優遇されているのなら利用するしかないでしょう!
マレフィーナ侯爵家には、二人の娘がいる。
長女のアイシア、次女のユーリィ。
アイシアの母はアイシアが幼い頃に亡くなって、その後愛人をしていた女性が新しい妻として迎え入れられた。その時一緒にやって来たのがユーリィである。
今までの生活がガラリと一変したユーリィの浮かれようは見ていてとてもわかりやすかった。
父親は元々政略結婚で結ばれたアイシアの母とはそこまで仲が良かったわけでもなく、密かに愛人として囲っていた女性を愛しているのは一目瞭然だった。そして、そんな愛する女性との間に生まれた娘の事も溺愛している。
だからこそ、ユーリィがマレフィーナ家にやって来て早々家の中の勢力図は書き換えられて、ユーリィの天下となるのは当然の流れだったのかもしれない。
アイシアもユーリィもどちらも母親に似た見た目をしているので、余計に父がアイシアを顧みる事はなかった。ユーリィの母は、アイシアに無関心だった。それどころか今まで日陰の存在だったのがようやく日の目を見る事になったので、ユーリィの母は夫と大層いちゃいちゃしていたくらいだ。
となれば。
あとはお察しである。
アイシアとユーリィは使用人たちを除けば両親のいちゃいちゃに混ざる事もない残されし者であった。
侯爵家に引き取られる以前であればユーリィは自由に外を歩いていたけれど、しかし令嬢となった以上そうもいかない。下手に金目当ての誘拐なんてされたらたまったものではないし、折角のお城みたいに大きなお屋敷での生活なのだ。外に出る必要もほとんど感じられなかった。
けれども、たった一人で遊ぶには限度がある。
そうなれば、年の近い相手は格好の遊び相手だ。
両親はイチャイチャしているけれど、それでもユーリィを蔑ろにしているわけではない。あれが欲しい、これが欲しい、というような要望を口にすれば、あっさりと叶えてくれた。
この屋敷の中で欲しいものがあるのなら、好きにしていい、とまで言われたのだ。ユーリィが浮かれまくるのも当然だった。
それこそ最初からフルスロットルでユーリィは欲望のままに行動した。
「お姉さまのそのドレスが欲しいです!」
「お姉さまのそのアクセサリーが欲しいです!」
「お姉さま!」
「お姉さまの……」
目についたらとりあえず欲しがってみた。
そうしてアイシアはどんどんユーリィに色々なものを持っていかれてさぞみすぼらしく……
ならなかった。
「てかさお姉さま。いくらなんでも将来この家継ぐからって、それらしい格好をしなさい、とか言われてたのはまぁ、百歩譲ってわからなくもないんですよ。でも、なんでそんな若いうちから孫がいる年齢が着てそうな地味オブ地味なドレスなんですかふざけてらっしゃいます?」
「わたくしに言われても困るわ。だってこれ、お母様とお父様の言いつけだったのだもの。成人するまで数年ある子供が親にそう簡単に逆らえると思って?」
「まぁそうですよねぇ……とりあえず新しいドレスがほしーい! ってお父様におねだりして、商人が来ることになったのでお姉さま、この際素敵なドレスを手に入れましょうね」
ぐっと拳を握り締めて言うユーリィに、アイシアはいいのかしら、と呟く。
いいんですよ、と力強くユーリィは頷いた。
「ところでお姉さま、このお姉さまから奪った年頃の娘だったら絶対着ねぇですわ、っていうくらいダッサイデザインのドレスって、売り払っても良き?」
「そもそも売れるの?」
「生地はいいからまぁ、買いたたかれる事はあっても売れないってことはないんじゃないかしら」
売れなくとも、何かこう、いい感じに分解して他の何かに加工し直せば意外とどうにかなるんじゃなかろうか。そうなったら使用人で手先が器用そうなのにお任せしよう。
「ついでに髪飾りとかも買っちゃいましょうね!」
「いいのかしら」
「いいんですよ。だってお父様から許可は得てますもん」
「でもそれって、貴方の買う物に関してでしょう?」
「私のドレスを二着買うのと、私のドレスとお姉さまのドレスを一着ずつ買うのだったら、最終的に二着のドレス買うんだから結果は同じじゃろがい。
髪飾りだってお姉さま、そのひっつめたヘアスタイルどうかと思うの。どこの家庭教師のババアよ? ロッ〇ンマイヤーさんだってもうちょいマシだかんね?」
「仕方ないでしょう両親の意向だったのだから……!」
「私の好きにしていいっていうから、遠慮なく私はお姉さまとおそろいにするのーとかアホ面晒して言えばどうにかなるでしょ。実際お揃いじゃなくてもね」
へへっ、とまるで悪戯っ子のような顔をして笑うユーリィに、アイシアは思わず遠い目をしてしまった。
今更だがこの二人、転生者である。
アイシアには前世の記憶があった。家と会社を往復するだけで、趣味もこれといってないし一体何を楽しみに人生送ってるんです? と言われるくらいに何にもない人生だった記憶が。
前世の両親が教育に熱心だったから、いい学校にいっていい会社に入ればそれだけで人生は安泰だ、なんて言っていたのだけれど、そう言われてきて人生を送っても安泰かどうかまではわからないまま、気付けばぽっくり逝っていた。結婚もしないどころか、恋愛すらしていないし友人だっていたかどうかも疑わしい。
前世のアイシアが友人だと思っていたとして、果たしてその相手が自分を友人だと思ってくれていたかどうかはわからない、というくらいに人間関係が希薄だった。
そんな記憶を引き継いで転生してしまったからこそ、アイシアは次の人生は楽しもう! とは思わず。
そういった人生を送るしかできなかったから、今度もきっとそうなんだろうな、と親に言われるがままであったのだ。もっと自我を強めに持て。
そしてユーリィは。
彼女も勿論前世の記憶があった。
そして自分が転生したこの世界が、以前読んだライトノベルとほぼ同一であるという事実に気付いてしまった。
日陰の身であったからこそ、ようやく日の目を見る事ができたとなった妹が姉に対してずるいずるいとのたまって何もかもを奪って、けれどもそうして最後、姉を救おうとした相手によって断罪されて破滅するストーリー。
ユーリィ目線で見ればそういう話だ。
