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7 辿りたい

 ピーターさんと共に夕食を囲んだ。玲香さんはアメリカにいながら和食を作ってくれて、今夜は豚の生姜焼きに味噌汁、ご飯に和風サラダというメニューだった。彼女の手際はとてもよく手伝うこともほとんどなかったが、それでもと一緒にキッチンに立たせてもらう。


 生姜焼きの肉は、日本で食べるそれよりも少し厚めだった。けれど、玲香さんによればこれでも薄切りのなのだという。アメリカでは薄切りの豚肉を食べる習慣がないらしく、ローカルのスーパーではまず手に入らないのだという。精肉のコーナーの人に頼めば、それなりに薄く切ってくれるらしいが、それでも「それなり」なのだとか。なので玲香さんはアジア食料品店まで足を伸ばし、薄切り肉を買っているのだという。

 そんなアメリカならではの事情を聞いていると、自分が本当に今、アメリカにいるのだなあ、と感じた。


 夕食の準備が終わると、玲香さんがにこにこと笑う。


「ありがとう、柚希ちゃんのお陰ですっごーく楽だった」


 そうやって手放しに褒められると、なんだかこそばゆい。

 えらいね、と母にかつて言われたことはあったように思うが、物心ついてから料理を作るのは私の担当だったから、いつしかそんな言葉もないのが普通になっていた。


「手伝いというほどのことはしていませんよ」

「そんなことないわよ。料理の手順が分かってる人の手伝いだったわ。導線の使い方とか完璧だった。きっと昔から、料理していたでしょう?」


 言い当てられ、反射的に頷く。


「はい。母が仕事していたので……、自然と作るようになりました」

「そっか」


 玲香さんはにっこりと笑った。


「素敵ね、柚希ちゃんは」


(素敵……? えらいね、ではなく……?)


 ふと思って玲香さんを見たが、彼女は穏やかな表情を浮かべたまま、それ以上何も言葉にすることはなかった。


 ◇◇◇


 それからほどなくしてピーターさんが帰宅し、三人で食卓を囲む。


「どうですか、ジェットラグ(時差ぼけ)は」


(発音、よすぎって当たり前か)


 すでにピーターさんの繰り出す日本語の堪能さには驚かなくなっていて、むしろJet Lagの発音の良さに驚く始末だ。


「時差ぼけはあると思いますが、自分でももうよくわかりません」


 あまりにも非日常すぎるからか、もしくは私の体質なのかは分からないが。昨日も夜はぐっすり眠れたし、今日の昼間に父のアパートを探索しているときも、まったく眠くはなかった。


「そうですか。でも時差ぼけがない方がいいと思うので、よかったですね」


 ピーターさんがにこにこと笑う。夫婦共に穏やかで、この二人の空気感こそが、この家に漂う優しさに繋がっていると思う。

 食後、またしても湯呑みでお茶を呑むピーターさんに、件の写真を渡す。


「おお、これは間違いなく私ですね。いつだろうなあ、去年かな?」

「これはどこですか?」

「大輔の大好きな釣りのポイントです。今週末に柚希ちゃんを連れて行こうかって行ってた場所」


 私は瞬く。


「ここが、その……?」

「はい。ポトマック川を少し下っていって、その先にあります。アレクサンドリアの街からはちょっと外れますが、バス釣りの良いポイントです」

「……、じゃあ、私、ここに行けますか?」

「もちろんです」

「……っ」


 私は天啓を打たれたかのように、動きを止めた。


「どうしたの、大丈夫、柚希ちゃん?」


 玲香さんが心配そうに声をかけてくれたが、私はぎくしゃくと頷く。


「ちょっと、ちょっと待っててください」

「うん」


 慌てて貸してもらっている部屋に戻り、父のアルバムを掴むと、戻ってきた。二人の前にそのアルバムを置く。


「これ、お父さんのアルバムなんですけど」

「うん、そうだね。わー、大輔さんらしい写真がいっぱいだなぁ」


 ぱらっとめくった玲香さんが、歓声をあげる。


「たぶん、父が撮っているのはアレクサンドリアだけじゃないと思うんですが、でもこの中で、私でも行ける場所ってありますか?」


 玲香さんがピーターさんと顔を見合わせる。


「柚希ちゃんでも行ける場所?」

「はい。父が辿った場所を、私も辿ってみたいんです」


 父ともう話すことはできない。

 けれど父が残した写真を眺め、父が巡った場所に足を運ぶことはできる。

 そうすることで、少しでも父に近づけるのではないか。 

 そんな気がしていた。


(自分でもどうしてそうしたいのかは、よく分からないんだけど……、でも、したい)


「うん、できますよ」


 ピーターさんが穏やかに頷く。


「ちょうどね、さっきジェイクからテキストメッセージがきていて、今週は大学をお休みにできそうだとのことでした。明日の夕方に私と一緒に戻ってきますから、彼に車で連れて行ってもらうといいですよ」

「え……でも、そうすると……ずっとご迷惑をおかけしちゃうことになるし……」


 さすがに私は躊躇った。

 しかしピーターさんはあっけらかんと笑う。


「大輔の娘さんは、私にとっても娘のようなものです。それに袖振り合うも多生の縁って言うじゃないですか。どうか気にせずに、この家にいてください。自分の家だと思ってね」


(袖振り合うも……)


 まさかバージニア州でその言葉を聞くなんて。

 こんな素敵な人たちと出会えたのも、父のお陰だというのに。


「では……お言葉に甘えさせていただいて……」


 おずおずと頷けば、ピーターさんも玲香さんも微笑んでくれた。


えらいね、と言わない玲香に、心揺さぶられる柚希

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