後編
隣国へ着き2ヶ月経ちました。相変わらず背中にライオネルをくくり付けながら魔術棟へ向かう。家族寮に入れてもらい、通勤時間は徒歩10分。
南国の気候と同じで、この国は開放的と言うか陽気と言うか……
まぁ、気楽だから良いけど背中のライオネルを可愛がってくれる魔術団長ブラウンさん(御年75歳)、副団長カーキさん(御年62歳)、上司オーリンジさん(御年55歳)。
チマチマ魔術を勉強するより、すっぱりバッサリ剣で真っ二つが魔獣に対しての対処が主流だから、魔術団はこの三人プラス私。
「ライちゃんはブラじいちゃんが好きだよね」
「違います。ライちゃんはカーキおじちゃんの所へ来ましゅよね?」
「リンジおじさんが高い高いしてあげるよ。お二人にはムリですからね」
……これは嬉しい誤算?
いや、断じてここは保育所では無い。歴とした魔術棟だ!
「ほらほら、ライちゃんはばぁばの所へおいで。あんた達は仕事しな!」
現れたのは魔術団の母。補佐官のルージュさん(御年69歳)因みにブラウンさんの奥方。
「ルージュさん、いつもありがとうございます」
「本当に男どもは甘やかすだけでオシメも替えられないのにね」
背中からライオネルを下ろし、ベビーベッドの上へ。柵につかまり立ちするだけでお三方の歓声が上がり、ルージュさんに叱られている。
最近、あー、とか。うー、とか言葉を話しているせいか、誰を一番最初に呼ばれるか競いあっているのだ。
とっても平和な1日になる予定だったのに……
「サラ!! 何処だ! 迎えに来たから一緒に帰ろう!」
魔術棟の警備員に止められた男性は、尚も叫ぶ。
「私は浮気など一切していない! 愛しているのはサラだけだ!」
聞こえた声にビックリして階下へ向かう途中、出入り口で警備員と揉み合いになってるのは元旦那アーガスの姿?
「何してるの!?」
「あぁ、サラ。私にはサラしかいない、愛している。君だけだ!」
一体、アーガスはどうしたのだろう?
遠方へ行って頭を打ったのか?
よく見れば服はヨレヨレ無精髭もあり、いつもバックに撫で付けている髪も乱れている。本当にアーガス? そっくりさん?
階段の途中でアーガスのそっくりさんを観察してると、警備員をなぎ倒し物凄い勢いで近付いてきた。
ウワッ!! と仰け反った私を抱きしめたと思えば、階段の踊場で"アーガス劇場"がいきなり開催されてしまった。
私の前に片ヒザをつき、動揺する私。
そっと私の手を両手で包み多少くたびれているが、そこは流石アーガスだ。
キラキラオーラを遺憾なく発揮して私を見上げている。
「サラ! 私には君しかいない。
ふわふわの栗毛をいつまでも撫でていたい。クリクリした瞳に私をずっと映して欲しい。ぽってりした唇で私の名前を呼んで欲しい、本当ならずっとサラを抱き締めていたい!
サラは見た目だけじゃなく、全てが私の理想なんだ。類い希な魔力を完璧に制御する技術、貪欲に学ぶ姿勢。
家へ帰れば、美味しい食事に居心地の良い部屋。しかも私とサラの息子は天使のようだ。
浮気どころか、毎日サラに惚れ直している位、私はサラしか見えない!
恥ずかしがり屋の君だから、私へ何も言えず思い悩んでしまったんだね。
マルガリータの事は全てデタラメだ! あの女がサラの代わりになれる訳無いじゃないか。あの女に相応しい男へ渡したから二度とサラが会う事は無いだろう。
だからお願いだ! 私の元へ帰ってきて欲しい!」
"アーガス劇場"のヒロイン的立場であろう私は、とりあえず目が点。
「えっと……あなた本当にアーガス?」
「勿論だよ。サラを迎えに来るのに少々手間取ってしまったけどね」
キラキラオーラ全開のアーガスを立たせ、とりあえず公衆の面前からは逃げ出したい!
「ちょっと、こっち来て」
「サラの為なら何処へでも一緒に行こう」
魔術団の応接室。団長達にライオネルを頼みアーガスと対面に座った。
「あのですね。私は貴方に愛されて無い事も、他に女性が沢山いる事も、知ってますのでマルガリータ様が懐妊されたなら嘘をついてまで私を迎えに来なくとも離縁はしていますし」
「心配するな。私たちはまだ正式な夫婦だ。騎士団長を脅し……話し合いをして離縁届は破棄させた」
ちょっと待って! 騎士団長って確か王弟よね? 脅した? は?