アイシア目線だと今まで虐げられていたけれど、素敵な男性に助けられてその後はハッピーエンドという王道ストーリーでもある。
原作展開を知る事で、あっマズイじゃんこれこのままだと破滅一直線じゃん、となったユーリィは、どうにかしようと試み……るよりも前に。
アイシアと初対面した時、思わず口に出してしまったのだ。
「うわ、ダッサ……」
そう、あまりにもばば臭いデザインのドレスを着るアイシアに、初対面の挨拶より先にそんな言葉が飛び出てしまったのである。
えっ、私このクソダサドレスを羨ましがってお姉さまずるいって言って奪わにゃならんの? とマジで困惑したのだ。いや無理。金積まれたってこんなドレス羨ましがれない。誰だよこのドレスのデザイナー。あと作った奴。着る相手の確認くらいちゃんとしろ。もっとちゃんとした似合うドレスを作れ。
アイシアの両親、父に関しては政略結婚で愛していない女の子どもなど跡取りというだけでそれ以上でも以下でもない。教育さえきっちりできて将来的に後を継ぐことができるなら、見た目などどうでもいいと思っていたのだろう事は想像に容易い。
母に関してユーリィは原作でちらっと知る程度なので何とも言えないが、こちらも確か可愛い娘という認識よりも、将来侯爵家を継ぐモノ、という考えの方が強かったように思う。
……いやあの、ドアマットヒロインって本来、ドアマットになる以前は少しでも幸せな暮らしをしていたのが前提ではないのかね……? とユーリィは思った。
ああいう不幸なヒロインものというのは、生まれた最初の頃は幸せな時期があって、でもその後不幸続きで、その落差があるからこそまた幸せになれた時輝くのでは……?
生まれた時から不幸だと、それが当たり前の環境すぎて不幸もなにも普通という認識になりかねない。
不幸だと思うのは、勿論それが不幸だと思える読者目線くらいで、しかし当人にとってそれが不幸でないのなら温度差が生じるのである。
不幸を当たり前のものとしているヒロインがそれを当たり前のように受け入れていたら、読者からすれば不憫だわ……と思うかもしれないが、ヒロインが己の不幸を嘆くシーンとかがないのでどうしたって淡々としてくる。そうなると、このヒロインは果たして何が幸せになるのだろうか、と疑問に思う部分も出てくるわけで。
ドアマットヒロインじゃないのであれば、まぁ、いいのか……? と思わないでもないが、しかし原作を思い返すとどうしてもずるいずるいと妹が何もかもを奪っていくのだ。家の中の愛されポジションだとか。
いやでも、これ、愛されてた……? とユーリィは疑問に思った。
「しま〇らの方がまだマシな服一杯あるじゃん」
そしてついそんな事を呟いてしまったのだ。
「個人的にはユ〇クロ派です」
そしてアイシアが即座にそんな事を言ったので。
お互いがお互いに、あっ、こいつ転生者だ、となったのである。
同じ転生者というよしみでもって、二人は早い段階で打ち解けた。
打ち解けたっていうよりは一方的にユーリィが絡んだ。
あんたこの世界の事どんだけ知ってる? ここと大体同じ原作が前世にあったんだけど。え、知らない? あー、はいはい、じゃ説明したげる。
そんなノリでもって、ユーリィはこれからの展開をざっくりと説明したのだ。
「その原作通りに事を進めなければならない、というのであれば。
もう破綻してませんか?」
「そうなのよねー、もうお姉さまの何も羨ましくなさすぎてさー。でもぶっちゃけ原作通りに進めると私最後は身の程知らずに姉を虐げた奴として追い出されるのよね。それも流石に勘弁してほしいわ」
「ここが本の中だというのが確定しているのならともかく、よく似た世界というだけなら別に好きに行動して構わないのでは?」
「あ、うん。原作展開ぶち壊すの乗り気ね?」
「えぇ、まぁ」
アイシアからすれば前世、この世界の事を舞台にした話が出ていた、という事すら初耳だったのだけれど。
だがしかし、ユーリィの話を聞いてなんとなく納得はしたのだ。いかに見た目が中世ヨーロッパ風なテイストであろうとも完全にヨーロッパというわけでもなく、また言語も英語ですらない。むしろアイシアは日本語を話しているくらいの気持ちである。だがここで使われている言語を日本語、とは誰も言っていなかった。
日本語じゃないけど聞こえてくる音声は日本語だし、文字だってほぼ日本語である。時々英語っぽいのもあるけれど。
日本にしてはおかしなところだなぁ、とか思っていたくらいなので、何かそういう前世の創作物ととてもよく似た世界、と言われたら逆に納得できてしまったとも言う。
ユーリィに教えられなければ、欧州テイストがそこらにあるくせに日本語がしれっと存在して誰もそれを不思議に思わないこの国、一体何なの……? といつまでも困惑していた事だろう。
ついでに、原作の展開をユーリィから聞かされて、アイシアはもう姉妹が出会った時点で二人そろって転生者ならもう原作ぶち壊れてるも同然じゃない、とも思った。
更に言うなら、そうやって散々嫌がらせをされ続けて、アイシアの婚約者までをも奪われて、その後ポッと出の男にアイシアは救われるらしいのだが。
こんな感じの見た目、とユーリィがざっくり描いてくれた絵は、とても上手だった。
聞けば前世、美術部と漫画研究会を兼部していたらしい。
ユーリィが事前にアイシアの似顔絵を描いてくれて、そのレベルから判断するに最終的にアイシアが結ばれるだろうお相手の顔も、信用はできそうだ。
ハッキリと言おう。
アイシアの好みのタイプではなかった。
いや、美形だな、とは思う。
整ったご尊顔ですね、と言える。
だが好みではないのだ。
「大体彼とはどこで知り合うというのですか」
「なんか幼い頃に一目見てそこからずっと惚れてたらしいよ」
「は? 幼い頃に? そのまま初恋拗らせてるんですか? いや、もっと周囲に目を向けた方がいいのでは。大体幼い頃に一度会ったっきりって事は、その後の成長とかそんなもん知らないわけでしょ? 二次性徴だって迎える以前の出会いで、二次性徴迎えた後に再会して即座に気付けるものですかね?」
