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【ホラー 怪異以外】

理不尽なこと

作者: 小雨川蛙
掲載日:2025/02/17

 

 一人の快楽殺人鬼が目覚めた。

 ほんの前日まで、どうにか普通に暮らしていたのに。

 彼は鬱屈していた自分自身の欲求に気づいてしまったのだ。

「ダメだ。もう抑えきれん」

 そう呟くとふらりと立ちあがり、すたすたと歩いて行く。

 次に出会った人物を殺すと心に決めたのだ。

「わっ」

 家を出てすぐの場所で偶然、女性とぶつかってしまう。

 彼女は尻もちをつきながらも申し訳なさそうな表情をしていた。

「すみません……って、えぇ!?」

 そんな呟きを無視して彼はそのまま彼女の首に両手をかけた。

 手段も、結果も、どうでも良かった。

 ただ、人を殺したという実感が欲しかっただけだから。

 冷たい肌に両手の指が触れて、力を込めようとした途端。


「ここは?」

 彼は困惑して辺りを見回す。

 どうにかしゃがみ込める程度の広さの四方が真っ白な壁に包まれた空間に居たのだ。

「いやいや、困惑しているのはこっちだよ」

 あの女性の声が響く。

 しかし、姿が見えない。

「いきなり首絞めてくるんだもん」

 姿が見えない相手に向かって彼は叫んだ。

「ここはどこだ!?」

「そんなことより先に答えてよ! なんでいきなり首を絞めてきたのさ!」

 怒り心頭な女性の声に対し、彼はすぐに答えた。

「人を殺したかったんだ」

「え!? 人を殺したかったの!?」

「あぁ、誰でも良かった」

「えっ、えぇ? えぇ……」

 顔が想像出来そうなほどに困惑した声を響かせた後、女性のため息が聞こえた。

「あぁ、もう。そんな理由なのね。それじゃ、もういいよ。さよなら」

「おい! 待て! ここから出せ!!」

「いやいや! 出すわけないでしょ! アンタみたいな危険人物!」

「ふざけるな! いいから早く出せ!」

「出せないっての! それにそんなに殺したきゃ、殺させてやるよ!」

 そんな言葉と共に彼の前に包丁が一本落ちてきた。

 それっきり、女性の声は聞こえなくなった。

「おい! 聞こえてるんだろ!? 早く出せ! おい!!」

 ひとしきり叫んだ後。

 彼はその場にしゃがみ込んで思わず呟いていた。

「なんで……なんで、こんな理不尽なめに……」

 殺人を犯そうとした以上、ある程度の覚悟はしていた。

 しかし、こんな状態は僅かばかりも想像していなかったのだ。

 ふと、傍らにある包丁を見る。

『そんなに殺したきゃ、殺させてやるよ!』

 女性の言葉が蘇る。

「誰を殺せって言うんだよ……こんな、俺一人しか居ない場所で……」

 直後、彼は自分が殺人を犯す唯一の方法に気づいた。

 同時に女性の言葉の真相にも。


「……ったく。朝っぱらからなんなのさ」

 立ち上がりながら女性が呟く。

 つい先ほどまで自分の目の前に居た男はもう居ない。

 彼女がここではない別の世界に転送してしまったからだ。

「そんなに人間を殺したきゃ、自分でも殺してろっての。まったく」

 舌打ちを一つして彼女は歩き出す。


 わざわざ言うまでもなく彼女は普通の人間ではない。

 あるいは人間ではないと言った方が適切かもしれない。

 いずれにせよ、彼女には男をこのような『理不尽なこと』に合わせるだけの力を持っていた。

 男にとってこんな不幸なことはないだろう。

 しかしながら、あの男もまた『理不尽なこと』をしようとしていたのだ。


 それを考慮すればあの男の末路も相応しいものであると言えなくもないかもしれない。





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