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エピローグ 蝕ひの薔薇

それまでが私の前世の記憶だ。

今の私は20代会社員をやっている。面倒見の良い父と料理上手な母、結婚して最近子供が産まれた姉とちょっと生意気な弟という平凡だが幸せな家族の中過ごしている。

勿論日本人なので容姿は黒髪黒目でロゼッタと似ているところはひとつもない。ただ、この記憶だけが私をロゼッタ足らしめるものだった。

なぜ記憶を持って生まれ変わったのか分からない。ひとつだけ心当たりがあるとすれば、神アイークを信じていなかったからかもしれない。死後、アイークの元へ導かれなかったのだ。



「……皐月さん?」

声をかけられ、ハッと前を向く。スプーンを持ちながら呆けていたみたいだ。今日は最近出来た彼氏…綿引 英さんの誕生日で、一人暮らししている彼のマンションで手料理を振る舞っていた。テーブルには食べ終わった食器が並んでいる。母仕込みの料理の腕は自分でも自信を持っていた。

「ご、ごめんなさい。ちょっと昨日の夜、夢見が悪くて……」

「そうなの?心配だな」

英さんが隣に座ってきた。手で熱を計られる。急なスキンシップに心臓がドキドキした。でも、英さんはそんな様子もなく純粋に心配をしてくれているようだった。実に上品な物腰で接してくる。

「もうほとんど食べ終わっているし、少し仮眠しなよ」

「えっ、でも……」

折角英さんの誕生日で、お家まで来たのに一人で寝るわけには…それに、食器の後片付けもしたい。プレゼントもまだ渡していないし、ケーキだって食べてない。時刻は19時、やりたいことはまだまだあるのだ。

「そのまま動かれても心配だよ。1時間経ったら起こすから。」

「……わかりました」

誘導され、ベッドに腰をかける。すると寝る前に、とホットミルクを渡された。マグカップにたっぷり注がれており、それを飲むと一息つくことができた。わざわざ用意してくれたのだろう。

英さんは本当に優しい。出会った時も驚くほど優しかった。

知り合うきっかけになったのが街で姉と、姉の子供と3人で出掛けていた時だった。姉がトイレで席を外している間に子供は眠いのか機嫌が悪く大泣きしてしまった。あやしても身体が海老反りになり中々寝てくれない。そこがたまたま花屋の前で、そこの店長の英さんが子供に薔薇をくれたのだ。すると途端に機嫌がよくなり、泣き止んでくれた。

「すみません。お花、いくらですか?」

「いえ、お代はいいですよ。貴女のお子さんですか?」

「いえ、姉の子です」

そう言った側から姉が向こうから歩いてきた。子供は姉の方へ走り抱きついた。ウトウトとしており随分眠そうだ。姉は薔薇の存在に気付き、英さんに私と同じく代金を払いたいと言ったが遠慮されてしまった。

その代わり、今後ともご贔屓に、とのことだった。私は前世の記憶から花関係は避けるようにしてたのだが、そんなこともあって何かと英さんの花屋を利用するようになった。それで話すようになり、英さんからのアプローチもあって付き合うようになった。





「なんで、そんなに優しいんですか?」

ベッドの横に座りながら私の顔を見ている英さんへ質問した。我ながら直球で投げかけてしまった。英さんは驚きつつも照れながら答えてくれた。

「別に皆に優しいわけじゃないよ。皐月さんを好きだから優しくしたいだけ」

「そうなの?でも、初めて会ったときからそうだったから……」

英さんは気遣いができて身長も高くて、顔もかっこよい。街行く人達が振り返るほどだ。こんな素敵な人の彼女になれて嬉しかったし、私も見合うような女になろうと努力をしている。でもまだまだ敵わなくて、奮闘の毎日だ。

「ほら、もう寝たほうがいい」

柔らかな笑みを浮かべながら、マグカップを回収しつつ英さんは優しく私を撫でた。

その瞬間チクリ、と胸の奥が痛む。

英さんの微笑みは、たまに前世の…………名前も言いたくない、私を殺したあの男の笑顔に似ていた。あの男と比較するのも失礼な話だが、きっと英さんにも優雅な雰囲気があるのでそう見えてしまうのだろう。それ以外の、私を呼ぶ声色も暖かさも、何もかもが全然違うのに。

「うん……おやすみなさい……」

彼と重ねてしまった罪悪感を隠すように布団に潜り込む。ふわっと花のような香りが広がった。きっと英さんの匂いなのだろう。なんて幸せなんだろうか。前世とは大違いだ。

もし、今世であの男と出会ったら私は我を忘れて何をしてしまうか分からない。憎いと思っている。だが彼がもし転生していて、私と同じように前世の記憶があるならば再び殺しにやってくるはずだ。ならば先に殺さないといけない。そう考えずっとあの男を探している。

もう、これ以上私の幸せを奪わないで。

……私と英さんの邪魔をしないで…

そう祈りながら目を閉じた。




「……寝たかい?」

すー、すーと寝息が聞こえてくる。皐月の顔を見ると、幼い子供のような寝顔だった。余りにも可愛くて優しく抱き締める。すると苦しかったのか皐月は身じろぎをした。その様子にふふっと笑いながら英は歌を歌った。どこか遠く、異国の子守唄だった。

ーーー今世、出会った時に皐月が子供に歌っていた曲。

「前世では僕に歌ってくれたよね」

髪をさらりと撫でる。もう赤い髪では無いが、柔らかな肌触りが心地よかった。額にキスをする。

自分は彼女の恋人として振る舞える立場にいるのだ。血の繋がりも、煩わしい婚約者もいない。

今度は優しくしたい。目を逸らさないで向き合いたい。どろどろに甘やかして依存させたい。だが、彼女は僕の正体を知ったら離れていってしまうだろう。殺そうとしてくるかもしれない。だから絶対に言わない。一生、君は気づかないでいて。何も知らないまま永遠に僕の傍にいて。

「……愛してるよ」

終わり


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