第15話『家族の晩餐』
その後、皇宮では晩餐会が行われた。オルキヌス騎士団のみが招待を受けた小規模なものではあるが、彼らが一堂に会したという事実が広まるのは時間の問題だ。オルキヌス騎士団はクライドやギデオンのように、元より古くから続く由緒正しき家門の人間もいれば、それ以外の面々は出自が平民や兵士。あるいは遠い国からやってきた放浪民とも言える身分に関わらず爵位を受けた者たちで構成された。
誰もが不満を抱いたが、新たな皇帝こそ小さな平民出身でありながらヘンデリックス、エルミエル両公爵家からの厚い支援を受けた特異な存在だ。ゆえに他の平民が貴族になる事に異論を唱えれば、それはまさしく皇帝への侮辱も甚だしい行為として捉えられかねない。オルキヌス騎士団は皇帝に次ぐ権力者とも言える地位を確立した者たちであり、その影響力は絶大だった。
明日にも首都は大騒ぎだろうな、とフレアはニヤッとする。
「今日はオルキヌス騎士団の再結成を祝う席だ、思う存分楽しんでほしい。……ああ、それから、忘れてはならない事がひとつある」
手元にあるベルをつまんで、軽く鳴らす。合図を受けて、食堂に粛々と入って来て扉の前に並んだのは料理人のフリック。そしてフレアの専属侍女であるシルヴィとブリジットだ。皆、隠そうとしても隠しきれない緊張感にカチコチだ。
フレアだけがいるのなら緊張感もない。慣れたものだ。問題は、晩餐の席に着いたオルキヌス騎士団の面々。全員こそ揃っていないものの、五名の騎士たちはまるで素性が分からない。些細な事で粗相があれば、今度こそ首がないと顔が蒼い。
ワインをグラスの中で揺らし、フレアは優しく使用人たちを見つめた。
「宮廷料理人として採用したフリック。それから私の専属侍女となったシルヴィとブリジットだ。爵位を持たない平民出身だ、皆にも馴染み易いだろう。彼らもまた、私の認めた者たちだ。ぜひ仲良くしてやってほしい」
緊張に震えながらも、粛々と深くお辞儀をする姿を見て、まずは好印象だ。特にアールは、シルヴィをじっと見つめながら「なんて麗しいんだ……!」と小さな声で力強く呟く。隣の席に座っていたアルテアがアールを気持ち悪いものを見つめるようなしかめっ面を浮かべてチッと舌を鳴らした。
ふと、クライドがやんわりと手を挙げた。
「彼らにもオルキヌスの称号は与えてはいかがでしょうか?」
その提案に、ステーキを小さく切り分けていたルイーズの手が止まった。
「おいおい、そりゃあ名案だナ。陛下が認めたならアタシたちの仲間も同然だ、なんの爵位もない方が不思議なくらいだと思うぜ。アタシはな」
どうせ他の者も同意見だろう、としながらもルイーズの視線は、ただひとりだけ納得しないだろう人物を目に映す。
ワインで口を潤すギデオンが横目にルイーズと合致する。
「……俺が反対するとでも、ンドゥリアナ卿?」
「いやァ、オメーが一番反対しそうな気がしたんだけどよォ」
「まさか。俺も認めるときは認めるさ」
そうでしょう、と同意を求めるようにフレアに向けて軽くウィンクする。肝心の皇帝様は家臣のクライドと話すのに夢中だったが。
「ん? どうした、ギデオン。何か言ったか?」
「はは、いえ何も」
張り付けた笑顔で本心を隠すが、隣のルイーズがきひひと笑って小馬鹿にする。「フラれちまったナァ、旦那」と愉快も愉快な気分で。ギデオンはすかさず、わざとルイーズの肌の見えた足に冷たい水を零す。
「あぎゃあっ!? 何しやがるギデオン、テメー!」
「騒ぐな。陛下が驚いただろう」
ぎょっとしてルイーズが慌てて着席すると、フレアも苦笑いしつつ、今日は無礼講だからと気にしないよう優しく言った。
安穏とした空気と皆の温かく迎える視線に、フレアは告げる。
「うむ……皆の者もクライドの意見に反対はないようだ。フリック、シルヴィ、ブリジット。お前たちには後日、改めてオルキヌスの名誉を授けよう」
フリックとブリジットは喜んだが、シルヴィは浮かない顔だ。
「せ、僭越ながら……私たちに務まるでしょうか……。爵位も持たない者が、かのオルキヌス騎士団の仲間に迎えて頂くなど、名誉ある事とは存じますが……」
シルヴィにしてみれば、目の前にいるのは皇帝直属騎士団。オルキヌスの名を冠する貴族たち。ギデオンとクライドはヘンデリックス公爵家とアルミエル公爵家。アルテアはバーナード侯爵。アールはロズベール子爵、ルイーズはランカスター伯爵と、それぞれ先代皇帝の頃からある領地の名を背負った。
言葉の意味を理解したフリックとブリジットも一気に興奮が冷めていく。救国の英雄とまで言われるオルキヌス騎士団の仲間に入るなど恐れ多い事なのだ、と。
「きひひっ。くっだらねェ悩みを抱えていやがるナァ?」
ルイーズはくっくっ、と口元に手を添えて────。
「んな事言い出したらアタシらの殆どはクーデターを起こす以前は、ただの平民だったぜ。アタシとアールなんざ、よその国から来てるしよォ」
うんうん、とアールも腕を組んで深く頷いた。
「俺は小さい島国出身だし、ルイーズは南の砂漠に暮らすアラプト族っつう希少民族の生まれだ。何も気にする事なんざねぇって、天使サマよ」
またしてもうんざりした顔でアルテアが舌打ちした。クライドやギデオンは、ただ何も言わずに顛末を見守るようにワインを口にして過ごす。
ただの使用人ではなく、皇帝直属であるならば、地位という垣根などない。共に過ごすに値する仲間だという皆の判断に、フレアは満足げに頷く。
「────そういうわけだ。受けてもらえるな、シルヴィ?」
ここまでお膳立てされて、なお断る事など出来ない。断る理由もない。温かく迎え入れようとしてくれる人達がいる嬉しさに照れくさそうに笑みを浮かべた。
「……ありがとうございます、皇帝陛下。オルキヌス騎士団の皆様。────どうか、我々使用人一同、何かとご迷惑をお掛けすると思いますが、ご指導ご鞭撻賜りますよう、よろしくお願い申し上げます」
深く、深くお辞儀をする。フリックも、ブリジットも、シルヴィに倣った。思わず目に涙が浮かぶほどの感動が胸に込み上げてくるのを必死に堪えた。日陰から出る事の叶わない日々に、フレアやオルキヌス騎士団が光を当ててくれた、と。
そこでギデオンが、ふと席を立ちあがって────。
「仲間の分の食器が足りないが、さて、用意を手伝ってくれる者は?」




