第36話『復権の狼煙』
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メンテルとアマリーの処刑は粛々と行われた。メンテル公爵家として名を馳せたのは昔の話で、当代の当主は決して良い人間ではない。積み上げられてきたものを蹴って崩してしまったことにも気づかない愚かな人間だ。
処刑台にあげられたときには、抵抗する様子もなかった。むしろ早く殺してくれと懇願するほど絶望していた。体には拷問の痕はなく、衆目に晒されるにはあまりに見苦しいから、とルイーズが治療を済ませてあった。
民衆の胸の内に溜まった怨嗟の叫びは煮え滾り、オルキヌス騎士団を讃える言葉の一方で始まったメンテルへの罵声は止まることを知らない。首が落とされたあとも、憎しみに染まった言葉がいくつも飛び交った。ざまあみろ、お前がいなければ、そんな人々の苦しみが吐き出されると同時に、皇帝復権への落ちた信頼性に対する揺らぎが生まれていく。これから帝国はまたあるべき形に戻るのだ、と。
「我々は、私は大切なものを見失っていた。見誤っていた。己の感情を優先して殻の中に閉じこもり、そなたらの苦しみから目を逸らし続けた。たとえメンテルの策謀に堕ちていたとしても、これは私の罪でもある」
フレアは保身の言葉の一切を捨てた。真摯に向き合うべきときが来たのだ、と。自身を支えてくれるオルキヌス騎士団と共に、再び帝国を返り咲かせる覚悟を抱く。ここからが帝国の正しき歴史の最初の頁となる、と誓って。
どれだけ民衆の心に食い込めたかは分からない。だが間違いなく希望の種は撒かれた。先んじて行ってきた税の免除や大規模な各領地からの配給品。それらが、胸の中に残り続けた人々の不信感を拭い始めている。
「きひっ、こりゃ順調じゃねェか? 民衆は陛下に釘付けダゼ」
良い塩梅で仕事ができたと満足げなルイーズの頭をアルテアがヨシヨシ撫でた。
「相変わらずボクとかアールより仕事ができるね、流石だよ」
「むん……ヤメロヨ、人前で撫でられるのは恥ずかしいからサ……」
そう言って頬を赤らめつつも、まんざらではなさそうだった。
楽しそうな姿を横目にギデオンがちくりと言った。
「君らは相変わらず緩いな。陛下の御前なんだから、もっと厳粛に頼むよ」
「お堅いこって。俺らの副団長サマはもっと柔軟に行こうぜ」
「アール……。俺は君たちの柔軟さではなく、陛下への迷惑を考えてるんだ」
再び結成されたオルキヌス騎士団の威光と共に、公開処刑を用いて皇帝フレアの再誕を示す場だ。忠実なる剣である騎士団が気楽な雰囲気では民衆に対する印象も軽いものとなってしまうとギデオンが淡々と注意を促す。
そこへクライドも咳払いをして加勢するように言った。
「我々の目的を忘れるな。私情よりも、目の前の成すべきことを成せ」
「ちぇっ、わかりましたよ~っと。ロベルタの姉御がいりゃあな……」
アールが口先を尖らせ、不満を漏らす。規律に厳しいクライドとギデオンの前では大人しい面々だが、ロベルタがいると立場は逆転する。豪放磊落とも言える自由な性格のロベルタはギデオンやクライドでも頭が上がらない。
なにしろ、過去には騎士団に入ったばかりのフレアの師匠なのだ。あまり堅苦しいことばかりを言えば皆が離れるとのひと声で、いつも黙らされた。
クライドが静かに肩を竦める。不甲斐なさもだが、なぜこうも騎士団員に悪態を吐かれるような関係になってしまっているのか、まるで見当がつかなかった。
「やれやれ……。俺が団長だと言うのに、これでは立場がないな」
家族としての関係? あるいは気心の知れた友人? いずれにしても、クライドはもう少し自分に威厳が欲しいと思いながらフレアの演説に聞き入った。
それから演説も程々に終わり、アルテアが進行を管理して無事に皇帝復権のアピールはできた。帝国を立て直す第一歩は、まずまずの結果だ。民衆たちがざわついて意見交換を始めたことで、最上とはいかないまでも人々の心に新たな可能性が芽生えたのは紛れもない事実として目の前にある。
「大成功でしたねぇ、陛下。ボクも思わず聞き惚れました」
ぐっと拳を握って成功を実感するアルテアの言葉に、フレアはさして喜んだ様子も見せることなく皇宮へ引き返していく。
「お世辞はいい。それより例の調査は?」
「そちらもギデオンと共に、ぬかりなく。既に調査結果に関する報告書が」
「後で執務室に持ってきてくれ。やっと始まったばかりだ、気合を入れねばな」
処刑後の現場の処理はルイーズとアールが行う。ギデオンとクライドは暴動等が起きた場合に鎮めるため、その場に残った。ここが出発地点。フレアも、皆が働くうちは自分も身を粉にして前に進む気概である。
と言っても、内心は少し気が緩んでいたところもあったが。
「(フフ……。我ながら立派な演説だった気がする。民衆の反応も悪くなかったし、今日は機嫌よく仕事ができそうだ)」
問題は山積みのままだ。それでもひとつ片付いたとなると、次に取り掛かるモチベーションにもなる。上手くやれたという自分にも期待が持てた。