「サラが聞いていた不貞の噂は全て嘘なんだ。私が深夜出かけていたのは団員や文官から恋愛相談を受けていただけだ。
それを知った団長が面白がって噂を流し、いつの間にか恋愛相談の噂が私が恋愛してる、不貞してるに変わっていた事に気付かなかった……
恥ずかしがり屋の君だから噂の真相を私へ聞けなかったんだね」
ちょいちょい出てくる、恥ずかしがり屋の君。別に恥ずかしがり屋じゃない、どちらかと言えば面倒くさがり屋だ。
「でも、ここ居心地良いので帰りません。それに結婚して二年間、アーガスは初夜だけでその後ずーっと閨も無いし私を女性として見られないなら別の女性が必要ですし…」
自分で言ってイラッとしてたけど、今回は違ってたとしてもまた『不幸の手紙』を受けとる気力は私には無い!
正面に座ったアーガスが項垂れて……いや、ちょっと復活した?
眉間にシワを寄せてじっと私を見る。あ…これ見た事あるわー。仄暗い瞳はお怒りモード。ん? はぁー。と大きく息を吐き出し立ち上がり近付いて来た! 隣に座り何故抱きしめる?
「サラ、私は私の私問題で君に触れるのが怖かった」
自分語りが始まった。私の私問題とは?
「初夜で君がぐったりしたのは、全て私のせいなのだ。あまりに興奮し過ぎてサラの全てを私のモノに出来た喜びに理性がぶっ飛んだ。
ぐったりしたサラを見て正気に戻ってから、私の私は役に立たなくなってしまった。だから私の私問題がある限り女性と閨は出来ない! 私の私問題が解決したら私は私の私をサラ「ストップ!! 分かった、分かったから!!」」
「分かってくれたんだね。じゃあ一緒に帰ろう」
「あなた本当にアーガス? 今まで何も私へ言わなかったじゃない。愛している。なんて初めて聞いたわ」
「君を手に入れる為に私は頑張っていたから、伝わっていると思ってた。これから毎日サラへ愛を伝える事を許してもらえないだろうか?
君のいない人生なんて考えられない!
アカデミー時代から君へ懸想する奴らを何人排除したか…魅力的過ぎる君を守る為なら私は何でもやろう!」
片手で私を抱きしめながら、アーガスは力説するが観客が私だけですが…
そして私が知らない話をちょいちょいぶっ込んでますねー。
「色々言いたい事はありますが、アーガスは私が好きなの?」
「好きじゃ足りない! 愛している」
「そう…私は都合が良いから結婚したんだと思ってたの」
「サラ! そんな事は!!」
「ちょっと聞いて。それでね、女性の噂がある度にイラッとしたわ。やっぱり私を女性として見てない、お飾りの妻なんだって。
でも、私は噂を聞く度にイラッとして…」
「サラ。私の初めてで最後の女性はサラ、君だけだ」
「え?」
今日一番の衝撃の事実。ビックリしてアーガスを見上げるといつものキラキラオーラも余裕綽々な態度も無く、耳まで真っ赤になって情けない顔が見えた。
「それ、本当に?」
「ああ…私はサラしか愛せない」
私の肩へ顔を乗せ耳元で、愛している。と囁かれてしまったら、もう認めるしか無い?
「イラッとしたのは私もアーガスを愛している……のかな?」
耳元で呟いた。するとガバッと顔を上げ蕩けるような笑みを浮かべると私をいきなり横抱きにして応接室を出た。
「私の私問題が解決しそうだ。サラの部屋は何処だ?」
「え? ちょっと待って」
魔術棟の出入り口へ向かうアーガスの腕から、ふわりと降りるとビシッと鼻先へ指を向ける。
「朝から何考えてるのよ!! それより私は帰りませんからね」
フンッと踵を返し団長達がいる部屋へ向かう。アーガスが元旦那で実際は違ったけど私が『不幸の手紙』を貰った事、本当は私を好きだった事など全て話した。
「ご迷惑おかけしました。あとライオネルの事をありがとうございます」
「私の妻がお世話になりました」
後ろをとぼとぼ付いてきたアーガスは、私の隣で団長達へ頭を下げているが?
