第1話 春、愛と情熱のアロハ(6)
「まだか、あの野郎は」
「まったく、あのまま問いつめればとっくに聞きだせていただろうに」
「うーん、それはどうかなあ、思いかえすと、私たちかなり強引だったよ」
「うむ、拙速に過ぎたな。依頼者ならば話すのが当然思ったがゆえに、余裕がなくなっていた」
手芸部員四名は、被服室で床にすえつけの卓を囲みながら思い思いの姿勢をとっていた。
準備室のドアが開く。
「じゃあ、お願いします」
高峰枝実利は直司にふかぶかと頭をさげ、それから佐藤アンバーたちに会釈して教室を出ていった。
「それで、理由は聞けたのだろうな」
「てめえ、これで無駄だったなんつったら、ひでえぞ」
「亮ちゃん将ちゃん、だまってて。明星君、話、聞けたんだよね?」
詰め寄る三人を押しとどめ、佐藤アンバーが直司にむきあう。
「高峰の様子を見ればわかる。首尾は上々と見ていいのかい?」
「その前に一つ。彼女の学業の成績をお聞きしてもいいですか?」
「唐突だなあ……。悪くはない、と思う。私もよくは知らないが、理系科目で高い点数を取っていたのを目にした覚えがある。女子で、しかも文系クラスで理系に秀でていて、残りの科目が悪い理由は思いつかない」
「それは最近の話ですか?」
「二年の期末試験だ。まだ一月しか経っていないが?」
「どうしてそんなことが気になるの?」
「ええっと、ですね。それを説明するのは——」
直司が思案していると、ズボンのバックポケットで携帯電話が着信する。通信相手は、靖重だった。
「はい、僕だけど? うん、まだ学校だけど……来てる? どこに? え、校門前?」
「さあみんな乗りたまえ! 乗り心地は保障しないが、貴重な経験はできると約束するよ!」
校門前には、錆だらけのバンが待っていた。
「おっとっと、ワーゲンバスじゃないか」
「わ、かわいい。これ一度乗ってみたかったんだー」
明星家のマイカーに、女子二名がはしゃいだ。
「アイドリングなのにエンジンの回転が安定している。よく整備されてるな」
「ホイールのメッキも剥離していない。一見無造作に見えるが、十分に計算されてドレスアップしているな」
他男子二名も、熱っぽい視線で全体をためつすがめつしている。
マリンブルーの塗りムラだらけ車体、サイドドアにも手書きの英文が書きなぐられている。
それがDEEP PURPLEとかいう古臭いロックバンドの曲の歌詞と知っている直司だが、靖重が調子に乗ってまたぞろどうでもいいウンチクやらを披露されると面倒なのでだまっておいた。
が、靖重に急かされて車に乗り込むとき、
「おお、HIGHWAY STARか」
沖浦将が見つけて感心し、直司はがっかり肩をおとした。
「皆席についたかね? シートベルトは? ——OK、出発だ!」
発進すると、途端に車内はやかましくなる。
回転数を上げたエンジン音、ヘタッたサスが地面の凹凸をこまめにひろっては底を打つ音、軋む老朽化したシャシー。
「たしかに、これは、貴重な、経験です!」
辻亮治がゆれと騒音に負けじとさけぶ。
直司は人知れず赤面したかんばせを、両のたなごころで隠した。
「昨日君らが帰った後、知り合いの蒐集家に当たってみたんだ!」
靖重が運後部座席へ声をはりあげる。
助手席の直司は、運転席側の耳だけふさぐ。
「そうしたら幸運にも何人かが似たようなのが手元にあると言ってね! そのうち一人が、どうやら同じものを持っていると!」
おお、と歓声があがる。
「そこに今から案内しよう! 説得できるかどうかは君ら次第だ! おっと、あまり礼儀を失しないでくれたまえ! なにせその人は、うちのお得意様だからな!」
「ありがとうございます! 了解しました!」
辻亮治が返事をし、それきり誰も喋らなくなる。
大きな声をだすのは大変だし、聞いている側もゆかいではない。
尻にかたいスプリングを感じながら、直司はサイドミラーに写る藤野幸を見つめていた。
沖浦将がなにか耳打ちし、藤野幸はくすぐったそうに笑った。
胸の奥が、ちくちくした。