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悪女皇帝は返り咲く  作者: 智慧砂猫


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第6話『素敵な夜を』

 ルイスがグラスに手を伸ばす。アマリーも同じように、グラスが震えてワインを揺

らす。青ざめた二人の顔が滑稽だとフレアは内心で笑った。


「そうだ、昔読んだ本の知識だがね。ワインは熟成させるとき、あまり振動を与えてしまうと本来の良さを殺す事があるそうだ。……まさに、今のような」


 フレアの挑発と嘲笑が、ルイスには耐えられない。持っていたグラスを床に叩き落とす。酔ってもいないのに顔を真っ赤にさせた。


「こっ、これは侮辱が過ぎます……! 酒に溺れた貴女でなければ、皇宮の管理も行き届いていたでしょう! ですが、そうしなかったのは貴女だ!」


 息巻くルイスに続いてアマリーも援護に打って出た。


「そうです、陛下。お酒を飲みすぎて粗野な振る舞いをしたのは誰ですか」


 予想はできていた。フレアがそんな言葉をそれもそうだと呑むはずもない。自分のワイングラスを手に、ふいっと振って中身をアマリーにぶちまけた。


「ああっ……! なんて事を、気でも触れたのですか!?」


 声を荒げるアマリーに対してフレアは毅然とした態度を崩さない。ぽたぽたと垂れた雫が絨毯に染み込んで色を滲ませるように、胸の中には冷めた感情が広がった。


「気が触れたのはお前たちの方だ。私を薬漬けにして実権を奪い、廃位に追い込んで、ゆくゆくは玉座にでも腰を下ろすつもりだったか?」


 グラスをそっとテーブルに置き、服の襟を正してアマリーを見下す。


「納得ができなくともよい。既に首都の状況も伝え聞いている。お前たちの滲んだ悪意が、私を地獄から呼び戻してくれたようだ。後は私に任せて休暇でも過ごすといい。素晴らしい場所を用意しておいてやった。────では、素敵な夜を」


 呆然とするルイスの肩をぽん、と叩いて部屋の外で待機していた騎士たちに顎で指して『捕えろ』と命ずる。抵抗する二人の声と、響く騎士たちの靴音を背に、フレアは信頼する侍女二人を連れて、その場を去った。


「よろしかったのですか」


 シルヴィが尋ねる。その表情は凛としているが、疑問が浮かんでいた。


「それは殺すべきだったと言っているのか?」


「違います。ただ、国政の事を考えると処分が軽いのではと……」


「正直に言ってもいいんだぞ」


 足を止めて、フレアはシルヴィの手を取り、袖の中に隠された痛ましい傷の数々を灯りの下に晒す。


「────死刑が望みなら叶えてやる、と言ったら?」


 皇宮で酒に溺れた乱心の皇帝に仕えたいと誰が思うだろうか。ときには気分ひとつで癇癪を起して暴力を振るうのだ。にも拘わらず皇宮に二人の侍女がいたのは、最低限の体裁を守るため。


 シルヴィとブリジットは体の良い生贄(スケープ・ゴート)だ。皇宮内に侍女を配置しておく事で、昼夜問わず誰もいないとは思わせない。部屋から飛び出したとしても、薬の影響で思考はまとまらない。


 フレアが気付くはずがないだろうとアマリーは高を括っていた。


「……な、何度も、言ったんですよ。いやだって」


 掴まれたシルヴィの腕が恐怖を思い出して震えた。


「私たちだって恐ろしかったんです。でも、皇后宮にいる方が辛かった……。言う事を聞けなかったら仕事を押し付けられて、失敗したら侍女長から罰だと言って鞭で打たれたんです……! だから皇宮に……すみません、陛下……!」


 ぼろぼろと泣き始め、フレアが手を放すとぺたんと床に座り込んでしまう。ブリジットが、たたっ、と駆け寄ってシルヴィを庇うように肩を抱いて言った。


「お、お願いします、どうか寛大な処置を……。シルヴィは皇宮で働くよう言われた私を庇ってくれたんです……。罰だって、私のミスなのに、いつだって代わりに受けて下さいました。皇宮で働く事はシルヴィだって嫌がっていません。今も私を庇おうとして、そう言ってくださっているだけです!」


 必死になって頭を下げる二人に、フレアは戸惑った。というより、宮本サラとして戸惑ったと言うのが正しい。そこまでさせるつもりはなかった。


「(マズったわね……。主役らしい、かっこいい振る舞いをして二人を懐柔するつもりが、逆に怯えさせてしまったかしら。そんなつもりないのに)」


 はは、と苦笑いをしながら頬を指先で掻く。


「すまない、怖がらせてしまったな。別に、お前たちを処罰するつもりはない。先ほども言ったが、お前たちは私を手伝ってくれただろう? その礼がきちんとしたいと思っただけなんだが……」


 心底恐ろしかったはずだ。厨房で顔を合わせた瞬間から、表情は常に強張って、足は小刻みに震えていた。凶悪犯でも見るような目だった。にも拘わらず頼めば着替えも手伝ってくれたし、表情には侍女らしさを思える真剣さが見て取れた。


 頼る上司を間違えさえしなければ、きっと良い侍女になっただろう。フレアは、その瞬間にぽんと手を叩いて思いつく。


「ああ、そうか。お前たちが私を恐れる気持ちは分かる。さっきのを見ればなおさらそうだろう。誤解を解くためにも褒美として名誉を与えたい」


 シルヴィが涙を拭い、ブリジットと手をぎゅっと固く繋いで顔をあげた。


「名誉……ですか? 我々のような者に……」

「お前たちのような者だからこそ、名誉を与えたいのだ」


 フレアは令嬢をダンスに誘うように優雅に、そして穏やかに手を差し出す。


「私の専属侍女として傍で支えてもらいたい。悪くない提案だろう?」

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