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悪女皇帝は返り咲く  作者: 智慧砂猫


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第17話『それぞれの戦場』




「はあ、俺たちが怖ぇって?」


 皇宮の厨房で、食器の用意をする使用人たちに混ざって、アールとアルテアが手伝った。だが、すぐに食堂には戻らなかった。誰かが呼び戻しにも来ない。二人の考えに気付いたフレアが気をまわし、シルヴィたちが少しでもオルキヌス騎士団の空気に慣れるように計らった。


 だから、シルヴィやブリジットは思い切って打ち明けた。オルキヌス騎士団の面々は、どれほど平民出身とはいえ国家の未来を考え、フレアと共に剣を掲げた者たちの集まりだ。一方自分たちはどうか。裏切り者であるメンテルに仕えていたという、れっきとした罪人の傍にいた侍女なのだ。受けはしたものの、落ち着かない気持ちは確かだと、アールとアルテアは彼女たちから本心を聞き出した。


「私たちは所詮平民の、それも騎士ではなく侍女です。皆様のように戦いに出て血を流す事もありませんし……とても嬉しくはありますが、やはりご期待に沿えないのではないかと不安が残っていて……」


 シルヴィが食器を手に抱え、ぎゅっと指に力が籠った。アールはじっと見つめて、握ったリンゴを高く投げては掴んでと弄びながら。


「侍女じゃ騎士にはなれねえのか?」


「……だって私たちは剣も握れませんよ」


 騎士とは有事には戦場に立って、民衆の守護者となる。血を流す事を是として勝利のために前進する。だから多くの人々にとって憧れと敬意を抱かれる大きな存在となるのだ。────だが、シルヴィたちは、自分達には無理だと感じた。


「ボクはそうは思わないけれど」


 二人の会話に、後ろでフリックの用意する料理を手伝っていたアルテアが、エプロンの紐を解きながら、ちらっと横目に見て口を挟んだ。


「騎士の仕事は何も血を流す事だけじゃない。剣を振るって争うだけの場所を戦場と呼ぶのなら、大きな勘違いだね。ギデオンのように国政に長けた人間は社交界を、ルイーズのような拷問官であれば裏社会を。それぞれの得意分野が活きる場所をこそ戦場と呼んでいい。ボクはそう考えているよ」


 リンゴを食べ終えたアールが、うん、と頷いて残った芯をゴミ箱に投げる。


「あんたらには身の回りの世話だとか、美味いメシを作るとか、俺たちが不得意な仕事が出来る。だったら〝あんたらの戦場〟は其処にあるんじゃねえか」


 迎えられただけではない。認められた。二人の言葉の温かさが力強さとなって、シルヴィの胸にすっと沁みていく。それは黙って聞いていたフリックとブリジットにとっても同様の想いだった。


「あ、あのう。わ、私も皆さんの力になれますか!」


 言葉は詰まりながら、しかし手はまっすぐピンと高く伸ばしてブリジットが尋ねると、アールとアルテアは視線を合図のように重ねた。


「ボクは期待しているよ。君たちの様な可愛い子はいるだけで華がある」


「俺はこのクソ美味いメシが食えるなら文句はねえな」


 ワゴンには新しく作られた温かい料理が載せられる。フリックも料理を愛しているからこそ、美味しいと言葉にしてくれる人々に大きな感謝と信頼を寄せた。


「わたくしは感無量です……。メンテル公爵も、わたくしの料理は褒めて下さいましたが、いつも平民のわりに、と言われていたので少し辛かったのです」


 それまで緊張の糸がぴんと張っていた空気が、優しく解れていく。立場に縛られ追い詰められてきたシルヴィたちにとって、アールとアルテアの言葉は慰めではなく、勇気を与えてくれた。もう俯かなくてもいいんだという気持ちになれた。


「ならもう気にならねえな。これからはいつでも褒めてやるぜ」


「そう言うなら先に料理に手を伸ばすのはやめなよ。陛下に叱られるぞ。ほら、さっさとワゴンを動かせ。ボクは面倒だから先に戻る」


 エプロンをぽいっと投げて、アルテアはさっさと厨房を出て行く。慌ててアールがワゴンを押して料理を運んだ。


「あ、あの……。私たちも行きます、よね……?」


「もちろんよ、ブリジット。皆が私たちを迎えてくれたんだもの」


 憂いは消えて、今は期待に胸が躍っている。ずっと、居場所ではないと思っていた。勝手な考えでしかない。それでも立場がそうさせた。侍女長と、その周囲の人間に虐げられてきた記憶が植え付けた不安と期待の消失など、なんの影響もない。ただ信じられる人々のために、出来る事をやろうと思えた。


「じゃあ行きましょ! 私たちの新しい仲間のところへ!」


 ずっと牢獄のように思えていた皇宮は美しい世界へと姿を変えた。胸の奥には、フレアから受けた言葉が静かに燃えている。


『私の専属侍女として傍で支えてもらいたい。悪くない提案だろう?』


 ああ、悪くなかった。本当に、心からそう思う。ただ地を這いつくばるだけの日常には別れを告げて、ただひたすらに前を向けるようになったから。


「様子見に来たけどよォ。アタシらが声掛けるまでもなかったなァ、ギデオン。新しい家族が増える瞬間ってな、いつ見ても気分が良い」


 信頼はしていても心配は心配だ。様子を見に来たルイーズとギデオンだったが、三人が心から楽しそうに食堂へ戻っていくのを見てホッと安心する。


「我々にはないものだね、ルイーズ。誰かの心を掴むというのは。事務的でも、感情的でもいけない。心に訴えかけるのは、ああいう自然さなのかもしれない」


「じゃあ、そりゃあアタシらの戦場(・・)ではねぇなァ」


 きひひっ、とルイーズは袖で口元を隠して笑いながら────。


「おかげで安心して任せられるってもんヨ、アタシらも」


「……あぁ、まったくだ」


 強い繋がりも、心を通わせて初めて作られる。アールとアルテアほど地獄の底から這いあがってきた人間はいない。彼らだからこそ見えるものがあるのだろう、とギデオンも流石にこればかりは勝てそうにないな、と溜息と笑いが一緒に出た。


「では俺たちも戻ろう。せっかくの料理が冷めてしまう前に」

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