「現実だと幼少期と大人になってからのビフォーアフターが誰これレベルになってるのザラだけど、二次元だと大体幼少期はほぼ現在の年齢のキャラを縮めただけ、みたいな部分あるから……」
「ここ現実なのに?」
「うーん、そこら辺なんとも言えませんわ……」
「それに、わたくしこの人の事なんて覚えてもいませんよ。それでいきなりやってきて助けたからって、わたくしが惚れるとでも?」
自慢ではないが、アイシアは前世から恋愛とかそういった方面はとっくに枯れ果てている。
親の言いなりになって勉強漬けの毎日だったし、学校を卒業した後会社に行くようになってもこれといった楽しみがあったとは周囲から思われないくらい淡泊な暮らしを送って来たのだ。
なんだったら密かに家から学校通ってまた家に帰るだけの人間ぽい生活をさせてるアンドロイドとか学生時代に噂されてたし、会社に行くようになってからはそれが会社に変わっただけだ。
なお学生時代塾にも通っていたのでその噂はちょっとどうかと突っ込みたかったが、いかんせんその噂をしていたグループと前世のアイシアは仲良くも何もなかったどころか接点も同じ学校、くらいにしかなかったので。突っ込みに行く程のコミュ力もなく、そのままであった。
恋愛漫画とか恋愛映画とかでちょっときゅん、とこないわけでもなかったけれど、自分が恋愛をしようというところまではいかなかったのである。
なんだったらアンドロイド説以外だと植物が擬人化した説まであったくらいだ。
そのせいだろうか。
幼い頃から一途にずっと自分を想い続けている、と聞かされてもむしろその執着が怖い、としか思わなかったのだ。もっと自分が周囲から愛されるような人間であればまた違う考えや感想を持ったかもしれない。
「恐らく原作のわたくしと今のわたくしはきっと、外側だけならともかく中身は完全に異なると言ってもいいでしょう。だからね彼の好きだったわたくしはきっともういないのです。というか、お互いの感情の重さが異なるとお互い疲れるだけだと思うので。彼と結ばれるのも回避したいなと」
原作の展開を聞いて、アイシアが思ったのは面倒だなぁ、である。
前世でも親の言う事聞くだけ聞いて生きてきたから、というのもあるが、こうして転生した今跡取りとして教育されてる分には何も文句はない。むしろ親の敷いたレールの上を全力で乗っかる所存である。
そうして仕事をして領地経営してそこから出る利益で暮らしていけ、というのは何も文句はないのだ。
だが、それ以外の人間関係が絡んでくる部分はとても面倒だなぁ、と思ったのだ。
「そういえば親が決めた婚約者がいましたけれど、彼はどうなるんですか?」
婿入りするはずの彼は、しかし何を勘違いしたのか将来ここの当主になるのは自分だと思い込んでいる節があった。ツラはよろしいが頭の中身はよろしいとは言えない。
「原作では妹がこんな素敵な男性はお姉さまにはもったいないですわ、とか言って奪うんだけど……私も正直あいつの事どうでもいいのよね。原作では確か、家を継げない三男坊で、でもうちと縁付かせたらそれなりの援助があると期待されてるとかなんとか。
で、その坊ちゃんは私と結婚すれば家の実権握り放題できると思い込んでたのかしら。ま、実際はなれても当主代理が関の山。まぁ、彼の顔は両親の好みだったみたいだから、妹が奪った後、お気に入りの愛玩動物の子ともなればさぞ愛らしいだろうとか思ったんじゃないかしら。そこら辺詳しくは覚えてないのよね」
大体、自分の顔に、美貌に自信を持つのは結構な事だがそれだけだ。
ただ美しいだけなら物言わぬ美術品の方がまだマシである。
自分が当主だと思い込んで、しかし面倒な仕事はアイシアにまるなげ。それで当主と言われても、という話だし、ましてや原作では妹の方が愛らしいから、という理由で簡単に妹に靡くような男だ。元々地味極まってるアイシアに対して何の感情もなかったから余計なのだろう。
傍から見る分には美男美女の組み合わせは目の保養になるけれど、しかし見た目がよくても性格とか人間性とかがアウト判定している男と自分がくっつけ、と言われたらユーリィとてごめんである。
だからこそ、二人は話し合って早々に原作をぶち壊す事に決めたのだ。
とはいえ、最初から全力で変更しようとすると原作修正力とかいうのが働いて、なんていう創作もユーリィは前世でいくつも履修してきた。
なので、ある程度は原作通りに進ませるけれど、完全に原作通りにはいかないように舵を切る事にしたのだ。
だからこそまずは原作通りお姉さまずるーい、を駆使して色んな物を奪った。
といっても、何も羨ましくないドレスやアクセサリーは売れる物は売って新たな物に変更したが。
ドレスも地味だけどアクセサリーも酷いセンスだった。
ぶっちゃけるなら店でたまに見かけるネタに走りました、みたいなデザインのやつとでも言えばいいだろうか。こんなん誰が買うの……? みたいな微妙極まりないデザインがずらりしていた。
アイシア曰く、生前の母のプレゼントなのだとか。
センスゼロとか貴族の女性として感性が死んでんの!? とユーリィが叫んだのは無理もない。
恐らくアイシアの母からすれば娘など道具同然で最終的に自分の思い通りに育てばいい、くらいの認識だったから、そんな子供のためにわざわざプレゼントを選ぶ時間を惜しんだのではないか、との事。
適当に目についたやつを選んで、それを与えた。そう言われるととても納得できた。
何せデザインがクソすぎるとはいえ、確かに目立つのだ。
他にも色んなアクセサリーがあったとして、クソダサイという点で一際目立っているのが容易に想像できるレベルでデザインからしてゴミなのである。
素人が初めてのアクセサリー作り、と称して作ったものだってもうちょいマシな出来になるんじゃないかなぁ、と思うレベルと言えばいいだろうか。もうその言い方だけで想像余裕なくらい酷いレベル。最早ゴミ。
一応誕生日とかその他のお祝い事の時に母は子供を気にかけていましたよ、というポーズですと言われればとても納得できるチョイスだった。
原作のユーリィはそんなクソダサセンスのドレスやアクセサリーを羨ましがって奪っていったのか……と思うと心の柔らかい部分が軋むようだった。
嘘でしょ挿絵でそんな感じはなかったのに……!