「そうか。まぁ仲直りしたのは良かったがライオネルと国へ帰るのか?」
寂しそうな団長達は両手にライオネル用のオモチャを握りしめている。
「大丈夫です。私はこのまま永住権をもぎ取る為にこの国に残ります」
ホッとする三人と隣で固まるアーガス。
「サラ! 一緒に帰るんじゃなかったのか!?」
「あー、そうですね。私はアーガスから何とも思われていないと思っていたので一度ゆっくり考えさせて頂きます」
いくらアーガスの私の私問題があったとしても圧倒的に言葉がお互い足りなかった。流された私も反省しなきゃならないけど、アーガスにも反省して頂きたい。
「分かった。私もこの国へ来て全力でサラを口説き落とす! 1週間後に戻ってくるからね」
「分かりました。それから一度キッチリ離縁はして頂きます、最初からやり直しをしましょう」
うっ!! と胸を押さえたアーガスへ、にっこりすれば渋々了解した。
これで晴れて子持ちバツイチ女となったのだ。
******
それから、本当に1週間後にアーガスはこの国の騎士団へ入り離縁もキッチリ済ませたと報告があった。
「サラ、君とライオネルが寮へ帰るまで私に守らせてくれないか?」
「歩いて10分だから大丈夫」
うっ! 毎回項垂れながらも毎日送り迎えをするアーガス。私は彼が勝手に『恥ずかしがり屋』と思っている事にも、
『恥ずかしがり屋じゃなく、面倒くさがり屋なの! ちゃんと私を見てくれない人なんて嫌い!』
『本当に私が好きなら、浮気を疑われるような事を平気でする人なんて信用しない!』
『そもそも、私はアーガスから告白すらされてなく勝手に親を巻き込こんで結婚式するなんて信じられない!』
と、まぁ言いたい放題している。
その度にアーガスは、あっ! とか、うっ! とかなってるが、そこは反省して頂く。
「サラちゃん、知ってるか?」
ルージュさんがライオネルをあやしながら騎士団でのアーガスの様子を教えてくれた。
見た目が良く騎士としての実力もあるアーガスは、数多の女性から言い寄られているらしい。
だが、そんな女性達には一瞥もせず付いたアダ名が『氷の騎士』らしい。
「あのフェミニストが、どうしたんでしょうね」
フフン、と楽しく新しい魔術図式を書いてる私は、今朝の情けなくも目が合えば真っ赤になり背中のライオネルをあやす姿を思い出す。どこが氷なんだ?
「アハハ、サラちゃんを振り向かす為にはまだまだ時間がかかりそうだね」
そう言い残してルージュさんは団長室へ向かった。
この国へ来てから約半年。思えばアーガスと初めて会ってから10年、だけど今まで知らなかった彼の事をこの国へ来て沢山知った。
バディとして過ごした時間、夫婦として過ごした時間よりも。
今まで面倒くさいと思って言わなかった事をお互い話したら、アーガスはかなりヤバい奴と分かったけれど。それでも私の言った事を真剣に受け止めてくれたり、ライオネルを可愛がる姿を見て、クラッとする。
「まぁ、嫌いにはなれないんだけどね。もう少しだけアーガスには誠意を見せて頂きましょう。ねぇライオネル」
ライオネルを抱き締め、扉を見ると氷の騎士が飛び込んでくる。
「サラ。今日こそ一緒にランチをしてくれないか?」
「どうしようかな? ねぇライオネル?」
「あい!!」
私がイラッとした分、しっかりアーガスにも凹んで貰っても良いわよね?
だから、私もアーガスが大好きなのはまだ秘密なの。
誤字報告ありがとうございました。
裏設定。
魔術団長ブラウンさん
(御歳75)
いつもニコニコな好々爺。
惚れた弱みでルージュさんに逆らわない。
補佐官ルージュさん
(御歳69)
新人で入ってすぐ、ブラウンさんに口説き落とされる。
しかし、結婚しても魔術団の補佐官は人気が無く補佐官が辞められない。子ども三人、孫五人。
副団長カーキさん
(御歳62)
モノクルをかけたTheインテリ。子ども達は結婚して夫婦二人暮らし。ライオネルのおもちゃ選びを奥さんに相談して、奥さんが準備したおもちゃを嬉々としてカバンへ詰め込む。ライオネル見たさに補佐官に復帰しようかとルージュさんに相談中。こちらも職場結婚。
上司オーリンジさん
(御歳55)
騎士団から魔術師になった異例の過去を持つ偉丈夫。がたいが良く目付きも鋭い、しかも無口。子どもには顔を見せただけで泣かれ、女性には怖がれてしまい女性不信。
しかし、初対面からニコニコするライオネルが可愛くてしょうがない。