第1話 春、愛と情熱のアロハ(7)
バンが止まったのは、およそ似つかわしくない高級住宅街だった。
その一軒、中村ジェームズという表札の出た家に靖重は案内する。
「日本人……じゃないの?」
「日本人だ! きちんと帰化しとる! ま、元はアメリカ人だがね?」
「言葉は通じ、るん、だよね?」
「もちろんだ! さあ来なさい! 彼女に会わせよう!」
閑静なたたずまいの一軒家。
レンガとコンクリートが複雑に積み重なったようなつくりになっている。
「これは、モダニズム的ですね。ロイド・ライト風な」
「ほう! ご明察! 旧帝国ホテルからイメージを拝借したそうだ!」
靖重の説明に佐藤アンバーがしきりにうなずく。
インタフォンを鳴らして来訪をつげると、中から初老の女性がむかえでた。
「お話は聞いています。さあお入りになって」
上品に招き入れられ、直司たちは雁首そろえてそれにしたがう。
「わっ、すごいっ、素敵っ、やだ夢みたい」
せまい前庭をぬけて玄関をくぐると、大きなホールにでた。
藤野幸がはしゃいだ声をあげる。
「凄いだろう! 設計者はここに最も心血を注いだんだ! 予算の大部分をこのエントランスに費やしたそうだ!」
正面の幅広の階段から赤いじゅうたんが玄関口までまっすぐしかれている。
大理石をふんだんに用いた装飾、窓や柱は幾何学的直線で構成され、同系色でまとめられた色彩は柔らかい包容力をかもす。
「靴は履いたままで構わないわ。さあ客間へどうぞ」
靴の脱ぎ場所を探して居心地悪そうにしていた直司をくすりと笑って、女性は階段をのぼる。
通された部屋には、ガラス張りの大きな窓があった。
うわあ。
直司たちが歓声をあげた。
高台から見おろす市街。
ベランダに置かれたプランターに切り取られ、はるか遠景の市庁舎ビルが海の手前にそびえ立つ。
あきずにその光景をながめていると、
「お茶にしましょう。今日は若いお客様が多いから胸が弾んで仕方ないわ」
女主人は大きな樫のテーブルにティーセットを広げ、中央に揚げパンを乗せたバスケットをおいた。全員が席に着くまでにこやかに待ち、それから優雅に挨拶する。
「始めまして。当家の主人、中村・ジェームズ・シズコです」
これを受けて、手芸部員たちが立ち上がる。
「辻亮治。県立常盤追分高等学校一年生です」
「同じく、藤野幸です。よろしくー、です」
「沖浦す」
「三年生、手芸部長、佐藤アンバーです。本日はお時間都合いただき、感謝しています」
「ああ、えっと、明星直司です」
直司も及び腰ながら、周りに合わせて頭をさげる。
「来る前にも言ったが、中村ジェームズさんは国内でも指折りのアロハコレクターだ。うちのブランドのお得意さまでもある」
「BRIGHT☆STARさんにはいい物をたくさん提供していただいて、毎年カタログが届くのを楽しみにしているんですよ。さあさあ皆さんお座りになって」
女主人はポットを片手に客たちのカップを満たしてまわる。
「お菓子もご自由にどうぞ。アンダギというの。沖縄の揚げ菓子がハワイイに伝わったものなのよ」
「サーターアンダーギーですね?」
「おいしい! これって手作りですか?」
シンプルなお茶うけ。
ひとかけちぎって口に入れると、こっくりと上品な甘みが広がる。
「あちらは日本と結びつきの多い土地だから。お饅頭やお餅なども一般的なお菓子として伝わっているのよ」
「お餅! どんな風に食べるんですか?」
「普通に。日本人と同じように。羽二重餅って知ってるかしら?」
年齢はいくつぐらいだろうか。
頬やあごに刻まれた皺は深いが、はっきりとした目元とよく動く瞳が、年齢を感じさせない。
茶会は女主人の導きで、ほがらかに進み、それでいて大仰には盛りあがらなかった。
ひとしきりお互いの身の上話などを終えると、シズコはかしこまって一同をみた。
「それで、私のコレクションを譲ってほしいという話でしたっけ? その理由を、どうぞ聞かせてくださる?」
手芸部員たちは各々の顔を見あわせ、それから直司に視線をふりむけた。
靖重とシズコも、彼らにならう。
「ん、」
直司はせきばらいで喉のつっかえをちらし、
「そのアロハは、彼女のお祖父さんとお祖母さんの、思い出そのものだったんです」