アイシアの髪型だってひっつめてお団子にして、とこれまた地味すぎて、ドレスとアクセサリーも合わせると駄目な方向に化学反応をおこしちゃった、と言われるレベルである。
髪型は、使用人とかが? とユーリィが聞くとアイシアは頷いた。けれども、それも生前の母の指示だったと言われて。
あんたのお母さん死んだんだからもうそんなクソ地味な髪型やめてしまえ、と思わず吐き捨てたのである。
だって最初に出会ったアイシアは、ユーリィとそう年齢は変わらないのに。
それなのに、びっくりするくらい老けて見えたのである。
ユーリィはきちんと十代の若いお嬢さんと言われたら誰もが頷く見た目なのに、アイシアは下手をすれば四十代くらいの女性と言われたら納得されそうなくらい老けて見えたのだ。
ユーリィとて年上の女性を全方向で貶すつもりはないけれど、それでも地味・ダサい・可愛くないと三拍子そろったおばさんの何を羨めというのか。若い頃の価値観は結構単純にできているとはいえ、それでも年上の女性に憧れるとして、それは恋も仕事も私生活も何事もスマートにこなすような、そんな女性であるならまだしも。
生活に疲れ果てて毎日の会話もネタがなさすぎて変わらない、ゲームでずっと同じセリフしか喋らないNPCみたいな相手には憧れようがない。
そりゃあ早々に原作をぶち壊してやろうと思うわけである。
それにユーリィだって破滅の人生を歩みたいわけではないので。
アイシアの婚約者に言い寄るような真似は金を積まれたってごめんだし、そのせいで断罪されて転落人生とか以ての外。
だからこそまずは姉の外見に容赦なく手を加えた。
元は悪くないのだ。元は。
アイシアは彼女の母譲りの黒い髪に紫色の瞳の、クールビューティ系美人である。
だというのに、クソダサイ衣装に髪型のせいで馬鹿みたいに年齢盛られて可愛さ? 何それ新手の宗教? とか言われるくらいにそんなものは微塵も感じられないレベルで。
そりゃあ見た目で選ぶような頭ぱっぱらぱーなアイシアの婚約者も彼女の見た目を見て嫌うのは当然だろうという程だった。
使用人も使用人である。アイシアの母が亡くなった後、せめてもうちょいどうにかならんかったのか。亡き奥様の意思を継いで、とか言われたら流石にそれ以上厳しく言えないのでそれについては思うだけにしておいたけれど。
ユーリィはアイシアとはある意味で真逆の金色の髪に淡いピンク色の瞳であった。見た目も愛らしい感じである。パッと見なら少女漫画のヒロインみたいな色合いをしていると言えない事もない。
実際途中までは少女漫画のヒロイン並みに謳歌できるのだ。母親譲りの、母がもっと若かった頃の見た目に近いらしいので父の関心は姉よりも妹に向けられていた。とはいえ、一番はユーリィの母親なのだが。
ユーリィの母は今までほとんど会えずいちゃいちゃもできなかった事もあって、貴族の家に入った、という事実よりも愛する人の身近にいる事が出来る、という方が重要らしく貴族のパーティーに絨毯爆撃かけるレベルで出かけるわよ! というような考えはないらしい。まぁ平和で何よりだ。
とはいえ、原作だとそれもあって余計にアイシアは無関心を貫かれ、そうして妹に好き勝手されていくのだが。
父も母とのいちゃこらが第一っぽいが、それでも一応ユーリィの事も気にかけているので、家の中では好きにしていいと言われているし、何か欲しい物があったら遠慮なく買いなさいと言質もとった。
であれば、ユーリィがアイシアをこれでもかと着飾らせたところで文句は出ないはずなのである。だってユーリィの好きにしていいと言ったのだから。
だからこそ、今までの見るだけで気分が下がる一方のダッサイドレスを処分しまくって、姉のドレスを新調しまくった。どうせ将来彼女が家を継いで女侯爵となるのだから、今からそれなりに綺麗なドレスを着ることが当たり前だと思ってもらわないと困る。あんなダッサイドレスで社交の場に出られてみろ。悪口言って下さいっていう無言の宣言かと思われたって文句も言えないのだ。
原作では最初、アイシアはユーリィの引き立て役みたいな扱いだった。原作だと愛されていたけどその愛情の向かう先が妹にいって、冷遇されていく一方だったから精神的に疲れ果てて生活に疲れた主婦みたいな感じになっていたのかもしれないが、ここでは違う。とにかくひたすら美容服飾系関係者が見たら発狂するレベルでダサいのだ。ユーリィはオシャレにそこそこ興味はあったタイプだったけど、専門職とかではなかったから発狂しないで「うわダッサ……!」と口にするだけで済んだのである。公式の場で他に色んな家の人がいたら間違いなくその態度は注意叱責ものだけど、だがしかし多数の支持を得られただろうとも思っている。それくらいに酷かったのだ。
せっせとユーリィが将来の女侯爵に相応しくあれ! とばかりに着飾らせ、メイクもあれこれやってみた結果、アイシアは年相応の美少女になった。元が良いのでぶっちゃけすっぴんでも美少女なのだけれど、今までが今までだったので見違えるなんてもんじゃなかった。
使用人が「お嬢様……?」とお前ら何年この屋敷で勤めとるんじゃい、とユーリィが突っ込むレベルで別人を見たような反応だったのである。
「ひぇ~。私のお姉さまマジ美人。これはアガる。いいもん見た。拝んどこ。
お前らも崇め奉りなさい」
屋敷の中ではユーリィの暴虐は全て許される。父親が許しているので。
故にユーリィは見違えすぎてどちら様状態のアイシアを見る使用人たちへ、そう告げたのだ。
あるかどうかもわからないが、あったら困る原作の修正力とか強制力が仕事をしない程度に原作っぽく進めていくためでもあった。
家を継いで、その家の繁栄のためだけに育てられてきたアイシアだ。
能力的に優秀であるのはそうなのだが、今まではあまりぱっとしない見た目だったのもあって、使用人たちからも若干舐められている節はあった。
