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Days 〜県立常盤追分高校手芸部〜  作者: ハシバミの花
第1話 春、愛と情熱のアロハ
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第1話 春、愛と情熱のアロハ(3)

 セレクトショップ“BRIGHT☆STAR”には、衣料販売店以外にもう一つの顔がある。

 アパレルブランドだ。

 “BRIGHT☆STAR”ブランドが現在力を入れているのは、ボタンシャツ。

 そして夏を待つ今の季節、活発に取引される商品の一つが、アロハシャツである。

 さて、“BRIGHT☆STAR”からは毎年多くのアロハデザインがリリースされている。

 そのほとんどが過去の人気作のリメイクである。

 それはオーナーである明星靖重のポリシーで、

「定番の反復があればこそ、意味ある新しさが生まれる」

という言葉の体現でもあった。

 公言するだけあって、彼のスタンダードに対するこだわりは並々ならぬものがあった。

「……って言うご大層な前置きのわりに、冴えない店構えだな」

 店を前にして、佐藤アンバーが正直な感想をもらした。

「……ですよね」

 直司もため息混じりに肯定する。

「おっとすまん。なに、店のよしあしはあつかう商品の中身だ。外観で決めるものじゃないさ!」

 直司もつねづねそう思っていたので、佐藤アンバーのフォローはよけいにそらぞらしい。

 たしかに、狭い通りに面したテナントビルの二階にある“BRIGHT☆STAR”店舗は、じっくりと見れば見るほどくすんだ外観だった。

 だが件数が異常に多くやけに評価の高い口コミは、それがまちがいであることも示している。

「ねえ、本当に父さんにききにいくの?」

 この期におよんでしりごみする直司の背を、

「無論」

「当然」

「Here we go!」

 三人組の変に高いテンションに後押しされ、木製の樽などがディスプレイされたアプローチをイヤイヤのぼって手芸部員たちを先導する。

 実のところ、直司自身も父親には多少の用事があって、この来訪はある意味願ったりかなったりなはずなのだが——あまり楽しい類の話ではないのが、気の重いところだ。

 両開きのドアを抜けると、衣服の匂いがむせかえる。

「いらっしゃいませー」

「あの、お久しぶりです、直司です。父は、店にいますか?」

「やあ……珍しいね、こちらに来るなんて。何年ぶりだっけ?」

 店長の高月が、微妙な表情で直司を迎えた。

「その、父は……」

 ばつが悪そうに、直司が重ねてたずねる。

「ああうん、奥にいるよ? どうしたの? 後ろは友達かい?」

 ごまかすようにあいそ笑いをうかべ、直司は手芸部一同を引きつれて店の奥へ。

 数年ぶりに会う高月は、以前の精悍な印象はやや鈍り、少し太って見えた。

——アンタッチャブルの山崎に似てきたな。

 高月が泣いちゃわないように、そんな感想はお口チャック。

 独身34歳フリーター彼女無し。

 人生で一番ナイーブな年頃だ。

 オーナー明星靖重は、倉庫の一番奥にいた。

 薄暗い中卓上ライトで作業をしている。

「なんだ、配送がもうきたのか?」

 顔をあげ、直司の顔を見つけると、ひょいと眉をあげた。

「わっはっは! ついにその気になったか! いや良いんだ! わかっとーる! お前がこちらの世界に歩み寄りたいと思っていたのは気づいとった!」

 立ちあがりながら大笑い。

 ズカズカと歩みよって直司の肩をばっしんばっしん叩き、

「わかっとる! お前のサイズはわかっとる! チェスト32・ウエスト28・ヒップ30だ! さあどれがいい? カウボーイか? それとも鉄道員スタイルか?」

 言うなりその辺の衣装ラックに手をつっこみ、デニムのカバーオールを引きずりだす。

 息子の言葉なんて聞きゃしない。

「さあこいつを着てみろ! 黄金の1930年代にタイムスリップできるぞ! お前もトレイルブレイザーたちの夢を見れるのだ!」

——いや、時間旅行なんてしないしそんな得体の知れない夢見たくないから、そうじゃなくて、ちょっと話を。

 押しつけられたボロっちいそいつを拒否し、直司はなんとか用件をきりだそうとしたが、

「ヘッドライトじゃないですか! しかも本物だ!」

「パンクもねーし色落ちも控えめ、かなり状態が良いな」

「わー、こんなの雑誌でしか見たことないよー」

 同伴の三名がエキサイトする。

 聞けば、二〇万近い値がついてもおかしくない貴重品らしい。

 ただの汚いハーフコートにしか見えない直司の方が変なのだろうかと思いきや、佐藤アンバーも当惑気味に肩をすくめていた。

 やっぱり世間的にはただのボロ布なのだ。

「ねえ父さん、そうじゃなくて、」

「仕入れに行ったさいに立ちよったカナダのログハウスで奇跡的に見つけてな! ほとんどの物はカビて腐って売り物にならなかったが、それでもいくらか掘りだし物はあった! このダンガリーシャツなんかもそうだ! まだまだあるぞ! これなぞどうだ!」

「501ですね! 赤タグ……なのに刺繍がついてない。70年代のものかと思いますが」

「デッドストックか。染みもないような上物が山積みに。良くこんなの見つけましたね」

「これ可愛いねー、シルクのドレスシャツとシルバー素材のヒールとかー、ハリウッドっぽい合わせ方してみませんか? アンバー先輩だったら超似合っちゃいますよー」

「……なあ。君ら、用件を忘れとりゃせんか?」

 あ。

 間の抜けた声が上がって、それぞれが我にかえる。

 そんな彼らを尻目に、直司はこの一月というものぜんぜん家に帰ってこない父親に、とても大切なことを伝えた。

「ねえ父さん。母さんから離婚届が送られてきたよ」

「まだ愛しているんだ!」

 当人も認める放蕩者、明星靖重は、きわめて往生際の悪い叫びをあげた。

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