はなし5
「……本当に見えてないのよね?」
ボソボソと私は横にいるウィリアムに話しかける。
「はい、問題ありませんよ」
私とウィリアムは今、関係ないと思っていたライアンの婚約者候補探しのパーティに来ていた。なぜかというと、先日宰相が久しぶりに塔へ訪れた際に私のことを普通の令嬢と雰囲気が全く違うと嘆いたことが始まりだった。失礼な、礼儀作法も身のこなしも家庭教師から習った通りやっている。現に家庭教師からも合格点を貰えるほどになっていたのだ。
抗議をしたが、宰相は取り繕っても言葉の端々や指先の動きが粗雑なのだと言う。
そこで、普通の令嬢を見学してこいと命令がくだされたのだった。
「魔法って本当に凄いのね…」
賑やかなパーティ会場の中、ウィリアムと私は壁に張り付き目立たないようにしていた。
私の首で光っているのは認識阻害の魔法がかけられたペンダントだ。これは塔にかけられた魔法と同じで背景と同化する効果がある。付けている人が相手に触れると、触れられた人のみはその間だけ認識阻害が解けるのだった。なので、私はずっとウィリアムと手を繋いでいた。
「姫様。魔法というのは強力な反面、必ず弱点が存在します。そのペンダントも同じです。姫様を強く意識し注視すれば存在が浮かび上がってきます。」
「そんなに何回も言わなくてもわかってるわ。だからこんな格好をしているのでしょう?」
ヒラリとスカートを広げてみた。今着ている服装は侍女がいつもしているものだった。これなら赤い髪もモブキャップで隠れる。もし魔法を見破る者がいても、この格好だったら侍女の一人として紛れてしまうだろう。
「そうやってスカートを大きく広げるところを宰相は粗雑だと指摘しているのでは?」
「……」
私はウィリアムを無視して、近くにいる令嬢を観察する。お淑やかに笑い、クッキーやケーキを摘んでいる。会話の内容は勿論ライアンについてのようだ。金髪で碧眼、しかも第一王子の人気は凄まじいらしく、あちらこちらでライアンを褒める話が聞こえてくる。
「……やっぱり婚約者はあの方で決まりかしら」
「アルペングロー公爵家の…クレマチス様のことですか?」
ピクリと会話をキャッチした。なにやら令嬢達の話によるとクレマチス様というのは品行方正、美少女で性格も良く女神のような方だそうな。週に一回は領地で炊き出しを行い、視察も自ら積極的にしており、クレマチス様が王妃になったら国も安泰だとのこと。
私は胸をなでおろした。異母兄の理想とする御方がいるようで良かった。上手くライアンとクレマチスが婚約されれば、未来は明るそうだ。
気分が良くなり、私は側にいるウィリアムにローストビーフを強請った。先程からいい匂いのさせているビッフェ形式のご飯を、令嬢達は誰も手を付けていないのだ。余らせたら勿体ないとウィリアムに取って来させ、片手は手を繋いでいて使えないので皿を持っていて貰いながら食べ始める。壁に張り付きながら立ち食いをする私にウィリアムは呆れ顔だ。
「この場に宰相がいなくて良かったですね……」
「だから食べているのよ。流石にウィリアム以外に見られていたらやりません」
ヒソヒソ声ながらウィリアムと楽しく話している横で、令嬢たちがまだライアンの婚約者についてお喋りを続けていることに私は気づかなかった。
「…だけど、ライアン様が合意しないらしいのよ」
「どうして?あの方以上の人なんていないわ」
「どうやら、別の女の子に懸想をしているって噂よ」
主役は後から登場する、といったふうに会場が令嬢達のお喋りで温まった頃、王家の人達が階段から降りてきた。光魔法か何かでキラキラと光を反射させており、随分と派手な演習である。まず先頭に国王、その後に王妃、第一王子のライアン、第二王子のフレディと続いていく。数多くいる側妃は現れないようだ。
初めて自分の父ーーー国王を見て思ったのは、存在したんだ……という気持ちだった。いつも肖像画でしか対面をしないので、不思議な感覚だ。そして母を辺境へ送った怒りが湧いてくる。ギリ、と拳を強く握った。
国王が一歩前へ出てきて、腕を広げて演説をするように声を張り上げた。
「ご令嬢方、よく集まってくれた。今日を良き日にしよう!」
ワッと拍手が起きる。ライアンは肩に国王の手を置かれ逃げられないようにされている。遠くから見える顔はニコニコしているように思えるが夜のバラ園で会うときと違って完全に目が死んでいる。これから沢山あるテーブルに行き、令嬢たちへ挨拶回りをさせられるのか……私は少し気の毒に思えてしまった。
「ウィリアム、婚約者を決めるのってそんなに大事なことかしら?」
「そりゃ、早ければ早いほどいいでしょうね。対象外になりたければ」
ウィリアムは皮肉げに笑ってみせた。思っていた反応と違ったので驚く。てっきりウィリアムは、じっくりと検討してからの方がいいとか言うのかと思っていた。