アイシアの母がそもそも厳しく使用人たちの態度を徹底させていたというのもあるし、アイシアの身支度を手伝う者たちもアイシアの母の指示通りにしていただけだ。正直その使用人も美的センス死んでんのかってくらいに何も疑問に思っていなかったらしい。
それはまるで、胃の中に入っちまえば全部同じだぜ、とかいう大雑把さとどこか似ていた。
そうしてアイシアを着飾らせつつユーリィは屋敷の中で更なる暴挙に及ぶようになった。
「お姉さま、見てこのお父様秘蔵のラム酒!」
「まぁ、ユーリィ、貴方まだ未成年でしょう?」
「直接なんて飲むわけないでしょ。これはね、漬けるんですよ」
「漬ける? え、ラム酒でお漬物を?」
「お姉さまマジボケやめて。ラム酒で漬けるったらレーズンに決まってるでしょ。ラムレーズンができたらレーズンバターサンドにしようと思って」
「レーズンバターサンド……そういえば、前の会社で北海道に旅行に行った人のお土産でもらった覚えが」
「美味しいですよね、アレ。ただまぁ、お値段はそこそこだし、いっぱい食べたいってなって買ったらお値段が可愛くないんですけど。面倒でも自作できるから、しこたま食べましょう! ねっ、お姉さま!」
「お値段だけじゃなくてカロリーも可愛くないのでは」
「それをいっちゃぁおしめぇよ」
カロリー? いいんだよお姉さまは今までたくさん頭使うような事してきたんだから。ちょっとくらいカロリー余分にとったってオールオッケー!
その後父親がラム酒がない、と言っていたが、既に飲んだのを忘れているのではないですか、お父様。とユーリィは罪悪感ゼロの顔をしてのたまっていた。こやつしれっと嘘を吐きよる……!
ちなみにラム酒の瓶が見つかると怒られるのは勿論わかっていたので、完成したレーズンバターサンドは使用人にも配りこちら側に引き込んだ。罪悪感? そこにないならないですね。
そしてまたある日に至っては。
「お姉さま見て。お父様秘蔵のブランデー!」
「まぁユーリィ、貴方またお父様の秘蔵のお酒コレクションに手を付けたの?」
「えっへっへ、ラム酒の件でもっと厳重にしておくべきだったのにころっと言いくるめられて自分が飲んだのを忘れたと思い込んでそのままにしておくお父様が悪いんですよぉ。
でねお姉さま、このブランデーを、なんと!」
「そもそも自宅なのだから防犯的にはアレで充分だと思うのも当然だし、勝手に持ってきちゃうユーリィの方が悪いと思うのだけど……まぁいいわ。お父様は好きにせよ、と言っていたのだものね」
ユーリィの好きにしていい、と言ったのは父親なので、ユーリィは言われた通り好きにしているだけだ。父もまさかこうなるとは思っていなかったかもしれないけれど。
「それで、今回は何を作るの?」
「干してたフルーツがいい感じにドライフルーツになったから、パウンドケーキ焼いて表面にたっぷりブランデー塗ろうかなって」
「まぁ、ちょっといい洋菓子店とかで売られてるアレね」
「お土産でもらうとちょっとテンション上がるやつ」
「自分で買おうとは思わないのよね」
「でもその分貰うとちょっと嬉しい」
「わかる」
こっくりと深く頷いて、アイシアは楽しみにしているわ、とぐっと親指をおっ立てた。
ちなみに今回も使用人たちにおすそ分けしてあるので、口裏合わせは万全である。
お姉さまずるい! で本来ならば姉から色々奪うはずだった妹は、気付けば父親の秘蔵の酒を容赦なく奪っていく娘へと変わっていた。
ちなみに六度目くらいで流石にバレたのだが、その頃には使用人たちもすっかり懐柔されていたし、作ったお菓子を両親にちょっと渡して母親を味方につけた事で、ユーリィがお叱りを受ける事はなかったのである。
だって屋敷の中で好きにしていいって言ってたのは間違いないのだから。
ちなみにこのあたりでようやく父親が自分の秘蔵のお酒を置いてる部屋のセキュリティを強化した。
だがその頃にはお酒を使ったお菓子シリーズそのもののユーリィのマイブームが終了したのである。
またお酒が必要になったとしても、その頃には使用人たちがいい感じに他の店から調達してくれることだろう。
そうしてユーリィが屋敷の中で好き勝手しながらも、アイシアの立場も徐々に向上されてきたあたりで。
二人はいよいよ原作ぶっ壊し大作戦に臨んだのだ。もう既にぶち壊れてるも同然だけど、まだ問題は残されている。
アイシアを虐げる要因になっていたそれらを、ボチボチ排除するべく二人は動きだしたのであった。
まず、本来ならば家を継いで面倒くさい仕事を押し付けられるだけだったアイシアではあるが。
原作だとそのまま進めば名ばかり当主として、肩書だけは立派だけどやってる事は使用人以下の奴隷レベルで酷使される未来が待っていたわけだ。まぁ最終的にそこは回避してラストにちょろっと出てきたヒーローに救われるのだが。
けれどもアイシアはそのポッと出ヒーローに救われてそいつと結ばれるつもりはこれっぽっちもなかった。昔からずっと一途に自分を想い続けてくれている、と聞けばまぁ多少胸がときめくかもしれないが、しかしその長年の執着が怖くもある。今までそれなりに希薄な人間関係しか築いてこなかったのもあって、突然の濃縮溺愛コースは勘弁してほしい。
アイシアの伴侶に求める要望はまぁそれなりに多くはあるけれど、別段難しい事ではない。
常識があって金銭感覚破綻してなくて倫理観麻痺してなくて周囲に無駄に敵を作るような言動をしない、アイシアともどちらかといえばビジネスパートナーくらいに割り切って接してくれる相手。もっと欲を言うなら愛人とかはこちらに知られないよう密かに囲ってほしい。
愛人を持たないでアイシアの条件を満たしてくれそうな男性は探せばそれなりにいそうなので、別段親が決めた顔だけが良い婚約者にこだわる必要はもうどこにもなかった。
大体原作でだって、その婚約者は妹が奪ってアイシアとの婚約はなかった事にされるのだから、妹がアレを欲しいと言わなくても婚約を破棄したとして、何も問題はないのだ。
