はなし6
あの婚約者候補達パーティから4年が経ち、いよいよお披露目がやってきた。この時私は16歳になっており、輝くような紅色の髪に母似の鼻筋の通った美しい女性になった。家庭教師が今なら貴族の目に触れさせても問題ないと判断した為、国王の誕生会と同時に行われる予定だ。それまで秘密保持のため、王妃や王子達には一切知らせてないという。
「ねぇ、このドレスで本当に大丈夫?」
着せられているのは深い青色でスパンコールがキラキラとついたものだった。何度も 何度も侍女に確認をする。
「はい、赤い髪がより映えて素敵ですよ」
髪を結われ、髪飾りを挿した姿を鏡で確認するとそこには信じられないほどの美貌を持った女の子がいた。これが自分だなんて信じられない。王宮へ拐われてから…血の滲むような努力をしてここまできたのだ。今日のお披露目は完璧にしなければならない。
「姫様、お迎えに上がりました」
扉の向こうで宰相の声がする。時間だ。
「今行くわ」
「すっかり素敵な淑女になられましたね。粗雑さは少々残ってますが……」
宰相はいちいちうるさい。だけど私はこんなことで顔を顰めたりしなくなった。心の中では罵っているが。宰相が腕を出して来たので手を回す。そしてゆっくりと歩き出した。さぁ、ここからが本番だ。
混乱を防ぐため誕生日会の最後に紹介されることとなっている。なので、賑やかな会場の扉を開け、宰相と二人入っていく。その様子に、今までお喋りしていた貴婦人達も一斉にこちらを見てきた。
「こんな終わりの時間に、どなたかしら?」
「宰相がエスコートしている……?」
「……随分と綺麗な方ね…」
「フローラ!?」
人混みをかき分けて、ライアンがこちらに向かってくる。同じ年であろうライアンも、4年前より大分変わっていた。変わらなかった目線は高くなり、身長は大きく伸びていた。逞しい体つきになり、立派な青年となっている。
「ライアン様…」
「今までどこにいたんだ!?」
今にも掴みかかって来そうな勢いだ。だが、私とライアンの間に誰かの手が伸ばされた。国王がいつの間にか側に来ていた。そして、国王は私の肩を抱いた。
「ライアン、お前は下がってなさい。これから彼女は私達の家族となるんだ」
「……!?」
国王の一言で、ライアンは押し黙ったが、まだその意味を理解していないようだった。だが、それ以外の人達はその意味が分かったようだ。
静まり返ったフロアに王が注目を集めるように周囲を見渡す。
「本日は皆に私の娘を紹介したいと思う」
ザワザワとする城内。私は玉座の前へと足を進めた。ゆっくりと、余裕を持つように。震える手は隠せているだろうか。
「この者はその昔、王宮から連れ去られた愛娘、ロゼッタである!髪や瞳は王族のソレとは違うが、魔法が使えるため歴とした王族の一員で間違いない!」
周囲の人の目線が突き刺さる。急な娘の登場に驚き、戸惑いが感じられる。喜んでいる顔なんて全く無い。
これからが戦いなのだと思い知った。王が私に喋るように促してくる。
「皆様、ご紹介に賜りました。ロゼッタと申します。よろしくお願い致しますわ」
困惑の人達を気にも止めないように見えるよう笑ってみせた。私はただ、母の治療費の為にここにいる。誰にどう思われようと知ったことでは無い。ただ、利用されるのはごめんだ。それは母の望むこととは違うからだ。これから私に群がってくる人々を見極めなければならない。一人ひとりの顔をじっくりと見て、嫌悪を抱く表情をしている人を特に覚えていく。その人達とは慎重な付き合いをしなければならないからだ。
なので私は知らなかった。玉座の奥、私の後ろに立っていたライアンが酷く失望した顔をしている事に。
「…フローラが、僕の…妹?」
ライアンがポツリと零した言葉は、国王の耳にしか届いていなかった。国王はニヤリと笑ったかと思えば、更に大きな声を出した。
「そして、ライアンの婚約者も紹介しよう。アルペングロー公爵家のクレマチス嬢だ!4年かかってやっとライアンも素直になってくれてね」
こちらにはワッと拍手が湧き上がる。クレマチスが前に出てきて、一礼をし更に拍手が強くなる。
「ご婚約おめでとうございます!決まったのですね」
私は振り返ってライアンに笑いかけた。ライアンは恥ずかしがっているのか、俯いたままだった。
「……っ、ああ……」
その後はクレマチスが令嬢たちを紹介してくれ、同年代の女の子と久々に話すことが出来た。クレマチスは噂通りの容姿端麗、才色兼備な女性で私にも気を使ってくれていた。青紫の髪色をした女傑のような方だった。これからは同い年ながら義姉になる人なので仲良くなれたらいいと思った。
そして、せわしなく国王の誕生会は終了したのだった。
「ロゼッタ様。今日から王宮に部屋を用意してありますので、こちらへどうぞ」
「あら、そうなのね。荷物はどうしようかしら」
「塔から全てお運びしてあります」
それを聞き、あの抜け穴の存在はバレてないよね…?と少し焦った。穴を埋めておいた方がいいかもしれない。それでなくとも数年間お世話になった塔だ。今度掃除しに行かなければならないだろう。そう考えていたので、すぐ近くにライアンが来ていることに気づかなかった。
「フローラ!ちょっと時間を貰えないかな?話を……」
「ごめんなさい。フローラは偽名なの。私の名前はロゼッタ」
「偽名……?」
ライアンは顔を歪ませた。まだ現実を理解できていないといった顔だった。もしくは、理解したくないのかもしれない。こんな赤毛で自分を騙していた女が、妹になるなんて信じられないだろう。
