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はなし2

その次に目を覚ましたのは、無機質な煉瓦造りの塔の中だった。フカフカのベッドに白く柔らかいドレス。ボロボロの服を着ていたはずなのに、気を失っている間に着替えさせられてしまったようだ。これは一体どれくらいの値段がする服なのだろう?服を撫でてみるとサラリとした感触で心地よかった。窓の外を見ると森と、遠くに王宮が見られる。

「お目覚めになられましたか?」

声の先には、メイドが二人いた。猫目とタレ目の女性で私より年は20くらい離れているだろうか。すまし顔でこちらを見ている。

「お母さんは?」

「エレーナ様は入院することになりました。王都の有名な病院ですので、まず問題は無いでしょう。体力が回復したら神殿にも診てもらう予定です」

一番気になることを真っ先に問いただすとメイドはそう答えた。ひとまず安堵し、力が抜けてくる。

お母さん、そう。治療を受けられるの。しかも神官にまで…私は布団をギュッと握りしめ、泣き顔を見られないようにうずくまった。しばらく黙っていてもメイドは何も言ってこなかった。

そして少し落ち着いた頃に、今の私の状況を質問した。何故こんな寂れた塔にいるのか、今後どうなるのかと。メイドによると、私はやはり商家に売られ王宮にやってきたようだった。誰にも見られないように布に包まれてコッソリと運ばれたらしい。王様は私が金髪でも碧眼でも無いことを知ると、塔に閉じ込めておけ。顔は良いからいつか役立つだろう。とただそれだけを言ったそうだ。そこで宰相が、将来訪れるであろう"新王女"のお披露目の為に王族としての振る舞いを教育すると決めたらしい。今後、この塔に家庭教師が来るので勉強をすること、塔の外には出ないことを約束させられた。それらを守れば母の医療費も面倒も見てくれるそうだ。母とは手紙のやり取りを許してもらえた。検閲はされるそうだが、それでも嬉しかった。




「またカトラリーを持つ順番が間違ってますよ」

「はーい……」

「返事は伸ばさない!」

王宮に連れて来られてからの日々は苦痛以外の何物でもなかった。もともと、行儀作法なんて知ったことではない家庭環境で育ったのだ。家庭教師は厳しく、言葉遣いから歩き方、文字の書き方、歌い方まで様々なことを指導された。その中でも一番嫌いだったのはテーブルマナーだ。フォークとナイフの置き方なんてどうでもいい。少しずつ食事が出てくるのももどかしい。好きに食べさせてくれ。私はパンを手に持ち、一口サイズに千切った。想像より勢い良く千切れてしまい動揺したが、家庭教師を盗み見すると何も言ってくる気配は無いのセーフだったのだろう。

正直、逃げ出したい。市井にいるときはどれだけ気楽だったことか。パンもスープもサラダも全部豪華なのに、嬉しくない。窮屈で堪らない。まだ数ヶ月しか経っていないのに自由だった頃が懐かしい。だけど、これも母の治療費の為…いくら辛くても投げ出すわけにはいかなかった。

「はい、今日はここまでですね。よく頑張りました」

「ありがとうございました」

私はゆっくりとカーテシーをする。優雅に見せるには動作を遅くした方がいいらしい。先生も満足そうだ。

内心、この王女教育に悪態をつきまくっていた私だが、自分の価値を上げるのは大事だと理解していた。いつか母が元気になったらここに呼ぶつもりだ。それを実行するには立場を上げておく他ならない。だから精神的にはキツくても、努力をしなければならなかった。

そして疲労する心に反して、外見はどんどん整っていった。ガリガリで皮と骨しか無かった身体は肉づきが良くなり、荒れた肌はきめ細かくなり美白となった。髪もパサついていたが、念入りなケアにより光沢を放っている。くすんだ赤毛はルビーのように煌めいていた。母譲りの整った顔立ちのお陰で、あれよあれよと言う間に外見は立派なお姫様となっていった。

「そうだ。ダンスの先生が来るまで少しお時間あるから、お母様にお手紙を書こうかしら」

メイドに便箋を持ってくるように言いつける。この言葉遣いは未だに慣れないし恥ずかしいが、普段から丁寧に話すように念を押されている。メイドが金の縁がついたキラキラの便箋を寄越したのでそこに文字を書き始める。

「お げ ん き で す か」

まだ字をスラスラと書くことは難しい。それでも文字の表を見ながら母に手紙を綴っていく。

拝啓 お母様

お元気ですか?暑くなってきましたがそちらは如何でしょうか?病院なので氷の魔石を使って涼しく過ごしているかもしれないですね。

私の方は塔に魔法がかけられているみたいで寒くも暑くもないのです。なんて素敵なのかしら。それに、塔にはどうやら隠蔽魔法もかかっているようなの。

先日、塔の外に迷い込んだ人がいたから、窓の隙間から声をかけたのよ。塔の姿が見れないから森の奥に住むお化けだと思われたみたい。笑ってしまうわ。

そういえばこの間、塔の外を見たら少し遠くに花園のような場所を見つけたわ。見に行ってみたいわ…

ーーーお返事待ってます。

何とか書ききって、メイドに便箋を渡す。この後、検閲が入ることだろう。隠蔽魔法の件は黒塗りされてしまうかもしれないがそれでも充分だった。手紙だけが母との繋がりだったからだ。たまに母からも返事が来る。弱々しい字だったが、前だったらペンを持つことさえ難しかったかもしれない。回復が見て取れて安心をしていた。