アイシアと結婚したら自分が侯爵家の当主になれると思い込むような頭の悪い男なのだから、婚約破棄を突きつける理由なんて既にいくらでも揃っていた。
侯爵家の当主になったら好き勝手出来ると信じてる時点でとてもお家乗っ取り。そうでなくともアイシアより頭の悪そう――に原作では見えていた――なユーリィに乗り換えるような男だ。現時点で既に婚約者を蔑ろにして密かに数名、愛人候補か一時的な恋人かはわからないが、お相手がいるのである。
普通結婚するまではせめてそこ、アイシアの機嫌をとっておこうとか思わないのだろうか。思わないんだろうな、馬鹿だから。
結婚したら自分が当主になると信じて疑ってすらいない馬鹿なので、自分が捨てられる側になるなんて思いもしていないのだろう。幸せな頭の構造をしている。
けれども、そのおかげで婚約者とマトモに交流を重ねてすらいない事。
そして婚約者以外の女性複数名と親密な関係になっている事。
更には結婚後自分こそが侯爵家の当主になるのだと豪語していた事までも。
きっちり証拠として確保できてしまったのである。
家を乗っ取るのがわかりきっている男など誰が結婚するか、とばかりにアイシアは婚約者の家に証拠と共に婚約破棄を叩きつけたのであった。
そして、実はこの行動に出るよりも前に既に完遂したミッションが一つあった。
実のところ既にこの家の当主はアイシアなのである。
ユーリィが自分の母も味方につけて、母親をそそのかした結果予定よりも少しばかり早くアイシアは侯爵令嬢ではなく侯爵となったのである。
アイシアとユーリィ、彼女たちの父親は、見た目はよろしい。アイシアの婚約者と同様のタイプかと思われそうだが、しかし彼は侯爵としてやっていくだけの才覚はあった。だが、好きでもない相手との結婚をし子どもが一人生まれた後は本来愛していた相手と一緒だったし、家族としての情はほぼ無いと言ってもいい。
ユーリィは最愛の女性の産んだ自分の子というのもあってアイシアよりは関心を向けられていたけれど、それだって家族としての情というよりは愛玩動物に対するものに近い。
原作のユーリィはきっとその違いに気づかず増長して破滅への道に進む事になったのだろうけれど、このユーリィは違う。前世でそれなりに家族との仲も良好だったので、そこら辺の区別は普通についた。
家族として接するどころか愛玩動物扱いは流石にな、と思う部分もあるのでユーリィは母をそそのかす事になんの躊躇いもなかったのである。
そそのかす、と言ってもそう大したことではない。
どうせ既に侯爵としての仕事の大半はアイシアがやっていたのだから、さっさとその立場を退いて隠居生活に突入したって困らないだろう。
そう判断して、当主の座を早めに引き継がせる事にしただけだ。
母は別に、華々しい社交界に興味があるわけではなかった。ただ、愛する人と一緒にいられればそれで、という割と控えめな欲望しかない。
むしろ下手に社交界に足を踏みいれて、自分以外の女性に目移りでもされたら折角こうして結ばれたのに破局の危機に見舞われるかもしれないのだ。であれば、ロクな出会いもなさそうな田舎に引っ込んでくれた方がマシというもの。
屋敷の中でいちゃついているのはよく見かけたけれど、どうせなら引退して二人でのんびり旅行なんてどうかしら、と白々しい事も言って、父をその気にさせたのだ。
結果として原作よりも早めにアイシアは侯爵家の女当主となったのである。
そして、その彼女自ら婚約破棄を突きつけたのだ。
浮気の証拠とお家乗っ取りを目論んだ証拠を携えて。
アイシアの父が当主であったなら、言いくるめる事も可能だったかもしれない。父は自分に害がなければアイシアの婚約者がどれだけロクデナシであろうとも、まぁいいかで流しただろうから。
アイシアの母が生きていたなら、彼の見た目を好んでいたのもあって間違いなく婚約を破棄だなんてとんでもないと反対したに違いない。
だがしかし、アイシアの母は既に亡くなり、父は引退した。
これから当主として忙しくなるのがわかっているだけに、余計な荷物は必要ないとばかりに切り捨てにかかったアイシアに、婚約者の家は婚約継続を勝ち取る事など土台無理な話だったのだ。
今のうちに受け入れるのであればそちら有責での慰謝料に関して減額もしてさしあげてよ? なんて言われてしまえば。時間がかかればかかるだけ、己の息子の不出来さが世間に知れ渡るとまで言われてしまえば。
アイシアの婚約者であった三男坊は既に若干評判のよろしくない男であったけれど、それ以上の醜聞が社交界に知れ渡るような事になれば。
そのとばっちりで長男と次男の結婚に皹が入るかもしれない。家の名も落ちる可能性が高くなる。
今ならまだ、穏便に終わらせられるのだと言われて。
アイシアの婚約者であった男の両親は、婚約破棄を受け入れるしかなかったのだ。
婚約者であった男は、こうして自分が知らないうちに、市井で作った恋人と楽しいひとときを過ごしている間に侯爵家の婿になるという立場を失って、家に帰るなり早々に修道院に送りこまれる事となったのである。婚約者の家に向かって縋りつこうものなら醜聞待ったなし。両親はそれをわかっていたからこそ、有無を言わさず修道士として三男を戒律の厳しい修道院に叩き込んだ。
原作では、最後の方で断罪されるはずだった男の、なんとも呆気ない退場であった。
アイシアの婚約が消えた事に関して、社交界で大々的な噂になったわけではない。
けれども、家を継ぐでもない立場の、成人した後は家を出て自力でどうにかしないといけない貴族男性からすると突然降ってわいた優良物件である事は間違いない。
結果として結婚の申し込みをしたいと釣書がこれでもかと届くようになった。
「お姉さま、どの相手を選ぶんですか?」
「どうしましょうね? この中に原作の最後に出てくるわたくしのお相手とやらはいないようですが」
「うーん、こうなった以上我先にと釣書送り付けてきそうなのに。もしかして次に選んだ相手も原作同様クズみたいな相手で、まだ原作の呪縛が残ってるとかなのかしら……?」
