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悪女皇帝は返り咲く  作者: 智慧砂猫


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第7話『心の調律』

 一介の侍女が──それも、二人共が新人である──専属侍女になるなど、夢のまた夢。高貴な身分の侍女となれば、やはり同じく高貴な身分にある場合が多い。それに比べてシルヴィもブリジットも平民の出身だ。男爵や子爵とは訳が違う、皇帝の専属侍女という名誉は他に代えがたい。


 だが、喜ぶよりは戸惑いが勝った。最終的に皇帝側に付いたとはいえ、これまでの自分たちも皇后宮で働いていたし、皇宮へ追いやられるのを嫌がった。それを笑顔で水に流そうとしているのが信じられなかった。


 許すはずがない。許していいはずがない。真面目な性格のシルヴィは、俯いて小さく震えながら────。


「申し訳ありません、皇帝陛下。私にはあまりに責任が重すぎます。陛下の期待に応えられるかどうかさえ……間接的に裏切っていたのは事実ですから」


 ブリジットも泣きそうな顔で、しょぼくれながら頷く。


 想定外の答えにフレアもふむ、と顎を擦って、少しばかり考える。


「私はそれでも構わないから、そなたたちに専属侍女として働く事を提案したのだが……。余計な不安を煽ってしまったようだな」


 怖がらせるつもりはなかった。二人なら一緒に来てくれると思ったのは、些か甘かったらしいと考え直す。口説き文句とはどういうものなのだろう。本来のフレアであれば、もっと華麗に誘えたのではないかと本気で悩んだ。


「あ、あのぅ、陛下……」


 ブリジットがおそるおそる手を挙げた。


「なぜ我々を御赦しになるのでしょうか?」


 問われた事にフレアは合点がいく。シルヴィもブリジットも、自分たちが他の侍女や騎士がそうなるように自分たちも解雇されるのが自然だと思っている。なのにフレアが重用しようとしているのが不思議で、先のアマリーの処遇を見ると恐ろしくて仕方ないのだ。侍女となる事ではなく、侍女となった後に失敗する事が。


「誰だって、嫌なものは嫌さ。以前の私はそう思われて当然だった。だからといってお前たちは私を貶めようとしたのか? メンテルやアマリーのように?」


 いたずらっぽく笑うフレアの問いかけに、二人はぶんぶんと首を勢いよく横に振った。ただ、酒のせいで荒れるフレアが怖かっただけだ。


 満足そうにフレアはニコッと笑って背を向けた。


「では帰ろう。此処は私たちの居場所じゃないだろう? きっと、フリックが美味しい料理を作って待ってくれているんだ、皆で食べよう」


 前を歩く皇帝の羽織は御旗のように力強く揺れる。シルヴィとブリジットは顔を見合わせて頷き、すぐさま立ち上がって後をついていった。


「陛下、先ほどはすみませんでした」


 一歩後ろで謝罪の言葉を口にするシルヴィが、続けざまに尋ねた。


「ですが、これからどうなさるおつもりですか? 皇后宮にいる者たちは、アマリー侍女長を除けば皆がメンテル公爵に忠誠を誓う者ばかりです。もしかすると反乱を起こすかもしれません。多勢に無勢かと存じますが……」


 皇帝がたった一人で声を荒げたところで、言葉は数の多さに圧倒されるものだ。真正面から叩き潰されるだけなのではないかと不安を口にするシルヴィに、フレアは高笑いをあげた。


「あっはっは! 頭数を揃えただけで勝てるほど私は弱くないよ!」


 そう。自信があった。かつてのフレアの記憶こそ朧気で、頻繁に甦っては頭痛に悩まされたが、ただひとつ最初からハッキリと抱いていたのは戦い方だ。


 フレアは決して優れた剣術を学んだわけではない。どちらかといえばゴロツキのように自由な戦い方をする。基礎など持たず、ただひたすらに強い。たとえ酒に敗れたとしても、今のフレアは最盛期と比べて遜色ない。


「(フレアって出自的には平民なのよね。だけど戦闘能力だけは、世界のどこを探しても右に出る者はいない。それに加えて、どこへ行っても仲間の信頼を勝ち得る人格者だった。私が出来るかは分からないけれど、自信は持っておこう)」


 段々と短い時間の中で違和感のない振る舞いもできた。なんとなく思考そのものがフレアらしさに染まっているようで満足する。


 自分の解像度の高さに救われた、と喜んでいたのも束の間、再び頭の中に声が響く。余韻に浸らせる間もなく、日記を読み上げるように淡々と。


『ヘンデリックス公爵は優れた手腕で、フレアの補佐官として大きな役割を果たした。どこまでもフレアに忠誠心が高かったが、メンテル公爵の手で、副団長を務める皇帝直属騎士団を解散させられた際に、皇宮から追い出されてしまった』


 フレアは声が記憶となって脳裏に刻まれ、ふむ、と顎をさする。侍女二人に料理人が一人では、どう皇宮を立て直したものかと考えていたが手間が省けた。


「シルヴィ。皇宮に戻ったらヘンデリックス公爵に手紙を出す。奴なら首都の状況を立て直すために尽力してくれるはずだ」


「ヘンデリックス公爵ですか?」


 不思議そうに首を傾げるシルヴィを見て、内心、少しばかり不安になった。よもや死んでいたりしないだろうな、と。


「何かおかしい事でも。手紙が届くまでに時間が掛かり過ぎるとか?」


「いえ。そうではなくて……あの方でしたら首都にいらっしゃいますよ」

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