……そういえば、ウィリアムから家族や妻の話を聞いたことがない。結婚指輪もしていないようだ。チラリとウィリアムを見上げると、どこか遠いところを見ていた。視線の先をゆっくりと辿ると、そこには王妃がいた。ウィリアムは熱の籠もった目でただじっと見つめている。
そこで私は、先日聞いた噂話を思い出した。
昔から懇意にしたいた男性と浮気した王妃…婚約は早い方がいいと言う平民出身のウィリアム。自分の子供を虐待に近い躾をする王妃。何故か罰されなかった浮気相手の男性。騎士団副団長ほどの立場の人が何故か隠された姫の門番をしている。
もしかして、この間ライアンが目撃した間男というのはーー……
「ウィリアム!お前も来ていたのか!」
大声にビクッと身体が反応し、ウィリアムの手を離してしまった。話しかけてきた大柄な男性はどうやらウィリアムと親しい仲のようだった。騎士団の服を着ている。同僚だろうか。
「ちょっとこっち来いよ、紹介したい人がいるんだ」
「いや、俺は忙しいん……」
「ローストビーフ持ってボーッとしてただろ。少しでいいから!」
強引にウィリアムを連れ去ってしまった。元々、はぐれた際はお互いに元の場所に戻ってくると約束をしていたのでウィリアムを追いかけずここに留まることにしよう。ずっと立っているのも辛くなってきたので、壁に寄りかかる。もう充分令嬢の立ち振る舞いは見た。宰相も満足だろう。ウィリアムが帰ってきたら撤退を希望しよう。いやその前にもう一度ローストビーフを取ってきて貰おうかな……
そう考えていた時だった。
「フローラ!?」
またも声をかけられ、ビクリと肩を揺らす。意気揚々とこちらに駆け寄ってくるのは本日の主役、ライアン第一王子だった。ライアンは私を頭の天辺からつま先までじーっと見つめた。その顔は先程の死んだ目をしていた状態から一転してとても嬉しそうだ。
「その服、やっぱりフローラは行儀見習いなんだね!侍女の中にいないのかなぁって探してたんだよ」
「は、は…」
認識阻害魔法を見破られてしまった。なぜ?あんなに強力な魔法なのに…それほどまでにライアンの魔力は強いとでもいうのか。しかもギュッと手を握られているので、ライアンへの魔法は完全に解けてしまっているだろう。
「昼に会う君も素敵だね。いつも夜にしか会えないから、夢じゃないかって思ってたんだ。」
「面白い冗談ですね。」
クスクスと笑ってみせた。内心は冷や汗をかきまくっている。この状況をどうにかする方法は無いか。ウィリアムを見つめるが、彼はまだ同僚の男性に捕まっているようだった。
ライアンはまだ手を離してくれない。先日のお茶会では腕を引っ張ったら解いてくれたのに。
「ねぇ、こっちに来て!」
「え!?どうしたんですか?」
駆け出すライアンに連れられ、頭が追いつかない。足が少し縺れる。
「お父様に紹介するから」
お父様って……国王陛下のことだ。マズイマズイマズイマズイマズイ!!脳内で危険信号が響き渡る。
グイグイと手を引こうとするライアンに、私は頑張って踏みとどまった。国王ならまだしも、横にいる王妃や他の王族に見つかるのは大問題だ。私はまだ出てきていい立場ではない。それを破れば、どんな仕打ちが待っているか分からない。当然、母の治療費も……
「申し訳ありません、殿下。侍女の服で陛下にお目見えするのは…あまりにも恥ずかしいのです。」
「どこも変じゃないよ?」
「……ドレスに着替えて来ます。それまでの間、どうかご令嬢方とご歓談くださいませ。」
こうしている間にもライアンと話をしたそうにしている令嬢の視線がどんどん増えている。認識阻害魔法のお陰で私がどんな容姿か特定されないだろうが、目立ってしまうのは避けたい。
お願いします、と微笑んでみせた。するとライアンは不満そうに見つめ返してきた。
「……本当に戻ってくる?」
ギュッと手をさらに強く握られる。新しくできた友人を紹介したい気持ちも分かるか、ここは嘘をつくしかない。動揺しながらも、質問に頷く。
「………はい」
「じゃあ、いいよ。早くね。戻ってくるのをずっと待ってるからね……」
名残惜しそうに手は離された。やっと逃げられる。私はその瞬間駆け足で会場を去った。頭の中のウィリアムが「そういう走るところを宰相は指摘しているのでは?」と話しかけてきたが気にするものか。すっかり道を覚えてしまった森を抜け、塔までたどり着く。侍女の衣装を着替えないままベッドの中へうずくまる。これ以上ライアンと親しくするのは良くないと直感が告げていた。
結局、私は会場には戻らなかった。ライアンに対しては約束を破り酷いことをしたと思う。
後日聞いた話だが、ライアンは赤い髪の令嬢を探して欲しいと宰相に頼んだそうだ。だが宰相が上手く情報を操作し、内々に留めたらしい。その代わり、私を放置しライアンに見つかってもその場で対処出来なかったウィリアムへ懲罰が下されたのは言うまでも無い。
それからお披露目会がある16歳になるまでの4年間、私は塔から夜中抜け出すことは無かった。
当然、ライアンと会うことも無かった。