可能性としてはゼロではないそれに、アイシアもユーリィもそうだったら面倒だな、という表情を隠しもしなかった。実際にそうだと面倒なのは事実なので。
なので、既に小さな山みたいに積まれている釣書は一度置いておくことにして、まずはそのお相手の事を調べてみる事にした。
早い段階で原作をじわじわと崩壊させつつあったのは事実だ。それがバタフライエフェクトとなったかまではわからない。けれども、ラストの方でポッと出てきてアイシアを救い、彼女と結ばれるはずだった真のヒーローは。
既に結婚していた。
彼は確かに幼い頃アイシアに惚れた。そうしてその想いをずっと大事に抱え込んできていた。
けれども。
彼は。
「光源氏計画じゃないけど、自分の手で育てたい派でござったか……」
ユーリィがしみじみと呟く。
「見た目だけならすっかり華々しくなってしまいましたからね、わたくし」
アイシアも同じようにしみじみと頷いた。
見た目もパッとしないアイシアを救って、そして自分と結ばれた後。
原作ではそこからアイシアは花開くような美貌を表すのだが。
それに関しては既にユーリィがあまりのダサさに耐えきれずやらかしている。
故に、アイシアが地味で冴えない女という評価をされていたのはとっくの昔の話で、今は年相応に見えるし美しい女性として周囲も見ていた。婚約者との仲もあまり……という時だって、そもそもあれだけ地味でダサい状態のアイシアを毛嫌いしていた元婚約者の様子を見ればまぁそうなるだろうなぁ、となるわけで。
けれどもそのままロクに顔を合わさないまま好き勝手やってた元婚約者は、アイシアがきちんと着飾れば元婚約者が侍らせていた女より余程美しいのだという事すら知らなかった。
そもそも地味な見た目がお気に召さないなら、何故自分の手で飾り立てようとしなかったのか。できる限り手を施した上でそれでも絶望的で嫌っていたならともかく、そうでもなかったのに。
とはいえ、もう既にいない元婚約者の事などどうでもよかった。
地味で冴えない見た目から脱したアイシアは、今までと同じように外に出て。
そうして「えっ? あれがあの侯爵家の……!?」と周囲を困惑させてそれなりに噂になってはいたのだ。あまりの違いに直接その目で見ない事には信じないぞ、という者だって多数いた。
元婚約者も恐らくその噂を耳にしていたかもしれないが、まぁ信じなかったのだろう。
そして恐らく。
その噂が流れた時点で、本来アイシアを救うはずだった彼はその噂を確認したに違いない。
そこで、煌びやかな女性を見て。
あれ、何か違うな。
とか思ったのだろう。
幼い頃の思い出と、今の姿が一致しない。
それは別によくある話のはずなのに、それでも何かが違うと思って、そうしてその恋はすっと溶けて消えてしまったのだろう、というのがユーリィの見解である。
そこは綺麗になってると喜べよというものでもあるのだが。
だが、本来ならば虐げられて不当な扱いを受けていたアイシアを救い、そして実はとんでもなく美しい女性であったのだ、と自らの手で知らしめるはずだったのが、別に虐げられてもいないしむしろ今までの酷くダサい見た目から脱却させられて既に周囲にはアイシアが美人であると知られたし、不当な扱いも何もさっさと女侯爵となっているしで。
真のヒーローの出番が綺麗さっぱりなくなってしまっている。
恐らくは、可哀そうな女性を救い出すとかいうのもあってよりヒーローみがあったはずなのだが、それらが綺麗になくなってしまえば。
幼い頃に一度会ったきりの、初恋の相手。
向こうがこちらを覚えているかどうかも定かではない。
そういった現実的な観点から、アピールしたとして今更擦り寄って来た、と思われる可能性もちらついたのかもしれない。それでも一度くらいアピールしてくるかと思ったが、そこでさっさと男は現実を見据えて、そうして改めて自分の好みの女性を捜したか、今まで家から言われていた婚約者とようやく向き合う事を決めたかしたのだろう。
ともあれ既に結婚しているというのなら、アイシアが彼と関わる事もない。
それに、こうも考えられる。
彼が救いにこないのであれば、それはつまりアイシアが虐げられる事はもうないのだ、と。
そう考えるとアイシアにとってのヒーローは……
「私か」
「貴方ね」
原作をぶち壊すつもりだったのでむしろそうなった事は喜ばしい。
だが、アイシアにとってのヒーローが本来アイシアを虐げる事を率先してやらかしていた相手、というのは……いや、もう何も言うまい。原作は既に遠のいた。その事実だけが重要である。
「という事は、この釣書から誰選んでも問題はない、という事かしら。でも……」
「何か問題でも? お姉さま」
「今までずっと親の敷いたレールの上にいたから、今から自由に自分で選べと言われても……とても面倒。ねぇユーリィ、どうせなら貴方が選んでくれませんか、この中から」
「自分の人生まるなげしようとしないで!?」
「え、でも。悪いようにはしないでしょう?」
渾身のきょとん顔である。
確かにユーリィがした事を思い返せば、アイシアを救っているのは確かである。
地味な見た目を改善。次期当主という事で将来当主として仕事をするのだから、と父から仕事を押し付けられていたのを、さっさと父に引退させるように仕向けて女侯爵に。
アイシアの母が特に好んでいた見た目の元婚約者からも蔑ろにされていたけれど、それだって婚約破棄を突きつけてアイシアの人生が落ちていくような事を回避させた。だってあの元婚約者は、どう考えたって見た目だけは良いけれど、どう考えてもアイシアの足を引っ張るしかできないような男だった。結婚しなくて正解である。
折角転生したのに待ち受けてるのは転落人生、となれば回避したいと思うのは当然で。
ついでに同じ前世持ちとなればユーリィがアイシアに手を差し伸べるのだって当然の流れで。
「だがしかし百合にはならんぞ!
