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1話

「ということで、これが今必要なリストね」

 レイヤー3のプライベートルーム。金髪ギャル姿の陽毬はホワイトボードを指差し棒でポンポンと叩いた。

「作曲、ダンスレッスン、ボイストレーニング、衣装、撮影、動画編集……」

「で、我らがエルちゃんはこの中でどれか一つでもできるのかな?」

「ないです……」

 私は俯いて人差し指同士を突き合わせた。

「で、でも衣装デザインは考えてみたい……あと作詞もやってみたいかも……」

「ま、意気込みやよしってとこかね」

 陽毬は腕を組んで頷いた。

「エルは今基礎体力作りしかしていないけど、何をおいてもまず必要になってくるのは、この作曲の部分でしょーね」

「作曲かぁ」

「歌うにしても振り入れするにしても、とにかく素材がなきゃ始まらないからね」

「自分で作るのはハードル高いかも……」

 頭の中にフレーズが思い浮かぶことはあるけど、どうしたらそれを形にできるのか全然分からない。

「まぁ自分でできなきゃ人に頼ればいいのよ。アイドルは一人でなるものに在らずってね」

「お、なんかそれっぽい」

「と、ネットに書いてあった」

「受け売りじゃん」

「揚げ足取らない」

 指差し棒でおでこをグリグリされた。

「それで頼るアテはあるの?」

 おでこを抑えながら私は聞く。

「ま、いくつか目星は付けてるよ」

「さっすがお姉ちゃん」

「お礼は例のおやつで勘弁してやるわ」

「う、うん……」

 例のおやつを食べてるときの猫って陽毬だけに限らないけど理性を失うのでちょっと怖い。

「それじゃあ早速行ってみましょうか」


「ギターバンドの作曲?」

「うちはそういうのやってないね」

「流行じゃないし」

「うるさいじゃない」

「君たちも今の世界がおかしいと感じているんだね!?監視社会!世論操作!政府はネットで全てを見ている!私の音楽が認められないのも全て……あっ、君たち待ちなさい!どこへ行くんだね!?」


「全然ダメじゃん!」

「あるぇ~……?」

 陽毬は困ったように頬を掻いている。

「いやぁ~元はと言えば人に頼るほうが良くないと言いますか?自分ができないことを棚に上げられても困りますよね?」

「いきなり正論言うじゃん……っていうかアイドルは一人でなるものじゃないって言ったのは陽毬じゃん!」

「んまぁそうなんだけど……あんたの場合ちょっと面倒っていうか……探すにも条件が……」

「どういうこと?」

 陽毬は露骨に気まずそうな顔をした。

「あ~……いやなんでもない」

 陽毬が何を言い淀んだかは分からないけど、人頼みな以上深く追求できないのも事実だ。

「それでもう行く場所はないの?」

「仕方ない、もう一件あたってみるか」

「期待してるからね」

「圧やめな。ったく、さっきので心折れないのがあんたのいいとこだよね」

 先導する陽毬はウィンドウを開いてあれこれ操作している。

「これはちょっとダメか……ハッキングしてなんとか……痕跡を残さないように厳重に……」


 連れてこられたのはレイヤー4の空間だった。

 3までは現実世界でありえる表現。つまり人間や猫になったり、年齢や性別なんかを自由にできるけど、レイヤー4は表現の規制がほぼ無い設定。例えば8本足の宇宙人の姿になったり、ロボットになったり、トカゲ人間とか、アニメ調の目が大きいデフォルメされたキャラとか、そういう何でもアリの格好になれる。

 私たちは普段レイヤー3に居るけど、単純に好みの問題でしかない。VRでプライベートを過ごすなら3か4が普通。体感だけど4の方がやや人気がある気がするな。

 目的の場所はオープンサーバーの一角にスペースを設けているらしい。レイヤー4の公開設定ともなれば例に漏れず賑わっている。現実ではありえないような高層建築が立ち並び、ハイウェイがその間を縫うように張り巡らされている。行き交う人々も雑多としか言いようのない姿かたちをして、空をとぶのも自由自在だ。