「失礼します。」

扉が開き、そちらを見ると女性のダンスの先生が立っていた。もうそんな時間なのかと焦ったが、先生の後ろに騎士の格好をした中年男性が立っている。髭がモジャモジャで引き締まった筋肉が付いており如何にも強そうだ。私はこの男をたまに見かけることがある。扉の向こうで門番をしているのだ。メイドや家庭教師が部屋に入ってくるとき、ドアを開けてあげる姿を度々見ていた。そんな存在だけは認識している男がどうして先生の後ろにくっついて部屋に入ってきているのだろう?私が訝しげに見ると、騎士はニコッと笑ってきた。立場上は私のほうが上だから、こちらから挨拶しないと向こうも話しかけられないのだ。

「初めまして、騎士様。私のことはもうご存知よね」

「はい、姫様。私は王宮騎士団副団長、ウィリアムと申します。このたびはご機嫌麗しゅう…」

王宮騎士団副団長!とんでもない人がたまに門番をやっていたのだな…と驚く。それくらい、私の存在を隠しておきたいのかもしれないが。ウィリアムは随分口が回るようで、まだ喋っている。

そこでダンスの家庭教師が急に割り込んできた。時計を見ながらイライラしているようだ。

「時間が無いので早速始めさせて頂きますね。副団長には男性パートをお願いしたいと思ってお連れしましたの」

なるほど、合点がいった。先週まで先生が男性パートを踊っていたが実際に男の人と踊らないと感覚は掴めないだろう。ウィリアムが手を差し出してきたので私も手を重ねる。先生が手拍子を打ち始めたので、足を揃えて踊り始める。といってもまだ付け焼き刃状態なので、もたついてしまったりタイミングが合わなくて足を踏んだりしてしまった。

「下手でごめんなさい……!」

「とんでもない、お上手ですよ」

ガハハとウィリアムは笑った。全然気にしてないみたいだった。そんな反応が意外で私もつられて笑ってしまった。愛想笑いでは無い笑顔は久しぶりだった。ウィリアムはそれを見て更に笑った。

ダンスの時間が終わり家庭教師とウィリアムが帰る時には頭をポンポンとしてくれた。本来王族にそのようなことをするのは不敬なのかもしれないが、私は撫でられて嬉しかった。昔、街で父親と一緒にいる子供を見たことがある。その時も父親は子供を大事そうに頭を撫でていた。大きな身体、低い声、大人の男の人。何だか、父親ってウィリアムのような人のことを言うのかなと思った。


その後、何度かダンスの時間があったが私のお気に入りの授業になっていた。ウィリアムは踊っている間、塔の外のことをボソボソと教えてくれた。その話を聞くのが好きだった。ダンスの時間以外も塔の中でお茶会を開くと都合が良ければ来てくれるようになった。王国騎士団の副団長だから安心と、メイドも邪魔しないよう遠巻きにいるようになってくれた。

「この紅茶、貴方が薦めたものを取り寄せてみたの。とっても美味しいわね」

「そりゃ嬉しい。クッキーと合うでしょう」

ウィリアムは随分砕けた口調で接してくれるようになった。話を聞けば、出身は平民だそうだ。小さい頃に騎士団に入団し、剣の腕一本だけでのし上がって来たらしい。貴族からの嫌がらせもあったが跳ね除けてきたそうだ。その背景もあってか、平民から急に王族の一員となった私に酷く同情的だった。

「………姫様。これから言うことは誰にも話さないでください」

「…?ええ……」

メイドにも聞かれないように声を潜め、急に真面目な顔をしたウィリアムは真剣そのものだった。

「姫様のお母様…エレーナ様は王都の病院にいない。辺境の病院に押し込められている」

その一言に、ヒュッと喉が鳴った。まさか、と信じられなかった。動揺を周囲に悟られてはいけない。扇で口元を隠しながら、話の続きを促した。

話によると、いつも手紙を検閲していたのはウィリアム本人だという。何十通も出す母への手紙を読んで、気の毒に思ったらしい。母の元を訪ねてみたそうだ。すると聞いていた王都の有名な病院には一時的にしかいなかったそうで、その後は遠く離れた北の方の領地へ追いやられていると。

「手紙では良くしてもらっていると……!」

「それは姫様に心配をかけない為の嘘だ。伝えるか迷ったが……後で知るよりいいと思ってな……」

金槌で頭を殴られたような気がした。私が塔でぬくぬくと勉強している間に母は寒いところへ飛ばされていたのだ。

お茶を飲む気分が失せてしまった私はウィリアムへ今日は帰るよう命じ、その後は感情が収まらず塔で物を散乱させ暴れた。王はどこまで私達家族を虐げるつもりだ!皿を投げ、壁にかかった王の肖像画を叩きつけ、本棚から本を引っ張り出した。兵もこの様子に入ってこれないようだ。何かで指を切ってしまい、血が垂れた。身体にあの王の血が入ってると思うと忌ま忌ましい!私は半ばヤケになりながら空になった本棚を倒そうとした、その時だった。

「……ここだけ色が違う?」

本棚の裏にある壁が少しだけ色が違い、はみ出すように見えていた。腕で本棚を押し動かして見ると縦長の四角い跡があった。まるでそこに扉があり、ドアがついていたような模様だった。まさかと思い指でカリカリと引っ掻いてみると、壁は脆くボロボロと崩れていく。随分と月日の経った土壁のようだ。小さな穴が出来たので、そこからペンを投げ入れてみる。


カシャーン、カシャーン…


反響した音が聞こえ、どこへか落ちていってしまったようだった。

間違いない、隠し通路だ。

私は確信をした。どこまで続いているか試す価値はあると思った。ここを通って外に出れれば、母のところへ行けるかもしれない。今はいつメイドが入ってくるか分からない。それに壁を掘るにも少しずつだから数日はかかるだろう。私は夜に動くことに決めた。

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