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悪女皇帝は返り咲く  作者: 智慧砂猫


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第16話『種は撒かれた』

 オルキヌス騎士団とは皇帝直属の最精鋭だ、救国の英雄だと呼ばれているが、実態はまさしく〝家族〟なのだ。血の繋がりを必要とせず、身分も介さない。


 たとえ離れ離れになっても、必ずまたひとつのカタチに戻っていく。それがオルキヌス騎士団で紡がれてきた絶対的な絆だった。


「そんな、私たちが自分で準備します。ね、ブリジット?」

「そ、そうですぅ……。ご迷惑はお掛けできませんから……」


 まだ公的な場で任命も受けていない新入りが、遥か先達の大貴族たちに自分たちの食器を用意してもらうなど恐れ多くて、それだけはさせてくれとギデオンの提案はあっさり断られてしまった。


 乗り気だった面々はやや残念がっていたが、フレアが『彼女らの気持ちも考えてあげるべきだろう』と言って、その場はひとまず収まる事となった。


 しかし、使用人たちが厨房へいったん戻っていくのを見て、アルテアとアールは顔を見合わせてニヤッと笑うと、二人してそろりと食堂を後にした。


 まるで悪戯好きな子供同然だ、と名誉ある騎士の取る行動ではない事にクライドが呆れて溜息を吐き、フレアに苦言を呈する。


「……手綱は握っておくべきですよ、陛下」


「ハハッ! それはそうかもな。だが、あいつらだから良いんだよ」


 アールは遠い島国から来て、大陸の文化に慣れない頃に首都でフレアと出会った。どんなときでも明るく前向きに分け隔てない。ときどき距離が近すぎる事もあるが、オルキヌス騎士団の空気に慣れるには丁度良い。


 アルテアは平民出身で、ただの傭兵だった。口は悪いが、アールとは違う向き合い方で常に対等の立場で話をする、身分に囚われない女性だ。フレアが彼らを放置するのも、その方が確実という信頼があった。


「お前たち以外は全員が平民出身だ。規律で縛るのではなく心で繋がる……私たちの立ちあげた騎士団は、その志の下に集まった事を忘れてはいないだろう?」


「きひひ……良い事言うねえ、アタシらの皇帝様は」


 ボトルごとワインを飲んで楽し気なルイーズが、椅子にだらしなく膝を立てて片足を乗せて座り、片手にボトルをふらふらさせる。酒を飲むといつもこの調子だ、と隣で静かに食事をしていたギデオンが困り果てた視線を遠くへ投げた。


 流石に良くないとフレアも思い、ルイーズに注意する。


「きちんと座りなさい、ルイーズ。行儀くらいは守った方がいい」


「ヴッ……! 仕方ねぇナ……陛下に言われちゃ敵わねェ」


 すんなりと受け入れたルイーズを、クライドがフッと笑う。あまり笑顔を見せない男なのもあって、皆が意外そうな視線を向けると急に恥ずかしそうに咳をした。


「俺ばかり見なくていい……。それより陛下、聞きたい事が。門や敷地内に侍女は見掛けませんでしたが、騎士たちは随分と多かったように思います。もう新たに雇われたのですか?」


「いや、彼らはメンテルの下で働かされていた者たちだ。聴取して、問題がないと判断した者だけ私が新たに雇用契約を結んでいる」


 途端にぎらりとクライドの視線が鋭くなる。騎士とて裏切らないとは限らない。国政を担い、上流階級の世界まで動かすとなると、裏切り者の下で働いていた騎士たちなど信用を置けるはずがない。どこから些細な情報が漏れるかも分からないのに、新しく雇うでもなく、そのまま新たに契約を結ぶなど言語道断だ、と。


「解雇してください、陛下。騎士であれば、私やギデオンの領地には多くの身分を明らかにしている騎士たちが雇われています。こちらに派遣しましょう」


「クライド。私が単独でやったわけじゃない、ギデオンもいて────」


 その場にギデオンがいたと分かるやいなや、クライドの怒りの視線がギデオンに向かう。『お前がいながら何故?』とでも問いかけたそうだった。


 察したギデオンがワインで喉を潤し、仕方なさそうに語った。


「首都の状況が最悪な状況で急な方針の変更をしたとして、早急にそれを伝える術が我々にはなかったんだ。だから、メンテルの下で働いていた騎士たちを安く雇用する事で、彼らを情報の発信源に使ったんだ。俺は元々首都で過ごしていたから、領地から使える者を呼ぶにも時間が掛かる」


 首都の状況は一時的な免税では殆ど効果がない。そもそも払う金さえほとんど残っていないのだ。とはいえ、払わなければ徴収まで行ったという事実が露呈した結果、まったく無意味ではないだろう、とギデオンは手を打っていた。


「まずは民衆に聞く耳を持たせる事が必要だ。僅かな改善は希望の種を撒く最初の段階。だから騎士たちに一時的な雇用契約を結ばせた。そうして簡単な対策で意識を向けさせ、皆が全員揃うのを待ったんだよ。俺たちの再結集は国政の大きな動きに繋がると誰もが分かる。……ロベルタとバーソロミューがいないのは痛い点だが」


 黙って聞いていたルイーズが、くちゃくちゃとステーキを食べながら口を挟む。


「北部の魔物が増えてんだ、仕方ねえだろォ。民衆も馬鹿じゃねェ、それくらい言って聞かせりゃいい。団長さんは特に民衆の信頼も厚いからヨ」


 事情についてはフレアも既に手紙を受け取って知っている。北部の魔物が増加傾向にあるうえ、年々活発的になりつつある。彼らの生息地域と人々が暮らす地域の境界線を防衛するのが、北部に領地を持つロベルタ・グロリオサとバーソロミュー・ドラモンドの二名だった。とても首都に来れる状況ではなかった。


 フレアは少し考えるように、グラスの中を揺蕩うワインに映る自分を見つめた。多少の困難など、これからを思えば些事にすぎない、と笑みが浮かぶ。


「来てくれた方が心強くはあったが────構わない。アルテアとアールが戻ったら本格的に今後について話し合おう。もちろん、晩餐は楽しくな」

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