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はなし9

最近仕事の為、執務室に夜まで籠もってばかりのライアンが今夜は早く切り上げて自室にいるらしい。仕事中は邪魔したらいけないと我慢していたが、ライアンとクレマチスの結婚式の日取りを聞くために部屋に向かった。私の自室は王宮の中でも日当たりの悪い場所にあるが、反対にライアンの部屋は居住区の中でも立地のいいところにあった。

ライアンの自室を開けるとプンと酒の匂いが香ってくる。

「く、くさい……」

ベッドで泥酔しているライアンを見つけた。こんな姿を見るのは初めてだった。これでは話が出来そうにない。連れてきた侍女に水を持ってくるように命じ、私はベッドの端に腰掛けた。ライアンの美しく輝く髪を撫でる。王族の証である金色の髪の毛が私は嫌いだった。この髪色にならなくて良かったと心底思っていた。そう思いながら見つめていると、ライアンが薄く瞳を開けた。まだ顔は火照っており、目の焦点も定まっていない。

「飲み過ぎですわよ。」

「…っ…ふ…ロー、……ら?」

ライアンは舌足らずで何を言っているのか分からない。随分酔っているようだ。侍女はまだ水を持ってこないのか、とライアンから目を逸らした瞬間、腕を強く引かれ、ベッドに押し倒される。上気した顔で私を見下ろしてくるライアンは虚ろな瞳をしていたが、ゆっくりと私に焦点を合わせた。数年ぶりに、目と目が合うーーー

「ライアンお兄様…?しっかりしてくださ……」

「うるさい」

腕を取られ、唇にガブリと噛みつかれるようなキスをされた。驚きで口を開けてしまうと、舌が入り込んできた。もう訳がわからない。顔を反らしても追ってきて口を塞がれる。

「ラ、イア……ン……ッ、おに、っ」

「……っ、はぁ、」

息が続かなくて苦しい。思わずライアンの服を掴んだ。するとライアンから少し笑ったような気配がした。指を絡め取られ、抱き寄せられる。唇が雨のように降り注ぐので、避けようとどうにか身体を捩った。額、耳元、首と順番に口付けられる。

「やめ、……っ」

「好きだ、好きなんだ。愛してる。すき、すき、好きだ。…僕を受け入れて…」

突然の愛の言葉に、私は固まった。ライアンが妹の私に対して言うわけが無いので、酔って誰かと間違えているのだろう。切羽詰まったようなライアンの様子を見るに、強く思慕を抱いているのがわかる。ここまで思われているのは誰なんだろう。そう考えているうちに、ライアンの手が太ももを滑る。ゾワリと悪寒が走ったと同時に、侍女の声がする。

「ロゼッタさま、お水を持って参りました。入りますよ」

その声にライアンが一瞬手を止める。私はその隙に身を翻し勢い良くベッドから降りた。ちょうど入って来た侍女には平静を装い適当な言い訳をして、部屋から逃げ出す。ここにはとても居られない。

走って、走って、自室に飛び込んだ。その場に座り込む。あんなライアンは初めて見た。まるで自暴自棄になっているかのような、やるせない感情を吐き出すような、そんな様子だった。想い人とは心を通わせられてないのだろう。

「可哀想な、お兄様……」

私は唇を強く拭った。


その翌日、ライアンが私の自室にやって来た。人払いをし、紅茶でもてなそうとしたがライアンは立ったままだった。俯いて、黙っている。泥酔していたが、昨日の記憶はあるようだ。実の妹にあんなことをしてしまったなんて、消したい記憶だろう。しかも、憎いと思っている相手に……

「……酔って他の女性と勘違いしてただけですよね、わかってますから。」

口を開かないライアンに代わって、先に言葉を出した。ライアンは反応するように顔を上げた。驚いた表情をしたと思ったら、睨みつけるような目付きを向けてきた。

「……ああ、そう。そういうことにしたいんだ?」

ふっと皮肉めいたような、馬鹿にするように笑われた。こちらが被害者なのに気分が悪い。カウントされないと思うが、ファーストキスだったのに。つい反射的に口調を強めてしまう。

「なんなのですか!?」

「もういい。」

ライアンは部屋から出てってしまった。結局謝罪もされてないし、あの態度を取られて許せない。近くにあったクッションを思い切り殴った。昔の優しかったライアンはもういないのだと思い知らされた。




それからの日々は婚約者発表の準備で忙しく、あのキス事件を忘れるほどだった。ライアンも結婚式の準備で忙しいのかめっきり見かけることは無くなった。多少なりとも気まずい気持ちはあったので安心をしていた。

そして一ヶ月後、ライアンとクレマチスの結婚式がやってきた。あれ以来、ライアンと顔を合わせていなかったが、今日遠目から見たらいつも通りにこやかな雰囲気をしていた。

クレマチスの花嫁衣装は素晴らしく、青紫色の髪と相まって女神のようだと思った。大地の神アイークが実在するのなら、こんな姿かもしれない。

「クレマチス様、おめでとうございます」

「ありがとう。貴女もウィリアムと幸せにね」

今日のクレマチスは機嫌が良いみたいで当たりが強くない。私は笑って頷いた。するとますますクレマチスは気分が良くなったようで婚約指輪と結婚指輪を見せてくれた。大きなダイアモンドが付いているもので、相当高額な品だろう。私の婚約指輪はウィリアムと話し合い、ささやかな金額の指輪にした。結婚指輪も同様にするつもりだ。二人もそうすると思っていたが違うようだ。民のことを考えているよね……?と一抹の不安を抱えた。

