第10話『未来の選択』
頼もしい言葉にフレアも嬉しく思い、胸が温かくなった。首都を立て直して、再び栄華に満ちた帝国が戻ってくると信じられた。傀儡政治と呼ばれて弱みを見せるような事があってはならないので、戻ればギデオンから熱い指導が待っている事だけは、些か避けたいという気持ちがあったりもするのだが。
「ギデオン。お前ならまず、どう動く?」
「それはもちろん、メンテル公爵を処刑するのが最も効果的だろう」
さらり、と言ってのける。今のフレアにとっては信じられない言葉でもあり、処刑が世界の普遍的なものであると理解させられた瞬間だった。
「(ああ、そうか。私の元々いた世界とは違う。必要となれば誰の首だって落としてしまうんだ……。まるで中世の見世物のように簡単に……)」
かつて宮本サラが今まで読んできた小説は、どれもそんなものだった。さながら旧時代を思わせるような処刑に対する価値観が存在するのは、今や創作の中だけとフレアは考えていたが、そうではないのだと突きつけられた事は衝撃だ。
ギデオンにとっては『改善するための手段』でしかない。人の命はあまりに軽く、羽根のようで、フレアには胸が締め付けられる気分だった。裁判をするわけでもなく反逆者として処刑し、名声をあげる事への罪悪感がそうさせた。
「(確かにメンテルのやっている事は大悪だけど、私たちがしようとしているのはミクロとマクロの差でしかない。本質が同じ事をやるというのは、気分のいいものじゃないな。それがギデオンが考える通り、最善だったとしても)」
気が進まない様子は、ギデオンにも見て取れた。長年、傍に仕え続けてきて、僅かな表情の変化も見逃さないようフレアを見つめ続けてきた。今、何を考えているかが簡単に見抜けてしまうほどに。
「……フレア。気乗りしないなら違う方法を考えよう」
「えっ。すまない、そんな表情をしていたか」
ギデオンはわざと視線を遠くへ投げ、ぎゅっと手を重ねて握りしめながら。
「貴女が皇帝を討った夜も、同じような顔をしていただろ」
驚かされて、思わずフレアは言葉に詰まってしまった。
ギデオンが話しているのは、確かに読んだ『フォティアの悪女』の序盤における、皇帝を誅殺したときの話。だが、宮本サラの記憶として振り返ってみても、そんな描写はなかったはずだ。────否、なかったと断言できる。むしろ力強い新たな皇帝の姿が描かれていた。
「(どういう事……? そんな裏設定でも……いや、それはありえない。だとしたら玉座で騎士たちから誓いを受けるシーンは────何?)」
書かれていた事が全てだ。力強い決意の中、本来のフレアは玉座に腰掛け、膝を組んで座り、精鋭であるオルキヌス騎士団の騎士たちが誓いを立てる。知っているのはここまでで、続きは今ある状況が全てと、思っていた。
「どうかしたのか、フレア?」
不安そうな表情で覗き込むギデオンに、フレアは慌てて小さく手を振って「なんでもない」と取り繕った。自分が何者であるかを話せば、きっとまだ酒が抜けていないのだと同情を誘うだけで、信じてもらえそうにないから。
「私は平気だよ、ギデオン。それより話の続きをしよう。私は別に、メンテルを処刑する事には反対していない。だが、どれくらいの効果が出る?」
「ああ、そうだな。俺の見立てでは上手く行くはずだが」
上手く話しを逸らせたかとホッとする。今度は表情におくびにも出さず、ギデオンに悟られないよう意識した。
「しばらく俺も見て回っていたが、首都は税金を免除されたくらいで立て直しが効くほどの状態じゃない。とはいえ、ひとまずの臨時策としてはマシだな。メンテルが諸悪の根源であった事は既に、貴女の働きかけで周知の事実となっているようだ。これを利用して公開処刑を行う。奴らの罪を証拠の書類と共に白日の下に晒し、今後の方針について演説で彼らの心を掴む必要があるだろう」
町で騎士たちが税金の免除を伝えるうえで、皇宮の実態を説明する必要があった。これまでメンテル公爵に騙されてきた、皇帝であるフレアに対する人々の警戒心を解くためだ。その事が噂となり、事実を確認しようとする者たちもいた。
メンテル公爵がこれまでやってきたのは、反抗する者を牢獄にいれるか、あるいは処刑するといった、皇帝の名を借りた残虐な行いだ。民衆の前に首を晒す意味は大きなものとなる。
「貴女のご両親が馬車の事故で亡くなられた頃、民衆も寄り添う気持ちが確かにあったんだ。以前までの悪政を覆したんだから。……問題は、その隙を、あの小癪な男に突かれてしまった事だ。立て直せるにしても時間は少し掛かるだろうが、必ず貴女を皆が理解してくれる」
馬車が通り過ぎると、まだ縋るような視線と恵みを求める声がする。フレアは、出来る限り早くに解決してあげたいと胸が詰まる思いに晒された。
何を選ぶべきか。目の前にある二つの道から、フレアは選んだ。胸の中に楔として残るかもしれない記憶になるとしても。
「わかった。お前の言う通り、メンテルの罪を民衆の前で暴き、処刑を執り行う。処刑は一ヶ月後。────それまでにオルキヌス騎士団を全員呼び戻したい」




