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悪女皇帝は返り咲く  作者: 智慧砂猫


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第22話『民衆の為に出来る事』

 自信たっぷりに、ギザギザの歯をきらりとさせる。フレアの仲間も民衆も切り捨てたくないという考えを正しく機能させる、ただひとつの方法。


「報酬ならアタシのランカスター領からも上乗せしてヤル。選ぶのは個人の問題ダ。貧困を理由にするのも、命最優先にするのもナ」


 アルテアも顎に手を添えて、納得だと頷く。


「確かにボクも同意できる話だ。今の首都の状況は良くない。戦場の方がマシだと考える人にとっては首都から離れる良い手段になるだろうね。支援金と弔慰金についても、支払う事を条件に組み込めば来てくれる人も多いかもしれない」


 命の危険が伴うとなれば二の足を踏む人々が大勢いるのは間違いない。かといって報酬の内容は魅力的で、金に目のない人間や純粋に首都を立て直したいと思う者、家族を養うために必要だと考えて、何でもできる人間は間違いなく志願する。


 傭兵ギルドを経由するとギルド側が傭兵たちの利益を部分的に回収する運営費となるのは目に見えている。なにより、彼らを利用する事は契約の仕様でギルド側の決定には従わなければならない。そうなればただの徴兵と変わらない。


 アルテアが大きな責任を負わず、志願の形式を取って誓約書を作った方が健全で、民衆の意思決定によるところが大きい点は非難の的を避けるに都合が良い。


「ふむ……。できれば私としても皆が問題なく過ごせる方が良いのだが、北部の現状を考えれば避けては通れない道だ。ルイーズの提案を許可しよう」


 以前は傭兵ギルドも、登録者に対して強制的な執行権を主張はしていなかったはずだが、首都の状況が悪化したのが大きな理由だ。改善するよう求めるには、まだまだ首都自体が傾きすぎている。


 ただでさえ失職者で溢れかえり、暴力的な事件が後を絶たない。静かに暮らすという選択など殆どなく、貴族派の暮らす皇宮周辺を囲む僅かな地域以外は、全てが貧民窟も甚だしい。まずは出発地点を見極めるべきだな、とフレアも机を指でコツコツと軽く叩きながら、深く考え込む。


「アルテア、派兵の時期はいつ頃になりそうだ?」


「そうですね。条件を整えて志願兵を募るだけなら明日にも出来ますが……およそ一ヶ月後からの募集としましょう。半月の猶予を設けて派兵します」


 予定として、メンテルを処刑した後の方が民衆への皇帝復権のイメージを植え付けやすい。首都の悪政によって離れていった、各領地を治めるオルキヌス騎士団の面々が帰還する。それだけで民衆の信頼は大きく回復へ傾く。


「きひひ……。今じゃ国民が流すのは汗よりも血の方が多いってナ。アタシも見て回りながらこっちへ来たがヨ、ありゃひでェもんダ。怪我や病気の人間が路傍で藁のひとつも被らず寝てると来てル。死んでるかどうかの区別もつかねェ」


 失意と虚無を映す瞳。生死問わず生きる事を諦めた肉体。怪我と汚れの違いも分からず、明日など見てもいない。動く者がいたとしても希望など抱いていない。抱けるはずがない。あまりの惨状にはルイーズも笑みを浮かべられなかった。


「ボクらも努力はしますが、首都を導くのは陛下の役目です。ギデオンやクライドは肩を持つでしょうけど、非難の覚悟は持っておいた方が良いかと」


 忠告を受けると、フレアは椅子に体を預けて天井を仰ぎ見る。どう受け止めるべきか、未だに見えてこない。胸焼けを起こすような不安はあった。だが、耐えられないかもしれないとは思わなかった。


「……分かっている。折れないさ、それくらいで」


 怒鳴られる事には慣れている。元のフレアがそうではなかったとしても、今の自分は、世間的に幸せと思えるほど充実していない。それどころか、苦痛ですらあった。疲弊と叱責が積み重なって追い詰められる日もあった。


 それに比べれば、支えてくれる仲間がいる事は、ずっと心強い。目を瞑って、ゆっくり静かに深呼吸をする。穏やかな気持ちが胸にすっと入り込む。


 厳しい事ならいくらでも目の当たりにしてきた。かつての頼り甲斐のない自分ではなく、フォティアの女皇帝らしく在ろうと徐に目を開く。


 瞳に映したアルテアとルイーズ。その場にいないギデオンたち他のオルキヌス騎士団の姿も浮かぶようで、自然と力強い決意の笑みが溢れた。


「では残りの仕事に取り掛かろう。アルテアは方針を纏めて、時期がきたら志願兵を募れるように用意をしておいてくれ。ルイーズ、処刑の準備を滞りなく進めておいてくれ。人手を雇ってもいいから処刑の日程も大々的に宣伝を頼む」


 安穏とした空気も、ピリッとする緊張もない。アルテアとルイーズは、どちらもフレアの判断を信じて疑わず、何があっても共にする覚悟を以て応えた。


「ええ、お任せを。我らが皇帝陛下のために」


 立ちあがって胸に手を当てる騎士の振る舞いで返すアルテア。ルイーズは座ったままだが、きひひ、と笑って気合の入った眼差しで応えた。


「任せてくれヨ。あのゴミクズが泣き叫ぶ姿が今から楽しみだナ!」


 二人の言葉にフレアは机に両肘を突いて両手を組み、満足げに頷く。


「うむ。では────ひとまず、私は自分の山積みの書類を片付けるよ」


 逃げれない目の前の仕事に、凛とした表情が崩れて苦笑いが顔を覗かせた。

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