「式場にいこうか」

変な顔をしていたのだろう。クレマチスに見られないよう誤魔化すようにウィリアムは私の手を取り、エスコートしてくれた。本当は今すぐにでもウィリアムにどう思うが聞きたかったが晴れの日だからと言葉を飲み込んだ。

会場に入るともう大半の招待客は着席しており、私とウィリアムは一番後ろの席に座った。ほどなくして新郎のライアンだけ先に入場してくる。真っ白のタキシードが似合っている。ゆっくりと歩いてくる最中、通り過ぎるとき目が合った気がした。

続いて、新婦のクレマチスが父親と一緒に入って来た。その横顔が凛としており美しくて、つい見惚れてしまう。

二人が並び、全員起立をして国家を歌う。このトワイライト王国と神アイークを賛美する歌だ。大勢の聖歌隊がいるので迫力がある。

そして歌い終わったあと、神父が口上を語り始める。

「新郎、その健やかなるときも、病めるときも、喜びのときも、悲しみのときも、これを愛し、これを敬い、これを慰め、これを助け、その命ある限り、真心を尽くすことを神アイークに誓いますか。」

誓いの言葉を聞き、私は呆れてしまった。ここでもまたアイークが出てくるのか。不躾に神父をジロジロと見てしまう。すると、次第に神父が焦っているのがわかった。ライアンは投げかけられた誓いの言葉に返答せず未だ沈黙をしている。参列者も訝しげにライアンを見つめる。どうしたんだろう、と思った瞬間ライアンはやっと口を開いた。

「……誓いま……」

バタン!と勢い良く扉が開いた。武装した集団が乗り込んできた。一番扉の近くにいたので、集団のリーダーらしき人の顔が見えた。あの人は昔、私が市井で暮らしていた時によく会っていた。気の良い歳の離れたお兄ちゃんのような存在でいつも国がどうすれば良くなるか考えている人だった。いつもチーズを貰っていて……

「我等は革命軍である!貧窮した国民の代表として、この場を制圧する!!」

そう宣言したと同時に、続々と革命軍の人々が会場に入ってくる。剣を振り回しながら、口々に叫び出す。

「こんな豪華な結婚式をしやがって!」

「こっちはパンも食べれない日があるってのによぉ!」

ビリビリと音が響く。今日はたくさんの人で賑わい、警備が手薄になったところを狙ったのだろう。

「国王を捕まえろ!」

途端に革命軍が国王に向けて走り出す。どこからかつんざくような悲鳴が聞こえる。私もここから逃げなければと思い、出口に向かって駆け出した。革命軍は金髪を中心に捕まえているようだった。私は混雑で揉みくちゃになる中、ウィリアムとはぐれてしまった。

「こっちへ!」

人混みに紛れ、誰かに手を引かれた。力強く握られ、どこかへ走り出す。慌てたので靴が脱げてしまったけど止まってくれない。

この声は……


王宮から少し離れたところ、薔薇園まで逃げていた。こちらにまで革命軍は来ていないようで、妙な静けさが漂っている。

「あ、ありがとうございます。ライアンお兄様……」

私の手を引いて結婚式場から逃げ出したのはライアンだった。普段の運動量が違うのか、ライアンは全く息を切らしていない。一方私は肩で息をしており、足の裏もボロボロだ。折角婚約発表の為に仕立てたドレスも汚れてしまっていた。

「僕たち、ここで出会ったね」

ライアンは足を止め、急に語りだした。薔薇を手折り口元に花を寄せる。その横顔からは何も読み取れない。むしろ楽しそうだった。まるで革命軍が結婚式を邪魔したことを喜んでいるようだ。

私は早く逃げたくて、城の方角を振り返る。あそこはどうなったのだろう。クレマチスを放っておいていいのだろうか?ライアンへは気もそぞろになっていた。

「そうですね、でも今はそんなことを話している余裕が……」

「君が僕の妹だと知った時は本当に驚いたよ。」

ぐしゃりと薔薇を握りつぶす。冷たい声が、目線が私を捉える。様子が変だ。いや、ライアンの様子が可笑しくなったのは以前からだ。いつからだったか……そう、きっとあの国王の誕生会から。私を妹だと知った時からだ。

「……ライアンお兄様?」

「あれから、ずっと、ずっと殺したかった!!」

そう叫んだと同時に、私の胸に痛みが走る。ゆっくりと顔を下に向けると胸から血が出ていた。ライアンの水魔法によって、心臓を貫かれたようだった。息ができない。ゴフッと口からも血が滴り落ちる。足に力が入らない。スローモーションのように景色が映って、倒れていく。

そして、薄れゆく意識の中でライアンが自分の頭を撃ち抜いている姿を見た。

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