リリス・フィオレンティーナ
「リリス・フィオレンティーナと申します。皆様、よろしくお願いいたします」
そう言って、ぺこりと丁寧にお辞儀をする転入生。噂に聞く“光魔法を使える少女”とは、まさにこの人のことらしい。ふわりとした雰囲気に、どこか小動物のような愛らしさを感じさせる。
「席は……そうね、委員長の隣がいいわね。いろいろ教えてあげてね、エヴァンスさん」
先生の言葉に、委員長のシャーロット・エヴァンスがすぐに立ち上がり、にこやかに答える。
「はい、先生。席はこちらよ」
だが――
「私、この方の隣が良いです」
リリスがそう言って向かったのは、なんとシャーロットの隣ではなく、教室の誰もが一目置く人物――レオナード皇子の隣の席だった!
「……フィオレンティーナさん、勝手に席を移るのは控えてください」
先生が気まずそうにリリスへと注意を促す。
「そうよ!レオナード皇子はエレノア様とご婚約されているの。あなたのような立場の者が、軽々しく親しげに接していいお方ではないわ!」
取り巻き…お友達の一人、エーデル・フォン・グリューンハイトが声を上げる。
「まあ、そうでしたの?でも――私、クラスメイトとして仲良くさせていただきたいわ」
全く悪気のない、無邪気な笑顔を浮かべながらそう言うその様子に、空気が一瞬、凍りつく。
「な、何をおっしゃっているの……!?」
誰かが声を上げたが、すでに教室中の視線が集まっている。これ以上空気を悪くするわけにはいかない――巻き込まれた以上、私も何か言わなくては。
「リリスさんは、まだ貴族社会の礼儀に不慣れなのですわね。……でしたら、私が教えて差し上げます。ですから、今回は大目に見て差し上げましょう。ね、エーデルさん?」
「エレノアさんがそうおっしゃるのなら……そういたしましょう」
エーデルは小さく頷く。
「そうでしたら、お隣のレオナード皇子に教えていただきますわ。ですから、エレノアさんは結構ですの。――ね?お願いしますねっ、レオナード皇子!」
そう言って、なんとレオナード皇子の腕に、自分の腕をしれっと絡めてきた。
……はあ!?
ちょっと待って、何言ってるのこの子!?
それに、他人の婚約者と平然と腕を組むって――なに考えてるの!?さすがに常識どこ行ったの!?
咄嗟に、組まれたリリスの腕を振りほどく私。
「婚約者のいる男性に、軽々しく触れるものではありませんわ、リリスさん!」
少しきつく言ってしまったかもしれない——そう思った矢先、リリスが小さく肩を震わせた。
「……ご、ごめんなさい。そんなつもりじゃなくて……本当に、知らなかったんです。ただ、もっと仲良くなりたくて……うぅ……」
瞳に浮かぶ涙。まるで私がいじめたみたいじゃない。
「まあ、知らなかったのなら仕方ない。次から気をつければいいだろう。エレノア、もういいじゃないか」
レオ皇子の優しい声が場を和らげる。
「レオ皇子……」
——これではまるで、私の方が悪者みたいではないですか。
リリスはすっと立ち上がり、改めて私に向き直った。
「本当にごめんなさい。いろいろ教えてくださいね……由里子」
最後の一言は小さな声だったが、私の耳にははっきりと届いた。
由里子――それは、私の“生前”の名前。
なぜ、私の過去を知るはずのないリリスが、その名前を口にしたの?
混乱する私をよそに、リリスはふっ、と微笑んだ。
「と、もみ……」
その瞬間、私は愕然とした。
今の笑い方――間違いない、あれは智美の笑い方だ。
でも、どうして……どうしてここに智美がいるの!?