第31話『不意討ち』
家の前に馬車を停めて、アルテアは二人をエスコートする。玄関先で礼を言われても自分は何もしていないと言い、親子水入らずの時間が必要だろうと御者台に座って待つことにした。近くにいると聞き耳を立ててしまいそうだったから。
「もし何かあれば呼んでくれたまえ。こう見えて腕っぷし以外でもそれなりには役に立つ。ボクとて元々平民だからね」
苗字すら持たない貧しい生まれのアルテアは、決して不幸な生き方はしてこなかった。どちらかと言えば、かなり平凡だった。大体の事は自分でやってきた。簡単な手伝いくらいは出来る。二人が侯爵だからと気後れしている様子を感じ取って自分の腕をバシバシ叩きながらニコッと笑った。
「あ、ありがとうございます……アルテアさん。わ、私、皆さんと会えて本当に良かった。お母さんとも仲直りできたの、アルテアさんとアールさんのおかげです。勇気をくれる言葉があったから、私、頑張れました」
ぺこ、と頭を下げたブリジットに小さく手を振って、後はゆっくり話でもするだろうと御者台に腰を深く預ける。ティナが「じゃあ入りましょうか」とドアノブに手を掛けようとした瞬間、アルテアが違和感に気付く。
「────おい、待て、開けるな!」
咄嗟に出た言葉。鋭い観察眼は、ティナが開けようとするよりも僅かに早く開いたのを見逃さない。だが、僅か一秒の出来事を止めるには場所と姿勢が悪い。扉の向こうからぬうっと現れた黒い影。先に反応したのはブリジットだった。
「お母さん、危ない!」
何者かが待ち伏せしていた。幅広の刀身を持つナイフが狙ったのはティナだ。だが、それは失敗する。代わりに、母親を突き飛ばして前に出たブリジットの体に深く突き刺さってしまった。それとほぼ同時に、跳んできたアルテアが剣を抜き、暗殺者と思しき黒いローブ姿の何者かの首を容易く刎ねた。
即座に状況を確認する。アルテアの焦りを額に滲んだ汗が証明した。
「(部屋の中には、他に二人の暗殺者……誰かが雇ったか。裏口はなく窓も建物に挟まれていてボクらのいる正面側だけ。逃げ場はない。────口を利ける奴は一人いれば十分だ、即座に仕留めなければ)」
思考から行動へ移るまで、一秒にも満たない。暗殺者であろう二人組を即座に斬った。一人からは情報を聞き出すために、あえて足を斬り飛ばして生かす。
「じっとしていたまえ、下手に動くと余計に痛いぞ」
剣を収めて、視界に飛び込んできたキッチンに見えるタオルを手に取って引き裂き、小さく丸める。足を斬り落とされて床に蹲っている男の手を踏みつけ、骨をばらばらに砕いた。堪えるようにあがった呻き声を意に介さず、アルテアは丸めたタオルの一部を口の中に突っ込む。
「自害などさせはしないよ。そこで待っていたまえ、君は後回しだ」
泣き喚くティナのもとへ急ぎ、ぐったりしているブリジットの状態を確かめる。思わずゾッとするほどの出血量に浅い呼吸。顔は土気色をして、今にも意識が飛びそうになっていた。
「(マズい。剣が刺さったのは心臓か。ルイーズの下に間に合えば……!)」
心臓を突きさされていては、とても助かる状態ではない。アルテアも、おそらく数分も保てないと分かっている。だが、死ななければルイーズが治療できる。拷問官という職にありながら、壊す事だけでなく治す事にも長けている。
『あ? どの程度治せるかッテ? そりゃあ、頭さえ吹っ飛んでなきゃあ、大体は治せル。ただし、生きている間だけダ。死んだとしてモ、ある程度の時間……数分以内ならアタシが何とかしてヤル』
以前話していたことをしっかり記憶していたアルテアは、思考を秒速で纏めると、ブリジットの胸の傷に手を当てた。
「ティナさん、よく聞いてください。今からボクが魔法で傷口を凍らせて、一時的に出血を止めます。このまま皇宮へ連れていって、仲間に治療してもらうよう頼んでみますから、そこで死にかけてる男の足に応急処置だけでいいのでお願いします。パニックを起こしているでしょうが、できる限り死なないように」
話している間も、強烈な冷気がブリジットの傷口を覆うように凍らせていく。一刻を争う事態に冷静さを欠かないアルテアの説得に、パニックでただ娘の名を叫んであたふたするだけだったティナも、呼吸の乱れが僅かに落ち着いて頻りに頷く。
「よろしい。玄関は開けたままにしておくと良いでしょう。この騒ぎだ、見物人たちも集まってくる。あなたが中にいる限りは誰も狙えない」
「わ、わ、わかりました……! お願いします、どうか、どうか娘を……!」
アルテアの服を震える手がガッチリ掴む。
「落ち着いてください、ティナさん。ブリジットを運ぶので」
「あっ、は……はい……、でも、なにをすれば……!?」
もはや一刻の猶予もない。アルテアは半ば諦めの気持ちで振り解く。
「男の応急処置です。彼を死なせてしまったら、ブリジットさんを襲った連中が誰かを特定するのが難しくなります。……時間がない、後は頼みます」
ティナを残していくのは不安だ。襲われないにしても、今の状態で男の処置ができるかどうか。 あるいは憎しみを抱いて殺してしまうのでは? とも考えが過る。だが、そんなことを気にしている時間はなかった。
「(急がないと……! 思ったより凍らせるのに手間取ってしまった……!)」
対応そのものに遅れはなかったが、アルテアは武器等に魔力を通じて属性を付与できるが、魔法そのものを扱う事に関しては凡人だ。ルイーズであれば二秒も掛からないところを、その十倍は掛けてしまった。
瀕死のブリジットを抱きかかえたまま、馬車を一瞥して『自分の足の方が確実に速い』と地面を蹴って跳びあがり、建物の屋根に乗った。
人間離れした身体能力にざわつく声が聞こえ、人々が集まってきたのを見て、ティナがどうか何事もなく、冷静に対処している事を祈る。
「行こう、ブリジット。すぐにルイーズのところへ連れて行ってあげるから」




