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悪女皇帝は返り咲く  作者: 智慧砂猫


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第11話『少しでも前向きに』

 世界は残酷で、美しくて、心の底から軽蔑できる。手の届かない場所から罵声を浴びせるのは当たり前。日の当たる場所で今日も幸せだと高らかに歌う者のために、あくせく働いて陽を昇らせ、月が夜を照らす毎日。


────なんて馬鹿げているんだろう、と思う嫌な気持ちが抑えられない。だけど、それでも前に進むと決めたのなら進むしかない。フレアは拳を静かに握りしめ、首都の人々が虚ろに過ごすのを見て感じた。


「……貴族主義などクソくらえだな」


 爵位を持つ者が気品ある存在として、認められるべきなのは間違いない。一方で彼らは雇用や利益を生み出し、人々の生活のサイクルの要として成り立っている必要があり、首都はその真逆へ進んだ。


 欲望に腐敗してしまった国家の、考え得るかぎりの最悪な状態。いつ息絶えてもおかしくない。人々の感情を逆なでする貴族の暮らしは、屈強な騎士たちによって守られている。事業は首都の外でやればいい。必要なものを手に入れる事は難しくない。メンテル公爵の躾けを受けた貴族たちにとって、領民の生活を喰らう人権のはく奪は極めて当たり前だった。


「庶民がいての生活というのは同意見だよ、フレア」


 考えを見透かしたように、宥める声でギデオンが仄かに笑顔を見せた。


「他の領地は最早、独立した国家と言っていいほど順調に回っている。しかし、どこの君主も些か壊れていてね。貴女がいつか戻ってくると信じて、誰もが税を納め続けている。愚かだと思わないか?」


 フッ、と鼻を鳴らして、流れる景色に視線を送る。フレアはそんなギデオンに続くように、ニヤッとして言った。


「お前も、その愚か者に入っているんじゃないのか」


「よく出来た道化師だろう? メンテル如きに使われていたとはな」


 首都の状況が良くなる事を祈った者たちの想いが、見知らぬところで常に踏み躙られ続けてきたとは夢にも思わない。誰も。オルキヌス騎士団は誇り高く、帝国を照らす新たな太陽であるフレアが必ず戻ってくると信じていたから。


 ただ、それだけに屈辱が過ぎる。自分たちの行いを無駄にされていたからではない。たったひとりの男の手によってフレアと、フレアの愛する民が苦しんだ事が、心の底から許せなかった。


「一か月後のメンテルの処刑など遅いくらいだ、フレア。実を言うと、貴女から手紙をもらったときには既に全員へ招集を掛けておいた。奴らの事だ、一ヶ月の距離だろうと半分に短縮して来てくれるだろう」


 思わず、フレアは嬉しさに言葉を失った。最初からフレアがどう動くかなど、ギデオンには読めていた。フォティア帝国の皇帝としてフレア・エルピーダ・アナトリアが復活するとき、オルキヌス騎士団は絶対に必要になる、と。


「今、首都にいる貴族たちについても調査済みだ。メンテル公爵一派として連中も処分しよう。おそらく噂は耳にしているだろうから、首都からは逃げられるかもしれないが、ヘンデリックス公爵家の力を以てすれば追跡は容易い」


 自信の溢れるキリッとした表情は頼り甲斐を感じる。これが荷馬車ではなく、もっと立派な箱馬車の中であったのなら、まさしく公爵と呼べるほど様になっていたに違いない。フレアは、そんな姿を想像してニヤニヤする顔を自然な仕草で隠すために、考え事をするような手の置き方で口を覆った。


「俺の顔に何かついていたか?」


「いや、何も。それより、そろそろ着くぞ」


 煩わしい話も程々に、馬車で皇宮へ着いた後は、まだ急ぐ必要もないだろうと一日くらいは親睦に費やすつもりだった。残念ながらやる気に満ち溢れているギデオンが従う事はなく、さっそく敷地の隅にある幽閉塔へ行ってしまった。


 皇宮の中でフレアが今出来る事は、はっきりいって何もない。とにかく暇だ。シルヴィがフリックたちと食事の準備をすると言うので、話し相手もいない。退屈な時間がやってきて、食堂でひとり新聞を広げた。


「……大したニュースも入って来てないな」


 貧困に喘ぐ民衆の声。酒浸りの暗君を叱責する記事。皇帝を討ち取るべきではないか、新たな王を立てるべきではないか。それに相応しいのは誰だと煽り立てるだけで、目立った話はなにもない。


「(もしギデオンが私の呼びかけに応じてくれなければ、今頃はオルキヌス騎士団が反逆を企てていてもいい頃だ。タイミングが良かったというべきか。多分これで、運命は大きく動いた……と、信じたいけど)」


 本来は、ただ暗君として在り続け、最期には最愛の騎士たちに討たれて終わる悲しい物語。だが、本筋とは違う道へ進んだ。騎士団の副隊長を務めたギデオンは既に仲間だ。他の騎士団員にも呼び掛けてくれている。だから安心出来た。


────そうなると、大きな問題が残った。


「……私、これからどうすればいいんだろう?」


 帰れる気はしない。意外にも帰りたいとさえ思わなかった。


 宮本サラという人間にとって現実は退屈で、どうしようもなく否定的だ。いつも何かにつけては失敗ばかり。謝罪と涙が当たり前。癒してくれるのは、誰かが描いた物語だけ。感情移入して読める、あらゆる世界だけが、サラの全てだった。


 現実に帰れば誰かの人生のわき役だ。サラは自分の人生をそう位置付けて失望し、癒してくれる世界に浸り、主人公に共感して、その物語の中だけは、自分も主役の一人のように感情を抱いた。


 だから、今はフレアでいい。フレアがいい。今やっと、物語の主役となれたのだと実感できるから。ただ、首都を想うと、本当にどうかと思うほど淀みきった世界の構造ではあるのだが、と乾いた笑いが出た。


「ま、なるようになるか。私の人生は此処から変わるんだから」


 新聞をたたむ。テーブルの隅に放り出し、フレアは椅子に体を預けた。ぐっと首を後ろに倒して、天井を仰ぐ。


 どうか幸せになれますように、と小さく祈った。

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