 私たちが居るロビーも、大きな円盤型の広場が何か不思議な力で高層建築の中間に浮いていた。

 レイヤー4の私はデフォルメされたピンクのクマちゃん。陽毬はレイヤー3から引き続きギャルの姿だ。

「エルさぁ……もうちょい大人っぽい格好にしな」

「えー?かわいくていいじゃん」

「向こうは20歳くらいらしいから、一緒にいて恥ずかしくないようにして差し上げろ」

「むぅ……」

 私はレイヤー1で使っているリアルの自分を元にしたアバターを、18歳の設定にして反映させた。服は年齢に合わせたプリセットから適当に選んだ。

 将来の姿だからそれはAIが予測した架空のものだけれど、心外ながら胸の成長が芳しくないようだったので盛った。

 見た目通り派手な格好好きの陽毬は少し不満そうだったけど、一応及第点のようだ。

「それにしても年齢公開してるの珍しいね?」

「ネットであえてリアルに近い活動をしているのが売り、なんだとか」

「へぇ……ちょっと興味あるかも」


「やあいらっしゃい。君たちが連絡をくれた二人だね」

 ドアを開けて迎えてくれたのは、金髪碧眼、人好きのする顔立ちのお兄さんだった。

 リアルの外見そのままなのかな?なんというか、顔が整いすぎていないからそう思った。レイヤー4でわざわざレイヤー1のアバターを使う人はあんまりいない。

 私たちをみて笑顔で握手を求めてきた。

「僕はマックス。ちょっと散らかってるけど、とりあえず入ってよ」

 握手に応じて自己紹介を終わらせると、私たちは中に案内された。

 部屋の中はちょっとした物置のようになっていた。

 壁の三方を棚が囲んでいて、そこにはぎっしりと何かのプラスチックケースが並べられている。

 真ん中にあるテーブルも飲みかけのカップとか雑誌が散乱してる。

 データ上の空間だからもっとコンパクトにできそうなものだけど、なんというか生活感のある部屋だった。

 レイヤー4の外から入ってくると、いきなりVRモードが切れたかのように錯覚してしまう。

「ここは僕らのリアルの部屋をトレースして再現してるんだ。僕らの方針でね。なんでもアリのレイヤー4であえてリアルを表現する。それってなんというか……ロックだろ?」

 自然なウインク。名前からして外国の方なのかもしれない。リアルタイム翻訳されているから、ここでの国境は本当に曖昧だ。

「よかったら色々見ていきなよ」

 言われる前から奥においてある楽器に私の胸は高鳴っていた。

「ドラムセットだ……」

「そいつは別のメンバーの担当さ。後から来るよ」

 私はさらにキョロキョロと周囲を見回して、棚に並んでいるものを指さした。

「あれはなんですか?」

「ああ、君は知らないのか。これはCDケースだね。中にCDっていうデータディスクが入ってて専用のプレイヤーにセットして音楽が聞けるんだ。レトロだけどなかなか味があっていいだろ?」