というわけでお姉さまに丁度いい結婚相手を見繕いますね。てか、私お父様には屋敷の中で好きにしていいって言われて好き勝手した結果なだけなんだけど、その好きにしていい、はこの先も継続って事で良き?」
「えぇ、良きですわ」
当たり前のように自分の人生委ねてくるな……と内心で慄きながらも、ユーリィは釣書を手に取った。
自分の結婚相手は知らん。だが、見つからなくてもアイシアが家から追い出したりするような事はしないようなので。
ユーリィは自分とアイシアの人生がそこそこうまくいくようにレールを敷くことを決めたのである。
そうしてユーリィが見繕った相手は。
既に長女が後を継いでしまったために、長男であっても家を出てどうにかしなければならなかったとある伯爵家の末っ子長男であった。上に姉が数人いる中で育てられてきたのもあってか、可愛がられて育っていたようだが、同時に姉たちのおもちゃになっていじられてきた事もあって。
ノリがよく、また突っ込み属性の持ち主でもあった。
傍から見ればおっとりしている姉とはうまくやっていけるだろうと思ったし、行かず後家状態の妹がいても特に厳しい目を向けない彼は、思いのほかアイシアとユーリィという姉妹とうまくやっていけた。姉妹のやりとりに時折突っ込みを入れたり振り回されたりしつつ、賑やかな暮らしを送っている。
一般的な貴族の家と比べるとアットホーム感はあるが、まぁこれが我が家の普通ってコトで、とユーリィが言えばアイシアもその旦那も文句など言うはずもなく。
姪か甥かはまだわからないが、子どもができたらユーリィは思う存分可愛がるつもりである。
ちなみに余談ではあるが。
早くに当主の座を引退させた父とユーリィの母とで二人でゆっくり旅行でも楽しんでこい! と送り出してから数年、ユーリィの母が二人にとっての父に情操教育でも叩き込んだのか、それとも愛する者同士でゆっくりと日々を過ごしていくうちに情緒が芽生えたのかはわからない。
だが、まぁ今までと比べて人の心が芽生えたのは確かなのだろう。
アイシアの事をただの跡取りとしてしか見ていなかったという事実に、今までずっと教育だけは施してその存在を放置していたも同然であったという事実にようやっと気が付いたのか、父親としての後悔か懺悔かはわからないが、それでも手紙が届いたのである。
つらつらと書かれていた手紙の最後には、ようやく多少なりとも芽生えた父親としての情なのか、アイシアに幸せになれるよう祈っていると締めくくられていた。
それに対するアイシアの反応は、
「とっくに幸せなので祈る必要もありませんね」
である。
折角父親が父親としてどうにかこう、今更ではあるものの情緒とか芽生えさせたんだからそこはもうちょっとこう、さぁ……とユーリィは言いたくなった。あの父にしてこの娘である、とか言いそうになった。
アイシアは別に父親の事を恨んだりしていなかったので、そういう反応をするのも当然と言えばそうなのだが、それはそれ、これはこれである。
とりあえずお姉さまにももうちょっとこう、情緒とか叩き込んでもうちょっと自我強めになってもらっても問題はないのでは、と思ったのでそこはユーリィの今後の課題である。姉の夫になった人はいい人ではあるけれど、多分そこら辺彼には荷が重い。
「とりあえず、お父様の秘蔵のお酒コレクションまだ残ってるし、パーっといっとく?」
かつてお酒をこっそり盗み出してお菓子に変換していた頃とは違い、今はもう堂々とお酒を飲んでも許される年齢なので。
ユーリィは姉と、その旦那を巻き込んで、旦那が思わず「いやそれそんな気軽に飲んでいいやつじゃないだろ!?」と叫ぶようなのを数本チョイスした。
「いいのいいの、お父様には私、この屋敷で好きにしていいって言われてるしお姉さまも了承してるから!」
ぐっと親指をおっ立てて言えば、なんだか諦めたような溜息を吐かれたけれど。
今日もユーリィは好き勝手振舞うのである。
自分と、その周辺が幸せになるために。
次回短編予告
乙女ゲームの世界に転生したヒロインちゃんがヒロインをしない結果迎えるバッドエンド的な話。