第13話『オルキヌス騎士団』
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時は流れて、半月ほどが慌ただしく過ぎた頃。
首都はこれまでにない行軍もさながらの重厚な空気に包まれていた。
皇宮を目指して首都へやってくる、各領地の領主たち。家門の大きさを示すかのように、彼らは皆が高級な箱馬車でやってきた。飢えに飢えた民衆も、普段であれば物乞いでもするところを近寄りさえしなかった。
「お待ちしておりました、エルミエル公爵閣下」
シルヴィがやってきた馬車から降りてきた男に深々と頭を下げた。
「なぜ侍女がひとりで出迎えを?」
男は見目麗しかった。しかも、染めたでもなく青い髪というエルミエル公爵家の血統を表す特異な外見が、人々の目を惹く美しさを引き立てた。ひとつ難点を挙げるとすれば、彼がとても不機嫌になると殺気が漏れる事だ。
「こ、皇帝陛下の命に御座います。わたくし以外には任せられないと」
「……そうか。八つ当たりをして悪かったな、案内してくれ」
「はい。こちらに御座います、どうぞ」
エルミエル公爵と呼ばれた男は相変わらず皇宮の清掃が行き届いていないのを見て、本当にあのフレアが正気を取り戻したのか、と疑問を抱く。
半月も経って、埃の臭いがまだ漂っているのが不快だった。
「この先で皇帝陛下がお待ちです。どうぞ、お入りください」
さて、どれくらいぶりだろうか。たった数年にしては長すぎる。それほど待ち侘びた日にも関わらず、扉を開けるのを躊躇してしまう。元に戻ったふりをしているのなら、そのような痛ましい姿を見るために首都へ来たわけではない。
期待と不安が入り混じった気持ち悪さが、眉間にしわを作った。
「やあ、クライド。入らないのかい?」
不意に声を掛けられてクライドが振り返った。
「アルテア・バーナード。お前が俺より後に来るとは珍しい」
騎士の礼服に身を包んで羽織を揺らす、ショートヘアの黒い髪をした女性。茶色い瞳が敵意じみた視線をクライドに向けてニタリとする。
「時間厳守がバーナード家の訓示だ。ボクは指定された時間きっかりに来るよう躾けられている。君こそ一番乗りでないとは、不安だったのかな?」
ちっ、とクライドが強く舌を鳴らす。だが否定はしなかった。
「陛下が我々の知る姿で待っているかどうか……」
「それを確かめに来たんだろ? 相変わらずだな、臆病者」
アルテアが扉を開けようと取っ手をぎゅっと力強く掴む。
「もう他の連中が先に来てるそうだから、早く入ろう。────なあに、ボクらの知る皇帝陛下でなければ、いい加減始末しても良い頃合いだ。酒に溺れた君主などにいつまでも居座られても国民が苦しむだけじゃないか」
それはそうだな、とアルテアに同意見な事に悔しさの含んだ溜息を吐く。仲が悪いわけではないが、かといって馬が合うほどでもない。同じ皇帝直属騎士としての誇りを誓い合った事だけが彼らを繋ぐ絆だ。
「では参ろう。辛気臭い顔はやめなよ、団長様」
「……ああ、それに関しては返す言葉もないな」
二枚扉を揃って押し開ける。ぎい、と軋む音が謁見の間に響き渡った。
「おう、団長サマにアルテアの姉貴。遅かったな?」
真っ赤なつんつん頭の若い男。アール・ラウザー。上半身にぴったりと張り付くシャツ一枚で、礼服の上着を肩に担ぐように持っている、直属騎士団の陽気さたっぷりなムードメーカーだ。
アールの隣には小柄な少女に見える女性が立っている。腰まである銀髪に日焼けしたような小麦色の肌。どこか気怠そうな顔つきが振り返った。
「きひひっ……。随分とのんびりな到着じゃねえかよ、団長さん」
「お前を久しぶりに見たな、ルイーズ。これで全員か?」
「アタシが知るかよォ。ギデオンは陛下と一緒だろうけどな!」
集まったのは四名。此処にギデオンが加わり、不参加者は二名となった。
「残念だな。絶対的な忠誠もここまで崩れたか」
「ちげーって、団長サマ。ロベルタとバーソロミューの忠誠心はガチだぜ」
「だが、この場にいないだろう。皇帝陛下が姿を現すというのに」
久方ぶりの再会は、彼らを軽口をたたき合う仲から些か疎遠にさせた。
「忘れているようだが、俺たちは絶対的な忠誠を陛下に誓ったはずだ。下らん理由で皇宮を追い出された後、それぞれが自分たちの領地の運営に専念し、いつでも陛下の助けにならんとしていたのではなかったのか?」
叱責するような厳しい物言いに、ルイーズが口元を手で隠して笑った。
「きひっ……! だからだろォ、団長さん。ロベルタとバーソロミューは北部の魔界戦線でご活躍中さ。ここ最近じゃ魔物の湧く数が増えてるとかなんとか!」
魔界戦線、と聞くとクライドもしかめっ面をする。魔物が跋扈する北部の凍える大地には、魔物の出現する境界線があり、それを越えてやってくる北部の領地との境界線を『魔界戦線』と呼んだ。
丁度、そのとき、開け放たれたままの二枚扉の向こうからギデオンが来た。
「おや、皆様お揃いで」
穏やかな愛想笑いが皆の感情を逆なでする。ギデオンは直属騎士団の副団長であるが、多くの仕事をフレアから任されていたので、彼らを管理する役割もあった。一筋縄ではいかない曲者集団ゆえに厳しく指導する事もしばしば見られた。
「はは、相変わらず嫌われているね。でも大丈夫、小言は言わないよ」
ふう、と全員が安堵する。クライドに対して不遜な態度を取るルイーズですら、ギデオンには頭が上がらない。滲んだ冷や汗を、ぶかぶかの余った袖で拭った。
「さあ、皆。それより今日は偉大なる皇帝陛下が再び我々を照らして下さる、歴史に残る大切な日だ。玉座の前に整列して、片膝を突くように。陛下の許可なく頭をあげるんじゃないぞ、些細でも無礼があってはならない」
皆がギデオンの言葉通りに動く。玉座を前にして片膝を突き、深く頭を下げる。しん、と静まり返ったとき、コツコツと響く軽くて重たい音が近付いた。
期待。不安。興奮。興味。あらゆる感情を、それぞれが胸に秘めて靴音が横切り、静かになるまで耳を傾ける。身じろぎひとつせず、しかし顔をあげたい気持ちに落ち着かない。────そのときは、ついに来た。
「顔をあげよ。我がオルキヌスの騎士たちよ」