「ロゼッタ・トーレ・ド・トワイライト。お兄様と同じトワイライト王国の名を持つ王族ですわ。これからは愛称でローザとお呼びください」
優雅にカーテシーをしながら名乗った。
青い顔をしたライアンはよろけた拍子に転びそうになる。それをクレマチスが支え、なんとか持ちこたえた。ライアンは下を向いているせいで髪がかかり表情がよく見えない。
「……家族と思ってくれてもいいって……そういうことか」
ライアンがボソリと呟いたが、私の耳には届いてこなかった。隣りにいるクレマチスには聞こえたようで、驚いた顔をしていた。
「ライアンお兄様、申し訳ありません。何とおっしゃいましたか?」
「ふっ……はははは!」
ライアンは急に笑い出した。私は思わず硬直する。周りにいた人たちも何だ何だと見てくる。ライアンは目を隠すように手で覆っているので口元だけしか見えない。だが、不快そうな雰囲気を隠しもしていなかった。異様な空気にこちらも思わずたじろぐ。
次は何を言ってくるかと身構えたが、ライアンは覚束ない足取りで向こう側へと行ってしまった。途端に周囲の視線も解散となる。
ライアンを追いかけるクレマチスだけが、私を強く睨んでいた。
それから数日後、私はクレマチスにお手紙を送っているが一向に返事が無かった。まぁクレマチスは王妃教育の他にも、領地の経営などを手伝っているという噂なので忙しいのかもしれない。
だがこれからの社交界のためになるべく仲良くしておきたい。ついでにライアンの様子も知りたかった。悩んでいると、メイドが声をかけてきた。先程、ライアンに会いに来ているクレマチスを見かけたのだという。もう帰る時間かもしれないので、会いたいならすぐ追いかけた方がいいとのことだった。
それを聞き、私はすぐにライアンの部屋へ向かった。するとちょうど良く、部屋からクレマチスとその護衛が出てきたところだった。
「クレマチス様!お会いしたかったので来ちゃいました」
クレマチスは露骨に顔を顰めていた。護衛が私とクレマチスの間に割って入ってきたが、クレマチスが手を振ると下がっていった。
「ローザ様、何かご用事でしょうか?私はこのあと、忙しいのです」
冷たく言われ、先日のお誕生日会とのギャップに驚く。この前は優しく接してきてくれたのに、急な態度の変わりようはどうしたのだろう。
「あ、お手紙にお返事が無いので、どうしたのだろうと思いまして」
「あら、気づきませんでしたわ。申し訳ありません。」
ツンと突き放される。会話が続かない。よほど機嫌が悪いのだろう。こういう時はさっさと退散するに限る。だが、その前に一つだけ質問をした。
「ライアンお兄様の体調はどうでしたか?この間はふらついていたので……」
そう話すと、クレマチスの表情は一気に険しくなった。こちらを射殺さんばかりの眼差しだ。美人な分、迫力がある。
「貴女って、本当に利己的よね。国王様とそっくりよ」
獰猛になったクレマチスの様子に思わずたじろぐ。しかし国王と似ているなんて言いがかりは見過ごせない。あんな愚王と同じにされては堪らなかった。
「き、急になんですか?」
「ライアン様は心を酷く踏み躙られたわ!貴女と違ってライアン様は王妃様に似たのよ!愛の深い御方なの!」
ハァハァと劈くように、悲しむように訴えてくる。クレマチスの様子を見るに、私はライアンの事をとても傷つけてしまったようだ。良い友人だと思っていた人が自分の父の子供だったと知ったら確かに辛いだろう。
「身分を偽って、騙していたことには申し訳ないと思ってます」
「……っ!そんなことを話していないわ!人の気持ちを理解できないの!?」
クレマチスが更に激高した。だが私はクレマチスが何に対して怒っているのかさっぱり分からなかった。このことで無いのなら、他に原因があっただろうか?誕生会の日に戻ってくると言ったのに、それを無視してしまったことだろうか?
疑問符を浮かべた顔をしていると、クレマチスがもう堪えられないといった雰囲気で私の肩を掴んできた。
「ライアン様は貴女のことを……っ」
「……私のことを?」
バン!と大きな音がしてクレマチスと私は目を向ける。扉からイライラとした様子のライアンが出てきた。そういえばここはライアンの自室の前だった。言い争いを聞いていたのだろう。ライアンは汗をかき、乱れた髪をしていて衰弱した様子だった。
「やめろ、クレマチス」
「ライアン様……」
とうとうクレマチスは泣き出した。二人は見つめ合っている。こんな時なのに、並ぶ二人はお似合いだなと考えてしまっていた。クレマチスはライアンの服をギュッと握りしめ、縋るように身体を震わせていた。それをライアンが優しく肩を抱く。
「私から言う」
そうライアンが言うと、私に向き直った。碧い瞳が強く揺れている。
「私は君のことが……」
何かを飲みこんだように見えたが、ライアンはそのまま言葉を続けた。
「……っ、憎い」
ヒュッと私の喉が鳴った。
ここまで嫌われていると思っていなかった。第一王子にここまで言われてしまったらこの先母を呼び寄せるのは不可能だろう。あの日、ライアンと出会ってしまったのは失敗だったか……
「これでこの話は終わりだ。」
ライアンはクレマチスの手を引き、再び部屋の中に戻ろうとする。もう関わり合いたくないと、拒絶するように視線を合わせない。だけどこのまま悪化した関係でいるのは良くないと、扉を閉める直前に私は叫んだ。
「それでも!私はライアンお兄様が好きですわ!」
バタンと閉まった扉の向こうで、何かが割れる音がした。