第14話『誓いの儀』
待ち侘びた言葉。
圧倒的な存在感を示す威厳ある声。
顔をあげた先にある、神々しく禍々しい漆黒の装い。
「我らが帝国の輝ける太陽よ、再び昇られたのですね」
団長であるクライドが真っ先に立ちあがった。儀礼など知った事ではないとばかりに、他の面々も続く。それほどに恋焦がれたのだ。主の復活を。
皇帝フレアは再び彼らを照らす光となる。愛すべき帝国の愛すべき主君が、フッと微笑む姿に胸が躍った。
「酒には随分と手こずったものだ。そなたらの忠誠さえ揺らぐほどにな」
「きひっ……。陛下というよりは、あのクソ公爵でしょう?」
ぎざぎざの歯をぎらりと揃えて笑みを浮かべる。だが、ルイーズの瞳は間違いなく怒りの色に染まっている。皇帝を謀ったばかりか、自分達が皇帝のためにと積み上げてきた富をあぶくにしてしまったのだから。
「この拷問官ルイーズ・ンドゥリアナにお任せを。クソ公爵の洗浄済みの金の行方も吐かせてやります。国民に配給する物資にもなりましょう」
「うむ、お前らしくやってくれ。だが勢い余って殺さぬように」
処刑する前に拷問して殺したとあっては国民へのアピールに都合の良い駒が減ってしまう。それだけは絶対にならないとギデオンも加わって説明する。フレアの温かいまなざしのせいで、ルイーズが暴走しそうな気がしたのだ。
これには、アルテアも同調してルイーズを宥めた。
「公開処刑はボクらにとっても有益だ、ルイーズ。陛下が威厳を取り戻すためには、人々の前で邪悪を裁く事が最も効果的だろう。……だけど、舌をズタズタにして断頭台に乗せるくらいは構いませんよね、陛下?」
にこやかだが、アルテアたちの恐ろしさをフレアは肌で感じ取る。皆、ルイーズのように表面的には出さないだけだ。フレアに牙を剥いた事が許せるはずもない。本来であれば、だれもがすぐさまメンテル公爵の五体を、ばらばらに引き裂きたく思うほどの強い憎しみを抱いているのだから。
「まあ、許可しよう。いちいち処刑の時に騒ぎ立てられても困る」
こほんと咳払いをして足を組み、膝に手を置いてトントン叩く。騎士たちを見つめる瞳に籠った情熱が、まっすぐに彼らを映す。
「さて、こうして再会も出来た。わざわざ急な呼び出しに応じてくれた事に礼を言いたい。……だが、その前に。私に再び忠誠の誓いを示せるか?」
重たく響いた言葉を受け止めたオルキヌス騎士団の面々は、クライドが視線で促す合図を見て頷き、皆が再び片膝を突いて玉座に向かって深く頭をさげた。
謁見の間に集まった時にはバラバラだった彼らの心も、今はひとつとして敬愛する皇帝フレアに向けて足並みを揃えていた。オルキヌス騎士団を代表してクライドが頭を下げたまま、厳かに、粛々と告げた。
「我らオルキヌス騎士団は、この身、この精神を揺るがぬものとし、我らが帝国の太陽であらせられるフレア・エルピーダ・アフトクラトル・ド・フォティア・アナトリア様に、忠誠の誓いとして、我らの誇りを捧げましょう」
皆が携えた武器を貢物のように差し出す。クライド、ギデオン、アルテアは剣を。アールは三節棍を。ルイーズはグルカナイフを誓いとして捧げた。
長く大切に使ってきた、オルキヌス騎士団の者たちの誇り。頭を垂れて武器を差し出すという事は、つまり彼らは自らの命運を皇帝フレアに全て捧げる覚悟がある、という意志の表れだ。沈黙がよりいっそう彼らの覚悟を強く示す。
思わずフレアも嬉しさに笑みを零すほどのまっすぐな忠誠心。問いかけから行動までの迷いが一切なく、むしろ待っていたとばかりの勢い。一度は遠く離れてしまった心が繋がっていくのを感じて、フレアはひとり強く頷く。
「……お前たちの誓いは受け取った。顔をあげてくれていい」
許可が下りると、一番最初にバッと跳ねるように立ち上がったのがアールだ。やっと終わったとばかりにぐぐっと体を伸ばす。隣にいたクライドの「躾けの出来ていない猟犬だな」という小言に、笑って「いいじゃねえか」と肘で小突く。
堅苦しい儀礼を嫌うアールが、唯一フレアにだけは敬意を払う。とはいえ、やはり息が詰まるのは間違いない。苦手なのだ、静かな空気が。
「あ~、肩が凝っちまうぜ。初めてやったときもそうだけど疲れるな!」
「きひひ……。アタシは嫌いじゃねえよォ?」
「ボクは君たちが誓いの儀を終えたばかりで、騒がしくするのが嫌いだよ」
「アルテア、放っておいてやれ。俺たちだけでも陛下に耳を……」
終わった瞬間、まとまりがない。色の違う花が一斉に開いたような雰囲気だった。とはいえ彼らの熱に満ちた誓いは変わらない。全員、まったく性格が異なる者ばかりだが、芯にはフレアへの敬愛がある。
微笑ましい光景だなあと眺めているフレアの傍に、ギデオンが近寄った。
「フレア、この後の予定は決まっているのかな?」
「ああ、もちろん。お前たちのために用意させてある」
そろそろ解散かなとフレアは玉座を立ち、手を軽く叩いて注目を集めた。
「騒ぐのも程々に。せっかくの再会だ、泊っていくだろう?────晩餐の支度が出来るまでは自由に過ごしてくれ。今日くらいは無礼講と行こう!」




