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悪女皇帝は返り咲く  作者: 智慧砂猫


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第21話『派兵の相談』

 そんなものを好きだと言えてしまう事が哀れだと思った。同時に、そう感じてはいけないのに温かな気持ちにもなった。決して途絶える事のない時間を苦痛と共に生きてきたルイーズにとって、拷問官の仕事はなくてはならないのだ。


 理解するのは難しい。だが理解してあげたいという気持ちがフレアは強かった。他の誰よりも愛すべき大切な仲間のひとりだから。


「楽しそうだねえ、二人共。ボクも混ぜてくれるかな?」


 執務室に足を運んだアルテアが、書類の束を抱えて入ってくる。目の下にわずかな隈を作って、すぐにでもベッドに飛び込みたそうな顔をした。


 抱えていた束ねた書類を放り出すようにテーブルに投げ出してソファに腰掛け、黒い革の手袋を外して、クッキーに手を伸ばす。


「随分と疲れているようだな、アルテア。眠れなかったのか」


「そもそも寝ていないので。ギデオンにこき使われた事ないでしょう?」


 今の状況がまさしく使われている気がするのだがと思いながらも、昼前までぐっすり眠っていただけに強くは言えず口を噤んだ。


「……ところで、その書類の束は?」


「傭兵ギルドの雇用リストですよ。北部の派兵の話はもう聞いてますよね」


 クッキーくずが落ちないように片手を受け皿にしながら齧る。アルテアはしっかり飲み込んでから話を続けた。


「残念ながら現状、首都から派兵できるほどの騎士はいません。おそらく最前線はロベルタとバーソロミューがいれば耐えられるでしょうが、魔物の数が多く、毎日のように負傷者が増えてるのが現状です。なので傭兵を募ろうかと」


 首都の住民たちは生活苦からの脱却をめざして、どんな仕事でも請け負う覚悟を持っている。その中でも傭兵は人気が高かった。出征するとなれば命懸けにはなるが、今の生活を続けるよりは食事にありつける分、ずっとマシだったからだ。


 アルテアは、人々の貧困による傭兵の増加を使い道がある、と踏んでいた。


「────と言う具合に、傭兵ギルドには現在多数の登録者がいて、野盗紛いの事をする者もいる状況ですが、戦場に放り込む物的価値(・・・・)はあるかと」


 些か納得がいかずフレアは苦い顔をする。まるで生活苦の人間を道具として使うと言われているようで気分が悪くなり、思わず眉間にしわが寄った。


 机を指でとんとん叩き、もやもやする気分を払おうと口調が強くなる。


「些か非人道的ではないかな。これまで散々の生活苦を強いておきながら」


 オルキヌス騎士団で、アルテアはギデオンやクライドに比べても現実主義的だ。利用価値がある以上、他に手段を探す必要はないと考える程度には。


「陛下。ボクも貴女の気持ちはわかりますとも。彼らは無辜の民だ。メンテル元公爵によって虐げられてきたのも事実でしょう。────ですが、だからといって飴を与え続けるだけでは人間は傲慢に成り果てていくものです」


 思わずフレアがぐっと唇を噛み締めた。その様子に気付いていながらも、アルテアは冷静にクッキーに手を伸ばして話を続ける。


「失い続けた人間は得る事に貪欲なものですよ。躓いたからと言ってモノを与えるだけでは威厳は示せない。嘲笑った人間の首を掻き切るくらいは出来ないとね。優しいだけの皇帝が君臨できるとしたら、それは愛されているのではなく、使い道があるとせせら笑われているだけにすぎませんよ」


 放り投げたクッキーをルイーズがぱくっと咥えるのを、アルテアは愉快そうにジッと眺めながら、横目にフレアへ視線を移す。


「陛下の言う平和は犠牲なくして成せません。威厳なき皇帝の末路など見えている。ボクは貴女に、優しいだけでなく威厳に溢れていて欲しいんですよ」


「だから、そのために貧しき無辜の民を利用する、と?」


 今にも怒りで机を叩きそうなほど、握った拳が震えた。


「ええ。ですが────悪役はボクが買って出ますので、ご安心を」


 書類の一枚を手にとって、ひらひらと振りながら言った。


「これは傭兵ギルドに登録した人々のリストです。ギルドへ要請して、登録者の各個人情報を提供して頂きました。希望する者には戦場に出ている間、ご家族向けに物的支援を行うつもりです。また、死亡時に支払われるべき報酬を全額、弔慰金として遺族に支払う予定にもなっています。これくらいで納得してもらおうかと」


 書類をそっと束に戻して、どっかりとソファの肩に肘を掛けて足を組む。リラックスした様子で、フレアに柔らかく微笑みながら。


「彼らとの契約はバーナード侯爵名義で行いますからご安心を。彼らにはボクの領地へ移ってもらい、そこから北部の魔界戦線へ派兵させて頂きます」


 いざというときの責任は全て、アルテアの名の下に帰属する。優しすぎるフレアを口汚く罵る者がいれば、例え悪人でなくとも殺意を抱いてしまいそうだからだ。とはいえ、口に出すわけにもいかず、遠回しな支援のふりをした。


 フレア自身、あまり納得のいかない部分はあれど、否定する材料は見つからない。現実的に言えばアルテアが罪を背負う方が、何らかの問題が起きたときに切り捨てる事で立場を失うのを防げるのは分かる。だが、仲間も民衆も失いたくないという贅沢な考えが邪魔をして、思わず我が儘に返してしまった。


「それは嫌だな。違う案が欲しい」


「と、言いますと?」


 他に案など考えられない。分かっている。フレアも言葉に詰まった。


 そこへ助け舟を出したのはルイーズだった。


「きひひ。わかってねェなァ、アルテア。陛下は誰も切り捨てたくないと仰ってる。テメーの方が付き合いは長いんだから分かれよなァ」


 手のクッキーくずをばしばしと叩いて、皿に落としながらルイーズは続けた。


「傭兵ギルドは金払いは良いが、契約の仕様で、登録してる連中には仕事を選ぶ権利がねェ。だから────志願兵を募レ。出来る限りの好条件でナ」

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