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悪女皇帝は返り咲く  作者: 智慧砂猫


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第41話『紡ぎ手』

 名前が、聞こえなかった。そこだけテレビの砂嵐のようなノイズが被さって、耳にとてつもない不快感がある。思い出せない。自分の名前だったのに。


「聞こえなかったんだね。可哀想に。だけど、そうしなければあなたの心はとっくに壊れていただろう。常人では耐えられない重圧だ。フレアの代わりなどいるはずもない。それでも力を貸してくれないか。もうあなたは、俺たちの知るフレアだ。彼女の全てを得たとしても、根本的な人間性が変わるわけじゃない。だが、あなたのそれはまさしく、かつてのフレアそのものなんだよ。混ざり合った魂が共鳴しているんだろう。もう、立派にこちら側の世界の住人となったんだ」


 まったくと言って良いほど同じ性格。同じ仕草。わかっていた。違和感なく溶け込めたのも、似たような感性を持ち合わせていたからだと。だから精一杯フレアとして振る舞ってきたつもりだったが、いつの間にかそれは■■にとって、当たり前の日常となった。ギデオンの言う通り、かつての彼女はいない。今は完全に魂が溶け合い、ひとつの肉体に宿っている。名を忘れたのではなく、フレアこそが正しい名として世界に刻まれたのだ。


「そうだとしたら、ギデオン。私は力を貸したっていい。でも、こちら側の住人になったのであれば、皆の運命を変えることは……」


「できる。問題ないさ、言っただろう。あなたの魂は混ざり合っている」


 ギデオンは傘の中にフレアを入れて、そっと肩に手を添えて再び歩き出す。


「この世界は必ず同じ運命を辿る。理屈は分からないがそういうものらしい。だけど、それは物語の紡ぎ手がいれば別だ。本来のあなたの魂は、未来を変え得る紡ぎ手の魂。いわば物語の主人公でありながら、物語を書き換えられる作者になった。この先の運命は俺たちも分からない。……フレアはいつも誰かを死なせてしまった。ここへ至るよりも前に、必ず」


 元々、フレアという女性は心が脆い人間だ。それを自分の立場を理由にして、必死に奮い立たせて前に突き進んできたに過ぎない。だからあっさり折れてしまった。何十回も立ち上がり、ほんの僅かずつでも未来をずらして可能性を模索してきたが、必ず誰かを死なせてしまう。どれほど守ろうとしても、世界がそれを拒んだ。


「いよいよ心が折れてしまったとき、俺たちにも記憶が蘇った。そして君の魂をこちらに転生させるために、フレアの体を使うことにした。本人の同意のもとに。もう戦えない、戦いたくないと嘆く彼女のために」


「それで、お前たちは納得できたのか。私は本来のフレアでは……」


 自嘲気味に笑みを浮かべて辛そうにするフレアに、ギデオンは笑った。


「あなたはここしばらく何を見てきたんだ。俺たちのフレアは、あなたしかいない。俺たちが認めたフレアも。……生憎ながら、今の状況で記憶を保てているのは、魔法を使った俺だけのようだから、まだ皆には話してないけど、以前は確かに皆が痛みを分かち合い、絆を共にした。これは俺たち全員の決断だ」


 納得する、という矮小なものではない。希望を託したのだ。新しい世界からの来訪者が必ずフレアを救ってくれると。自分たちと新しい未来を紡いでくれると。


「あなたは不本意かもしれないが、いずれにしても死んで輪廻を待つ運命だった魂だ。俺たちは、あなたをオルキヌス騎士団の柱となる新たな皇帝として選んだんだよ。どうか忘れないで、あなたはもう家族なんだから」


 そこで、ようやくフレアはハッとする。オルキヌス騎士団の誓いは絶対だ。どんなことがあっても曲げられるものではない。家族として迎え入れるという行いは決して軽いものではなく、だからこそ騎士団は人数が少なかった。


 真に認められたものでなければ許されないから。今のフレアは、オルキヌス騎士団が揃って希望を託し、未来を望み、愛する家族として迎えた人間だ。他の誰よりも待ち侘びた救世主として。愛する者を救ってくれると信じて。


「おわかり頂けたようでなによりだ。もう前を向けるね?」


「……ああ、問題ない。この手を血に染めたことが恐ろしかったんだ」


 掌を見つめながら、フレアは申し訳なさそうに本音を零す。


「あまりに鮮烈だった。いくら記憶にあると言えど、経験してみると間違ったことをしているのではないかという気分になる。そういう世界だと分かっていても」


 自分が正しいと信じた。メンテルとアマリーの処刑も、どこか他人事だった。自分が直接手を下していなかったから。甘い覚悟にあぐらをかいて、本当に戦わねばならない現実から目を背けていた。いざというときは気丈に振る舞える。そう思ってしまったのは、フレアという肉体に宿っても上手くやれていたからだ。


 拳を強く握りしめて、今一度、決意を固め直す。


「────残りの仕事を片付けよう。連中の支部が他の町にもあるだろう」


「ああ、場所も分かってる。すぐに向かうかい?」


「暇を持て余した連中に行ってもらう。根絶やしにしたらオルキヌス騎士団は北部に出征して魔物討伐に猶予を作る。その後で……」


 間違っていてもいい。間違うことがあってもいい。もう下は向かない。


「皆に話そう。記憶がなくても関係ない。私が誰かを、知ってほしいんだ」

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