第18話『宴は終わった』
ギデオンとルイーズが食堂に戻ったら、新しい仲間を迎えて晩餐は再開された。温かな料理。温かい空気。温かい言葉。何もかもが満ち足りた空間に、ゆったりした時間を感じて、フレアも胸の詰まるような緊張感が解れていく。
まだ全ては始まったばかりだ。それでも安心感がある。一騎当千の騎士たちは豊かな心を持ち、共に肩を並べて歩いてくれると分かるから。
「────さて、いい時間だ。そろそろお開きにしようか」
食堂の柱時計が午後十時を指している。ただでさえ首都に集まるのに急いだうえに、半月という長旅だったのだ。晩餐を楽しく過ごしている所を見れば元気だろうとは思っても、疲れを残すのは良くない。フレアはギデオンに視線を流す。
目が合うとギデオンは全員の様子を見てから。
「……ふむ。確かに貴女の言う通りだな。俺たちはともかく、そっちの使用人の女は酒を飲み過ぎだ。シルヴィと言ったか、彼女は休ませた方がいい」
シルヴィたちは飲み慣れていないのか、すっかり酔って疲れた様子だ。特にシルヴィが酷い状態で、ほとんど閉じた瞳が船を漕いでいる。一方、他の面々はといえば、まったくの素面に近く、ルイーズが薄っすら頬を紅くしたくらいだった。
アールは立ちあがって、もうお開きか、と体をグッと伸ばす。
「んじゃ、俺とルイーズで連れていくか」
「仕方ねえなァ。女共は任せとけ、適当に空いてる部屋にブチ込んでやるヨ」
ルイーズが手を仰向けに、人差し指をくいっと動かす。椅子に座って眠りこけていた、シルヴィとブリジットの体がふわっと宙に浮く。手で払う仕草をすれば、二人の体は浮いたまま食堂の外へ動いた。
「ちぇっ、俺は野郎を抱えて運ぶってのに、お前は楽だよなあ」
「はん、悔しけりゃ魔法でも学びやがれってのヨ!」
「俺に魔力がないの知っててムカつく事言ってくれるじゃねえの」
ぎゃあぎゃあと騒ぐ二人を横目に、アルテアが食器を重ねていく。
「ボクは片付けでもしよう。ギデオン、手伝ってよ」
「ああ、わかった。では陛下を寝室まで護衛するのはクライドに任せよう」
たとえ最強の騎士団と、それを従える皇帝であったとしても、いつどこで命を狙われるか分からない。メンテルの失墜は既に首都にいた貴族派たちにも知れ渡っている。そろそろ何かしらの対策に動き出してもおかしくない。
「俺でいいのか、ギデオン?」
「君なら任せてもいい。そう思ってるよ」
ちらとフレアへ優しさのある視線を流す。テーブルに頬杖を突いて、こっくりこっくりと揺れるフレアは酒に酔ったわけではない。ここ数日、ほぼまともな睡眠を取れないほど忙しくしていたので、ひどく疲れているのだ。
「ならば、そうしよう」
相変わらず笑顔も殆ど見せない男ではあるが、ギデオンがフレアに次いで最も信頼できる人間。それがクライドだ。
「ああ、ありがとう」
ニッと笑ってみせるが、クライドはちらっと見ただけで無反応だ。
アルテアとギデオンが食器をワゴンに乗せて運んでいくのに食堂を出て行くと、ようやく自分の番だとクライドも席を立ち、浅い眠りのフレアをゆすり起こす。
「陛下。起きてください、こんなところで寝ては風邪を引きます」
「ん……んん……あぁ、すまない。疲れていて、つい眠ってしまったみたいだ」
「肩をお貸ししましょうか」
フレアはやんわりと首を横に振った。
「いい、要らない。自分で歩ける」
手に持っていたグラスの中にワインがまだ残っている。勿体ないから飲み干してしまおうと持ち上げた。クライドが、その腕を押さえて止めた。
「お酒は程々に。今は、なくて困るものではないでしょう」
「……安い酒じゃないだろう」
「あなたの健康より高いものがあるとでも?」
返す言葉もない。ちぇっ、と口先を尖らせてフレアは飲むのを諦めた。
「わかったよ、行こう。今日は十分に楽しませてもらった」
「ええ。たかが酒ですから」
そういってクライドは椅子に掛けていた自分の上着をフレアの肩に着せる。
「風邪でも引かれては困ります。酔っているときに冷えてしまってはいけません」
「助かるよ。相変わらずの紳士ぶりだな、流石は公爵といったところか?」
ほんの僅かな沈黙に視線を逸らし、クライドは淡々と返す。
「ギデオンでも出来る事です」
半ば夢心地なフレアを寝室まで連れていく。最後までグズグズと何かを話していたが、クライドは酔っ払いの戯言を聞き流して、早くベッドに入るように伝える。自分なりに頑張っているだの、これからが大変だなどと、言われなくてもよく知っているし、理解もしている。だからこそ自分が支えるのだから、と。
「ではおやすみなさいませ、陛下。明日の朝は急がなくても問題ありません。皆が二ヶ月は滞在するつもりで足を運んでおりますので」
「おやすみ。ふふ、そうか。嬉しいな、皇宮は数人には寂しすぎたんだ」
年頃などとうに過ぎた。それでも、目の前の無邪気な笑顔にはクライドの胸中も穏やかではない。ギデオンはよく平静でいられるものだ、と悔しくなった。
扉がぱたんと静かに閉まり、冷えた部屋の空気が肌を撫でる。これでよく眠って下さるだろう、と安堵したところへ背後に気配が迫った。
「ルイーズ。もう侍女たちは部屋に送ったのか?」
「おうともサ。良い顔して寝てやがンぜ、夜這いでもすんのかヨ」
軽口を叩かれて、はあ、と額に手を当てる。クライドは首を横に振った。
「お前だから許されてるのを忘れるなよ。それより、」
上着を着直す。クライドはルイーズの肩を叩いて、去り際に言った。
「今すぐ幽閉塔へ行け。手段は問わない、知っている情報を全て吐かせろ」
淡々とした言葉。オルキヌスの団長、クライドらしい命令。拷問官としての仕事を与えられたルイーズは、歪な笑みを浮かべて。
「了解、ボス。アタシに任せナ。あのクソッタレに地獄を見せてヤル」




