第1話『夢の中の邂逅』
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宮本サラには、お気に入りのウェブ小説がある。大した人気はない。だがサラは好きだった。投稿サイトの海のように広いデータベースの中に、ひっそり佇む日の目を見ない作品のひとつが、サラの感性にぴったりと嵌った。
「あ~あ、いつになったら更新されるのかな……」
残念ながら、あまりにも数の多い作品群の中に埋もれてしまったものは、ときどき続きを書かれる事がないままに物語が終わっているケースがある。いわゆる、筆を折ったという奴だ。
サラが好きだった作品の名前は『フォティアの悪女』という物語だ。皇帝直属の騎士団長の主人公である女騎士フレアが暴君に対する反逆を画策。皇帝の座を得た主人公は輝かしい未来を築くはずだったが、愛する人が事故によって亡くなってから精神を病み、暴君へと変わり果てていく。
見かねた部下たちが必死に説得するも受け入れられず、愛した者を失った痛みに耐えかねて、その命を愛した者たちに奪われる……はずの物語。
なのに、まだ序盤にも関わらず更新が途絶えており、皇帝が討たれてフレアが新たな皇帝として血塗れの姿で玉座に腰掛け、部下たちが忠誠を誓うシーンで途切れたまま。もう更新を待ち望んで二ヶ月が過ぎ去っていた。
「ちぇっ、こんなに続きの気になる話で終わらせるなんて勿体ないな。私だったら、絶対に続きが書きたくなるよ。最初の超カッコいいシーンなのに」
スマホ片手にベッドに寝転がって、深いため息を吐く。今日という日がまた過ぎていくと思うと憂鬱で、何度も見返した話を繰り返して読み、明日がやってくるのなら続きが更新されますようにと祈りながら眠りに就く。
その日、サラは夢を見た。
とてもとても、リアルな夢。
手足のはっきりした感触。聞こえてくる自分の息遣い。錆びた鉄のような血の臭い。べたっと所々が濡れた赤い絨毯は踏み心地が悪く、先にある玉座には頬を血で汚した女性が座っている。
長い黒髪が毛先に向かって真紅へと変わっていくグラデーションが美しく、吸い込まれそうな魅惑的な紫紺の瞳が印象的だった。
サラが最初に感じたのは、自分がどうなっているかというよりも女性の美しい容姿に対する憧れと好意の感情だ。不思議にも落ち着いているのに、夢かどうか、とまで頭が回らない。ただ、全てを受け入れていた。
「宮本サラ」
名前を呼ばれてハッとする。どぎまぎしながら「は、はい!」と返事をして、落ち着かない様子で姿勢を正すと、女性はくすっと官能的に笑った。
「会えて良かった」
「……えっと、あなたは?」
女性は徐に玉座から腰をあげ、サラの前に立った。
「それは後で、嫌でも知れた事だ」
サラは少し背が高い。百七十センチはある。だが、目の前の女性はサラよりも背が高く、見下ろした熱く冷たい瞳には自分よりも明らかに肉体的にも精神的にも小さな人間を前に諦観を宿し、表情に影を落とす。
「私はもう疲れた。この悪夢を変えられるほどの余裕がない」
ぎゅっと握った拳が悔しさに震えている。叶えられなかったものが、手に入らなかったものが、辿り着けなかった場所が。女性の手の中にはなかった。
「だから全部、お前に与えよう。私の経験を。私の記憶を。私の強さを。全部お前にくれてやる。その代わりに見せてくれ。お前の紡ぐ、より良い未来を」
サラの視界が揺れ動く。
ぐるぐるとかき混ぜられるように、淀んだ視界に意識が呑み込まれる。
「(気分が悪い、吐きそう……。この人、どこかで見た覚えが……?)」
ゆっくり、水に抑え込まれる葉のように、ゆっくりと。
視界は黒く染まっていった。




