第33話『挽回のチャンスを』
事態は瞬く間にオルキヌス騎士団の耳に入ることとなり、部屋に移されたブリジットの容態を確認すべく、皆が急いで集まった。
献身的なルイーズの治療のもと、ブリジットはたしかに自分の力で呼吸を始める。アルテアの迅速な対応が、奇跡とも言える復活劇を果たした。
だが、ひどい重傷により短時間での出血がひどく、一時的に死の淵を彷徨った。当人の身体的な疲労は極限まで達しており、今は眠ったままだ。
「────つうわけデ、なんとか危険な状態からは脱しタ。後は回復するまで、身の回りの世話をしてやれバ良いと思うゼ」
ルイーズの説明を聞いて、皆がホッとひと安心する。特にシルヴィは、大切な友人が命の危機に瀕していると聞いて顔面蒼白になったが、ようやく落ち着いた。胸のうちにぐるぐると渦巻いた死ぬかもしれないという不安はゆっくり溶けた。
「ったく、焦ったぜ。まさかブリジットが刺されるなんてな。尾行してた連中は全員捕まえたつもりだけど、ただのゴロツキだったってのか?」
朝にはシルヴィたちを尾行していた者たちを三人捕まえた。それはフレアも同行していたので間違いない。だが、ひとつの盲点があることにルイーズが気付く。
「そいつら、ゴロツキというよりは囮だったんじゃねェか」
囮と聞くとフレアもハッとする。
「もしかして、最初から私たちの意識を逸らして本命を潜伏させるために?」
「だろうヨ。アルテアとかシルヴィの話も合わせれば偶然じゃ済まねェサ」
今朝、シルヴィが見掛けたのもローブを着た三人の男。アルテアが仕留めたのも、同じ服装に人数もぴったりだ。あながち間違ってはいない。
「ボクの代わりに、今はギデオンが現場に。ひとりは足を刎ねただけで殺しちゃいないはずなんだけど……錯乱状態のティナに任せてしまったから……」
壁にもたれかかって、がっくり項垂れて額に手を当てるアルテアは、ひどく顔色が悪い。オルキヌス騎士団となってから初めての失態だ、と自分を責めた。
見かねたフレアが、ブリジットを一瞥してから────。
「まあ、無事に生きていたから今回は良しとしよう。仕事は中断だ。各自、部屋に戻れ。アール、お前は引き続きシルヴィの護衛を頼む」
指示を受けた面々は静かに頷き、部屋を出て行く。アルテアだけをフレアが「お前には話があるから残ってくれ」と呼び止めた。叱責を受けるのだろう、とアルテアも覚悟を決めて、拳をぎゅっと握りしめる。
「申し訳ありません、陛下。ボクがついていながら……どんな罰でもお受けいたします。いえ、罰を与えてください。オルキヌスの名を穢す失態です」
これは夜に魘されでもするかもしれないな、とフレアは内心で苦笑する。
「責める気はない、気にするな」
ぽんぽん、と腕を叩いて笑顔で受け入れ、アルテアを優しく宥めた。
「失敗など誰にでもある。ブリジットは命を落としかけたが、こうして生きている。あとは目を覚ますだけだとルイーズも言っていただろう?」
家族の苦しむ姿は見たくない。できれば気を持ち直して欲しいとは思いつつも、そう簡単にいかないのがアルテアという人間だとフレアもよく理解している。
普段は軽口を叩きながらムードメーカーのように演じてはいても、その根幹にある真面目ぶりと言えば、クライドも比較にならないほどの堅物だ。平民出身であるがゆえに周囲に馬鹿にされるまいと邁進してきた。
だから、敬愛するフレアが迎え入れた新しい家族を守れなかったことに、湧き水のように溢れ続ける罪悪感と後悔に溺れてしまいそうだった。
「むう。そう落ち込まれると、私としては困るんだが。そうなると、この国を壊しかけた私の方が、より重い罪の意識を持たねばならないのでは?」
「えっ、あっ、そ、そういう意味で言ったのではなくて……!」
大慌てするアルテアが必死に否定しようとする。何が正解の言葉かと頭の中が疑問符で埋め尽くされて、あわあわするだけになってしまう。
「あっはっは! もう可笑しいったら。お前は気にしすぎなんだよ。助けようとして間に合わなかったのかもしれないが、お前が殺したわけじゃない」
「それはそうですけど……。ですが、やはり失態は失態です」
アルテアは冷静になると、胸の前で握った拳を震わせた。
「ボクには、彼女を守れるだけの力がありました。だからこそ守れなくてはならなかった。それを自分にはできるという慢心に誑かされ、出遅れた。陛下に赦されたとしても、ボクはボクが許せない」
所詮はただの平民だと言われてきた。皇宮で雇われることが決まったとき、たとえ腕があっても平民だの女だのと比較されて重用はされてこなかった。
それでも良かった。浅い認識など個々の蒙昧な価値観によるものに過ぎない。だから興味も湧かない。波風のない人生は順風満帆とは言わずとも、平民であることで、自分は穏やかな人生を歩めるのだと思っていた。
だが、それはフレアと出会って、がらりと一変する。女性の身で、さらには平民でありながら、圧倒的なまでの強さとカリスマ性を持ち、貴族派でさえ危険視するほどの人間。きっと権力に押し潰されるだろうと思いきや、権力をも掌握するに至った。フレアは、まさに完璧な自分の憧れとなって輝いていた。
「ボクはあなたのようにはなれません、陛下。ですが、少しでもあなたの期待に完璧に沿えるような人間でありたかった。此度の失態はまさしく道を誤ってしまったと言えます。どうか、あなたの後ろを歩くための挽回のチャンスを頂けますか」
真面目が過ぎるのが玉に瑕だが、それがアルテアの良い所だ。フレアは仕方ない奴だと思いながらも、嬉しくなって笑みが零れた。
「……ああ、もちろん。期待しているよ」




