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悪女皇帝は返り咲く  作者: 智慧砂猫


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第38話『働き過ぎだ』

 ひと段落がつくと、フレアも気持ちが落ち着いて体をぐぐっと伸ばす。やることが定まったら、あとはそのときを待つだけだ。


「腹が減ったな。厨房にでも行こうと思うんだが、お前は?」


 アルテアは少し考えてから首を横に振った。


「ボクはまだ。散歩でもして、そのあとはギデオンと話でもしようかと」


「そうか。では、またな。私はゆっくり休憩でもしてくる」


 腹の底では怒りが滾っている。ただ、静かに揺蕩っている。今すぐにでも皇宮を飛び出して、暗殺ギルドをひとつずつ潰して回りたい気持ちに駆られてなお、耐えた。些細な行動が全てを台無しにするのは明白だから。


 暗殺ギルドの人間は情報が早い。朝起きたことは昼には耳に入っていて当然。元来、隠れて行動するのが得意な人間を取り逃がせば、もう追い詰めることはできない。裏の世界に身を落としてさえ、彼らを見つけることは難しくなる。


「(腹立たしいな。さっさと潰してしまいたいのに……)」


 アルテアと別れて厨房へ向かうフレアは、苛立ちに親指の爪を噛みたい衝動に襲われる。下品極まりない、と自制していても、ストレスが過剰にかかったときの癖は、中々に治らなかった。


「よーっす、陛下。これからどこへ?」


「アールか。厨房に行って甘いものでも貰おうかと」


「お、名案っすね。俺もご一緒しても?」


「構わんよ。お前の分のデザートがあればの話だが」


 疲れたとき、イライラしているときは甘いものだ。気分が落ち着く。厨房から漂ってくる甘い香りだけでも、いくらか落ち着いた。そうやって毎日フレアは厨房に出入りして、おやつを用意してもらっている。


「俺の分ないの。陛下が用意するよう言ってないってことねぇだろ」


「さあ? 別にそこまでお前たちに気を回したことはない」


「げ~っ! まじかよ。俺だって甘いもの好きなのになぁ」


 露骨に落ち込むアールの肩をフレアがけらけら笑って叩く。


「行ったらあるかもしれないだろ。なければ次から用意させるさ」


 厨房にいけばフリックがお菓子を用意して待っていた。テーブルにはマカロンにクッキー。均等に切り分けられたパウンドケーキもある。とても一人分の量ではなく、きっちり騎士団の分が用意されていた。


「……あるじゃん、陛下。分かってて揶揄(からか)ったな?」


「たまには冗談くらい言わせてもらいたいな。真面目ぶるのは疲れる」


「ハハッ、純然たる真面目だろ、あんたは。今回のこともそうだ」


「今回の……あぁ、暗殺ギルドの」


 マカロンを口に放り込み、静かにフリックに親指を立てた。


「だってさ、陛下よ。言っちゃ悪いが暗殺ギルドなんてのは、そんなもんだろ。都合の悪い人間が体よく利用する連中だぜ。あっても困るもんじゃねえ、俺たちだって利用できる。だけど、わざわざ調査までして明確に叩き潰そうとしてる」


「家族をやられた。理由はそれだけで十分だろう」


 真面目とは違う、と言いかけたところでアールが首を横に振った。


「あんたが指示しなきゃギデオンやクライドなら逆に連中を雇ったはずだ。相手が誰であれ、暗殺ギルドってのは金払いさえ良ければ仕事をするからな」


 否定できなかった。彼らがフレアに心酔しているからこそ舵取りを任せて疑わないだけで、方針を任せられていたなら、暗殺ギルドを潰すよりも自分たちの手駒に使う方が効率はいいと判断したのは間違いない。


 だがフレアにはそれができなかった。血の繋がりはなくともブリジットは自分が選んだ家族だ。たとえ依頼者に原因があったとしても、その手を血に染めることを厭わない暗殺ギルドは、どうあっても敵としか認識できないのだ。


「……あんた、ちょっと変わったよな。現実主義的なとこは間違いなくあった。だけど以前にも増して家族を大切にするようになった」


 内心、どきっとする。元の自分がどうであったかの記憶も薄れていたが、だからといって『彼らの知るフレアという人間を模倣する誰か』には違いない。印象が変わったことで印象を悪くしていたら、と不安が湧いた。


「別に、過保護だって言いたいわけじゃなくてさ。あんた、前よりよく笑うようになったから心配なんだ。真面目すぎると壊れちまうぜ」


 目が合った時、アールは悲しそうに眉を顰めていた。


「最近のあんたは働き過ぎだ。前よりもずっと、危うく見える。ギデオンもクライドも、誰よりサポートしてくれちゃいるが、もう限界だろ」


 前は、よく働いていた。働いて働いて、身を粉にして働いて。誰かに認めてもらいたいというわけでもなく、必死になった。そうしなければ疎まれる、と。


 今の環境が昔とは全く違うことを忘れて、必要なことは必要なときにしなければならないと山積みの仕事を前にとにかく頑張った。無理をしているつもりはまったくなかったが、傍から見れば明らかに無理をしているのだと理解した。


 だからといってやめられる性分でもなく、過労が祟って死んだのだと言われたら、なるほどそうかもしれない、と思った。自分はとことん馬鹿で、意味もなく必要もなく大真面目に生き過ぎていたのかもしれない。


「……わかったよ。今回の件が片付いたら、しばらく休暇を取ろう。私の代わりはギデオンにでも任せる。心配を掛けて悪かった」


 言質を取ったアールはニコッと優しく微笑んで、マカロンをパッと手に二つほど取って厨房をあとにする。


「じゃあ俺は先に。おつかれさん、陛下。無理すんなよ、約束だからな」

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