「触ってみてもいいですか?」

「もちろんさ」

 図書館にある本の一冊を取るように、CDケースの一つを取り出した。

 バンドメンバーのモノクロ写真だろうか。それぞれのメンバーが担当の楽器を前にこちらを睨みつけている。

 曲のタイトル、そしてバンドの名前。

「アルテミス……」

 私は思わずバンド名を口にした。

 ギターバンドの曲は供給が少ない。流行じゃない、つまり売れないものってそうなるみたい。

 だから私がそういう曲を追おうと思ったら当然過去の分を漁ることになる。

 私は私の中の知らない音楽をずっと探してきた。だから昔のバンドでも結構知ってる自信があった。

 けれどそれは初めて聞く名前だったのだ。

「良いチョイスだ。それは僕らがリスペクトしているバンドで……」

「あーっとそれは置いといて別のにしましょうか!」

 様子を伺っていた陽毬が突然、取り繕った笑顔で私からそのCDを奪うと元の場所に収めた。

「え?なんで?」

「いいからいいから、他のだったら全然見ていいから、ね?」

 明らかに焦っている様子。

「いやでも私それ聞いたこと無いし……」

 私はマックスさんと顔を見合わせて、陽毬の動揺に肩をすくめる。

 私が陽毬とCDを巡って押し問答していると、背後で入り口の扉が開かれた。

「お、この子らが例のお客さんか」

「ふぅん……なかなか可愛いじゃないか」

 入ってきたのはマックスさんと同い年くらいの男の人たちだ。

 マックスさんと同じようにレイヤー1と思しきリアルそのままっぽい外見をしている。どちらも体格のいいお兄さんだ。

 そのうちの一人が品定めするように私たちを頭から爪先まで見やると、怪しい笑顔を浮かべた。

「それじゃあ早速俺らの活動に付き合ってもらいますか」

「ああ、そうだね……」

 マックスさんも応じるようにクククと笑う。

 私はその時初めて、自分が今、少し危険な場所に居ることに気づいた。

 中身13歳の女子、隣にいるのはただの猫。

 そして唯一の出入り口を屈強な男の人二人が固めている……。

「あ、アハハ……」

 私は同調するように苦笑を浮かべた……。


「わぁー!」

「すごーい!」

 眼の前の大きなウィンドウに表示されているのは小学校低学年くらいの子どもたち。

 誰もがマックスさんたちの演奏を聞いて大はしゃぎしている。

 なんのことはない、チャリティーコンサートのための片付けとセッティングを少し手伝わされただけだった。

「ギターバンドの良さを少しでも広めたくてね。時折こうして子供相手に演奏してるんだ」

「めっちゃいい人!」

 ほんの少しでも疑った自分をなじってやりたい気分だった。

「他にも活動の一部を恵まれない子どもたちに寄付してる」

「めっっっちゃいい人!!!」

 過去にタイムスリップして自分の頭を叩いてやりたかった。

 っていうかネットなんだからすぐにログアウトしてブロックするなりいくらでも逃げる方法はある。

 出会うのも簡単なら距離を取るのも簡単な世界だ。

 私たちが見ている子どもたちのウィンドウはレイヤー1の表示。向こうにはマックスさんたちのリアルタイム映像が立体表示されている。それですらレイヤーを通している。

 レイヤー1は最低限度の補正だ。お化粧とか髪を染めたりとか、服装を自由にできる。

 現実とほとんど変わらないけれど、女性なんかはお化粧の時間を省略できたりするので、男の人とのジェンダーレス化で受け入れられてるって聞いたことがある。

 別にレイヤー1で何か問題があるの?って思うかもしれない。

 私が思うのはレイヤーがかかっている以上、自分が補正をかけていない保証がない、と言うことだ。

 例えば今みたいなコンサートの場合、完璧な音程を表現するために音声を加工することができる。

 振り付けがあるなら歌に合わせて録画したものを表示することもできる。

 私がアイドルになって歌って踊ったりしても、それがレイヤー1だったら実際に全てを私がやっている、という保証ができないのだ。

 事実、私自信がリアルタイムで歌って踊っていても、それは別人が演じているんだろうという意見に対して、私は違うと言うことはできるけどそれが嘘じゃないと証明することはできないんだ。

 理由如何を問わず、私たちはネットの世界でレイヤーなし……つまりはレイヤー0の映像を見ることはできない。

 こういう慈善活動ですら、アイドルが持つ表現の自由。つまりレイヤー0を表示する権利は許されない。

 ネットでレイヤー0を見ることができるというのは本当に特別なことなんだ。

 今はチャリティーコンサートを終えて、みんなでくつろいでいた。

「あの、皆さんの音楽、とっても良かったです」

 私は感動して、本当に有り体な感想だったけどどうしてもそう言いたかった。

 私が探してる音楽と一致はしてないけどすごく近い……なんだか懐かしい気持ちになった。

 マックスさんたちは謙遜しながらも受け入れてくれる。

 隣の陽毬が私を肘でつついてくる。早く目的を言えってことだろう。

「実は私、オリジナルソングが欲しくて、なんとかお願いできないかなって、それでここに来たんです」

 マックスさんたちは少しだけ戸惑ったように顔を見合わせた。

「ああそのなんだ……俺たちはリアルで集まれるメンバーで活動してるんだ」

「だから失礼でなければ、君たちの住んでいる場所を教えて欲しい」

「僕らはみんなアメリカのカリフォルニアに住んでいるんだけど……」

 私はすごくバツの悪い気分になった。

「あの……私は今、日本に住んでいて……」

 マックスさんたちはすごく残念そうだ。

「僕たちはリアルでの活動を大事にしたい。だからネットだけの関係ではチームは組めないし、チーム外のメンバーに無償で曲を提供するというのも難しい」

「これは僕らのルールというか……曲げられない信念のようなものなんだ」

「……理解してもらえるかな」

 私はすごく当たり前のことに今更打ちのめされていた。

 ネットでの出会いがリアルの出会いにつながる可能性はどれくらいなんだろう。

 リアルで会いたい人ができたとして、その人が同じ国、同じ地域である可能性はどれくらいなんだろう。

「……わかります。すごく」

 私も彼らと一緒だから。

 人と違うことをやろうとしてる。

 信念がなければできないことだ。

「本当にすまないね。まぁ偉そうに言ってるけど、これも僕らがリスペクトしている……アルテミスの受け売りなんだけどね」

 マックスさんはまたしても人好きのする笑顔でウィンクをしてみせた。

 私はもし自分がアメリカに住んでいたら、この人達と一緒に活動できていたのかなって少しだけ自惚れて、それが叶わなかったことに軽い失望を覚えたけれど、でも、笑ってこう言うことができた。

「皆さんのこと、これからも応援してます」

「ああ、君たちにも良い仲間が見つかることを願っているよ」


 私はその後、アバターの設定を実年齢に戻した。胸も戻した。

 なんというか、見栄を張ることが恥ずかしくなったからだ。

 それもマックスさんたちと出会って、私の中の言葉にならない想いが形になった気がしたからだ。

 それから私は、彼らの指針となったアルテミスというバンドのことを検索したのだが……

「あれ……?」

 検索には何も引っかからなかった。

 正確には元ネタであるところの神話の神様は出てくるけれど、肝心のバンドについては何も見つからなかった。

 そのことを陽毬に訪ねたらこう言われた。

「忘れな」

「な、なんで?」

「理由はまだ言えないけど、とにかくこのことは絶対秘密ね。特にパパとママには絶対、ぜ~ったいにバラさないこと。そうじゃないと私だけじゃなくてあんたも怒られるんだからね」

「え、ええ……?」

 自分でも知らないうちに危ない橋を渡ってしまったらしい。

 でも陽毬は、全面的に信頼した私の期待に答えようとした結果なのだろうし深くは追求できなかった。

 こうして腑に落ちないものを残して、私の協力者探しは振り出しに戻るのだった。





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