第34話『絶対に逃がさない』
ひと段落がついたところで、ちょうど扉がノックされる。しばらく外に出ていたギデオンが、ティナを連れて戻ってきた。いつまでも会わせないわけにはいかない。市の淵に立たされている状況で、すぐに会わせるのは危険な気がして、帰ってくるのをわざと遅らせていた。
「遅れて申し訳ない。現場の状況を整理するのに時間が」
ギデオンがティナの背中をぽんと軽く押す。
「御息女は無事のようだ、傍に居てやれ」
「あ……はい、ありがとうございます……!」
ティナが駆け寄ると、アルテアがベッドの傍に椅子を用意する。座って手を握りしめて、我が子が息をするのを見て俯き、震えながら涙を流す。
「ボクはひとまず、ルイーズに礼を言ってくるよ。彼女がいなければブリジットは助けられなかった。馬鹿な女の尻拭いをさせられて疲れたはずから」
「うむ。ならばフリックのところへ寄っていけ。休憩用にお菓子を作ってくれていたんだ。何か手土産でもあればルイーズも喜んでくれるだろう」
フレアの勧めにアルテアも嬉しそうに頷いて、小さくお辞儀してから部屋を後にする。立ち去るのを確認した後、ギデオンが話を始めた。
「アルテアが仕留めたと思われる者たちのうち、辛うじて生きていた者を連れ帰って地下牢へ閉じ込めておいた。人数は三名。貴女とアールが捕まえたのと似たようなローブを着ていた。念のため、シルヴィに確認を頼んでも構わないかな」
「……ああ。そいつらに入れ墨はなかったか? 首に蛇を巻いたような奴だ」
さあ、とギデオンは肩を竦めた。
「まだ確認してない。これから地下牢に行く予定だったんだが、来るかい? ほとんど死体だ、ろくに喋る気力も残っていなさそうだよ」
片足を膝から下が切断され、両手の骨はバラバラに砕けている。ティナがパニック状態の中、足を縛って一時的に出血を抑えていたのもあって辛うじて生きていたにすぎない。ギデオンから報告を受けて、フレアは少し悩んだ。
「うむ、入れ墨の確認はやはり必要ない。……そうだな、少し待て」
フレアはベッドの傍で我が子を愛しそうに見つめるティナの肩をぽんと叩く。
「ティナ・ミールズ。我々は会議の予定がある。我が子の傍を離れたくないだろう。私たちが帰還を命ずるまで、ここにいてもらえるか?」
「わかりました……。すみません、何から何までお世話に」
申し訳なさそうに笑みを浮かべるティナに、フレアは首を横に振った。
「私の手を取ってくれるなら、いくらでも助けられるさ。それに私にとっては、ブリジットもオルキヌス騎士団に所属する家族だ。当たり前のことだよ」
これで正しい。これが正しい。そう信じるフレアの笑顔に、ティナはまた礼を言う。いずれにしても我が子を助けてくれたことには変わりない、と。
気恥ずかしさも相まって、フレアは程々に部屋を出た。
「フレア、全員に待機命令を出しているのだろう。俺が集めようか」
「ああ。私は会議室へ先に向かっておく」
「わかった。では後で会おう、それまでごゆっくり」
ぱし、と背中を軽く叩いて早足にギデオンは任された仕事に急ぐ。一人になったフレアの頭の中は、腹立たしさと悔しさで満ちていた。
「(失敗した……。元々、原作なんて殆ど進んでいないに等しかった。だからブリジットとかシルヴィみたいな名前すら出ていない人のことまでは把握しきれていない。私が私になる以前も、まともに二人と接触した回数が少なすぎる。彼女にとってオルキヌス騎士団だけが絶対だったのだろう)」
記憶を遡ってみても、そもそも蛇の入れ墨をした人間が現れること自体が、今回は初めての動きだ。これまで繰り返されてきたフレアの人生の中で、おそらく何度もシルヴィとブリジットは他の侍女同様に殺されてきたのだと察した。
「(他の侍女は皆殺された。だが騎士たちは誰も狙われていないところを見ると、皇宮でメンテルに会うまでは身分を偽っていたか、顔を隠していたはずだ。侍女程度なら問題が起きたときに始末しやすいから)」
うわさ話が漏れていないのも、メンテルやアマリーがうまく手を回していたからに違いない。余計なことを言えばこれまでも消された人間はいるはずだと結論付けて、フレアは思考を順序良く纏めていく。
「(おそらく、これまでブリジットもシルヴィも、この世界では幾度と命を落としてきた。でなければ暗殺者が動くことはない。オルキヌス騎士団で名の知れた七人を狙うのは、リスクに対してリターンが少なすぎる。……だから、暗殺者は狙わない。奴らが狙うのはいつだって、殺せる相手だけだ)」
腹の中に渦巻く静かな怒りのせいで、吐き気すら催してくる。今のフレアにとって、この世界にやってきて初めての大切な味方。新たなオルキヌスの騎士として迎えた大切な家族だ。手を出されて、黙っていられるはずがない。
「────誰も逃がさん、絶対に」
思考から、ただ忙しいだけの日常を送っていた娘の面影は消えた。
平民の娘でもなければ、反逆の騎士でもない。フォティアの悪女でもない。
「目にモノを見せてやらねばな。私の家族に手を出せばどうなるか」
豪奢な羽織を翻し、ただひとり廊下を歩く姿は何者をも寄せ付けない獅子のように堂々と。瞳に宿る敵愾心に満ちた強い輝きが、まだ見ぬ敵を捉えた。




