第1話 春、愛と情熱のアロハ(5)
佐藤アンバーのクラスメイト、三年G組出席番号11番、高峰枝実利はおしだまったままじっと座っていた。
「なぜそのシャツと同じ物を探しているんですか?」
高峰枝実利はしたくちびるをかみながらうつむいている。
「その理由がなんであるか、それが判らない事には協力できないんです。したくないんじゃなくて、出来ない」
翌日の放課後、3のG教室。
人影がまばらに残る中、手芸部の面々と直司は彼女をとりかこんでいる。
「アンタが持ちかけてきた話だ。理由ぐらい知らせるのが筋だろう」
——なんか苛めてるみたいで、いたたまれないな。
高峰枝実利が小柄なのでよけいにそう感じるのだが、それは直司だけのようで、他の者は高峰枝実利にぐいぐい詰め寄っている。
だけど、押せば押すほど彼女の口はかたく閉ざされてゆくようで、そのかたくなさがよけいに手芸部員たちを前のめりにさせていた。
「……もう、いいんです」
やっと聞けた声は、かれた拒絶の言葉であった。
佐藤アンバーがため息をつく。
「なあ高峰、私も君の力になりたいと思っているんだ」
「自分たちもです。アンバー先輩には普段からお世話になっています。その頼みとあらば、全力でのぞみたいと思っています」
「そうですよ。いい加減な気持ちでたずねてるんじゃないんです」
「さっさと言ってくれ。俺たちもヒマじゃない」
直司は内心頭をかかえていた。
理由を聞けば問題が解決すると思ったわけじゃないが、なにか前進のとば口になればと思ったのだ。
とりあえずいきあたりばったりに出した一言が、罪もない女生徒をこんなにおいつめている。
四人はまだ高峰枝実利を問いつめている。
高峰枝実利は彼らにかこまれ、身をちぢめている。
直司は立ちあがった。
「みんな、そこまでにしましょう。こんなやり方は、誰のためにもなりません」
高峰枝実利が顔をあげた。
「部室をお借りしていいですか? 僕が一人できいてみます」
被服準備室・兼手芸部部室。
高峰枝実利はだんまりをきめこんだままだ。
「お茶をどうぞ。上手く入れられたか、自信ないですけど」
直司が紅茶を二人分いれる。
林檎の甘酸っぱい香りが広がった。
「僕もきのう初めてここに来たんで、実はちょっと落ちつかないんですけど、でもこの紅茶は美味しかったですよ。お茶っ葉勝手にもらっちゃったけど、いいですよね」
高峰枝実利が直司をちらりと見あげた。
「何も、きかないんですか?」
「言いにくい事なんでしょう? なら、言わなくていいと思います」
高峰枝実利はためらい、
「でも、それであの人たちが、納得するとは思えない」
言葉に険があった。
大人数で押しかけたことで、気持ちを害したようだ。
「すみません、理由を聞いてみようって言ったの、実は僕なんです」
直司は先んじて謝った。
それから、昨日あった出来事、ここでの会話や父の店でのやりとり、そこで行きづまってしまい、物事を根本から見直してみようという意味で、高峰枝実利に話を聞こうと提案したことを話す。
「しばらくここにいて、やっぱりダメだったって伝えます。僕の聞きかたが悪かったから、気分を害しちゃったみたいだって言えば、みんなもそんなに強引に聞こうとしなくなるって思います」
まあ、あのまま被服室にいるよりはましかなあって、人目もあったし。
口の中でつぶやいて、直司は紅茶を一口なめた。
「美味しいけど、お茶だけじゃ寂しいですね。クッキーでもあればよかったんですけど。あ、そうだ、ぷっちょとハイチュウだったらありますよ? 食べます?」
そういって鞄をさぐりだす直司のぎこちなさに、高峰枝実利がふきだした。
照れ笑いをする直司をほほえましく見つめながらカップに口をつけ、それから口を開いた。
「——……お祖父ちゃんのため、なんです」