかった! そうだね、もう来ないかもしれないんだし、楽しんじゃおうかな!」
**
大衆浴場へ行くというので、オルガは浮かれてしまった。
でっかい湯船は、夢だった。
「どんなところなんだろ! どわっ」
つまづいてよろめいたオルガだったが、ノインが手を引っ込めているのが見えた。
「ん?」
「不可抗力を回避しました」
「かいひ?」
「抱き留めると、長引きそうだったので」
「??? なにが?」
「接触時間が」
「……?」
オルガは彼に近づき、ずいっと顔を寄せる。
額に手を当てて、熱があるかを確かめた。
「やっぱり調子が悪いんじゃない? 熱はないみたいだけど」
「危険です」
「きけん? なにが?」
「俺が」
なにを言っているんだこいつ。
「家に引き返す?」
「楽しみにしていたのでは」
「いいよ。ノインのほうが大事だもん」
いつかまた、行ける機会があるかもしれない。
オルガは彼の腕を掴み、ぐいぐいと来た道を戻り始める。
「ほら早く」
「……その掴み方は危険です」
「また!?」
「はい。俺が」
「ええっ、ど、どうしよう」
慌てふためくオルガは、指を絡めるようにして手を繋がれた。
ノインが微笑む。
「これなら安心です」
……そうかな?
きょとんとしていたオルガだったが、よくわからないままに「おうよ!」と明るく返事をしたのだった。
***
休みを申請したらしく、滞在している間は一緒にいてくれるということだったが……。
(なんか、なんだろう……)
うん?
「喉渇いてませんか?」
「………………」
手に、水の入ったコップを持っているノインがこちらを見ている。
確かに喉は渇いているけど。
「ね、ねえノイン、過保護っていうか、えっと」
えっと。
オルガは愕然とした。
(どうしよう……すっごい楽なんだけど……)
なにもしなくてもノインが全部先回りをしてしまう。
「も、もらうね」
コップを受け取り、居心地の良さに困惑してしまった。
「たくさん親切にしてもらっても、なにも返せないよ?」
それに。
「だ、だめになりそう……。ここに来てから、掃除とか、片づけとかも……。や、やっぱり今日はやる!」
テーブルにコップを置いてそう言うと、ノインが無言でこちらを見つめてきた。
「そんなに家事がしたいんですか」
「うん。ノインのベッドも占拠しちゃってるし、恩返ししたい!」
そうしたら村に戻ろう。
意気込んでいると、ノインが微笑んだ。
「こういう生活、嫌ですか?」
「嫌じゃないけど、甘やかすのはお嫁さんとか、大事な恋人のために取っておくべきだと思う」
「お嫁さんなら、甘やかしていいんですか?」
「そうだね。甘やかしてあげると喜ぶ女の子は多いんじゃないかな」
「…………………………」
「もう三日もいるし、そろそろ村に戻るよ。あ、でもノインがかっこよく騎士っぽいことしてるの見学してからって決めてるからね」
思案するようなノインが、はは、と小さく笑った。
「今夜、少し話しましょう」
「ん? 今夜?」
今じゃだめなの?
「じっくり」
近づかれた。
「ゆっくりと、ね」
「………………ちかくない?」
拳ひとつぶんの距離しか、あいてない。
にこりと微笑んで、彼は離れた。
*****
オルガはカーテンの隙間から入ってきている太陽の光に驚き、飛び起きた。
「うっ!?」
もしやお昼では……。
寝過ごしたことに落ち込んでしまう。
オルガはベッドから降りようとしたが、バランスを崩して落ちた。
「いだ!
う……? な、なんか……」
「オルガ、起きたんですね」
扉から狭い寝室へと顔を覗かせたノインが、料理を乗せたトレイを片手に持っている。
「お腹すいてますよね?」
「そ、そうだけど……」
ベッド脇の小さな机に料理を置くや、ノインに抱き上げられてベッドに戻されてしまった。
困惑していると、ベッドに腰かけてノインが微笑んでくる。
「なんか嬉しそうだねノイン」
「はい」
本当に嬉しそうなので、つられてオルガも笑ってしまう。
「えへへ。そっか」
「オルガの好きなジャムを使った菓子も作りました。ご飯のあとに食べてください」
「えっ、もしかして、私が寝てる間に作ってたの? うれしいけど、そこまでしなくても」
なんか、ちかいな。
昨日はもうちょっと離れていたような気がする。
トレイの上に視線を遣ると、クッキーがあった。こ、こいつ、こんなおいしそうなものまで作れるのか!
「昨日は無理をさせたのでお詫びです」
「ん?」
「約束しましたよね、俺のお嫁さんになるって」
……………………なんて?
「甘やかしていいんですよね、お嫁さんなら」
「んん?」
「俺の料理、毎日食べたいって言いましたよね」
「んんん?」
「忘れたんですか?」
悲しそうに言われて、オルガは慌ててしまう。
「ちょ! え、えぇ、えええっと」
視線をさ迷わせてから、ふいに自身の体を見下ろす。
寝間着として使っている簡素な衣服から見える肌に、見慣れない痕がある。
一気に顔が熱くなったオルガの視線の先で、ノインが微笑んだ。
「昨日も言いましたけどもう一度言いますね。
オルガのこと、ずっと好きだったんです」
「そ! そ、」
「君がかっこいい騎士に憧れていたから目指したんですけど」
「どっ」
「言いましたよね。近づいてきたのは、君だって」
「そ―――――!」
それは!
うまく言葉が出ない。
「許可したのは君ですよ」
照れて焦って、慌ててしまったのを思い出す。
言った。たしかに。
根負けしたのだ。
「ねえオルガ、もう一度言ってください。…………俺のお嫁さんになるって」
「うううううううう!」
恥ずかしさで死にそう!
シーツをかぶって、オルガがごろんとベッドに横になる。
「嘘だったんですか?」
辛そうなノインの声に、ぎくっと体が強張った。
「うううううううう、嘘じゃない! 言ったもん、言ったから、うううっ」
そうじゃなくて!
「恥ずかしいんだってば!」
「かわいいですよ」
「ばっ、もおおおおおおお!」
「ふふ」
身悶えするオルガを、ノインが微笑ましく見つめる。
「いもむしみたいになってるオルガも、かわいいです」
「やめてええええええ」
*
数日後。
「上機嫌だな」
騎士団の仲間にそう声をかけられて、ノインは汗を拭いながら微笑む。
「はい。ずっと好きだった子と結婚が決まったんです」
どんな女性の誘いにもなびかなかった鉄壁の青年の爆弾発言に、そこにいた者たちが「はああああ?」と声を張り上げたのだった。
短編となります。
読んでいただき、ありがとうございます。




