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Days 〜県立常盤追分高校手芸部〜  作者: ハシバミの花
第3話 初夏、反抗とプライドのエナメルシューズ
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第3話 初夏、反抗とプライドのエナメルシューズ(12)

今回で最終回になります。

 薄いピンクのセミロングスカートが、風をはらんでフワリと広がった。

 ツインテールが、少し重くその動きをなぞる。

 少しばらけた髪のかかった耳元には、涙滴型のヒスイがさがっている。

 深い緑が、ほんのり上気した頬のアクセントとなって、ためらいがちな彼女の表情を印象的にしていた。

「莢音……」

 むきだしの肩をおおうのは、少し色の濃いショール。

 丸襟のシャツはスカートに色を合わせ、胸元にはシンプルなエメラルド色のネックレス。

 ウエストをタイトにみせ、腰から下はこまめなドレープが広がっている。

 足元は、上品なピンクのエナメルパンプス。

 直司が土手をのぼってくる。

「ああ……」

 こっちに気づいた辻亮治と沖浦将、佐藤アンバーが息をもらした。

「お化粧、してるんだね」

 直司がやさしく語りかける。

「……ユキさんに、やってもらった」

 唇をとんがらせ、莢音はふいっと目をそらす。

 頬の温度がじりじりあがる。

 そんな莢音の背後で、藤野幸が激しく手をこまねいている。

 明星君! カモンカモーン! 感想カモーン! のアッピールにちがいあるまい。

「見ちがえた」

 直司が言う。

「すごく可愛いよ」

 莢音の顔が真っ赤に染まる。

 頭頂部の分け目までピンクに色づく。

「すごいでしょ! イメージはぁ、今日食べた桃のジェラート! いやん素敵! サヤネちゃん超キュート!」

「イヤリングのヒスイは、彼女の瞳の色に合わせたのか。ふむ、さすが幸だ。梅雨の晴れ間の薄桃色が実に目にあざやかでいい」

「虎の子のストラップシューズを出したか。張りこんだな、幸。そいつによく似合ってる」

 辻亮治と沖浦将が、口々に賛辞をもらす。

「ふうむ、素材は悪くないと思っていたが、これはこれは!」

 佐藤アンバーも、

「活動的な中に秘めたる可憐さを見事に引きだしている! さすが幸! 女性ならではの感性だな!」

 そう絶賛した。

 こうして、昨日藤野幸がふんだ地雷は、無事撤去された。

 だがここで、直司が別の地雷を起爆する。

「うん、とてもよく似合ってる。二人とも」

 えもいわれぬ沈黙が降りた。

 それはまるで、怒涛の前のように不気味な静けさだった。

「二人、とも?」

 莢音がゆっくりと直司をみた。

 直司は、二人を交互に見ていた。

 サヤネと、そして、藤野幸を。

 5:5、いや、6:4ぐらいで、藤野幸を多めに見ていた。

 そう、藤野幸もまた装いを新たにしていた。

 青紫色のワンピースにショール、サファイアのイヤリングにネックレス、足元は真っ青なエナメルのクロスサンダル。

 莢音と色違いのおそろい風で、立っていた。

「どっちかってと、お前はじゃまだけどな」

「全く、興をそぐな」

「ぎゃ! ひどいよ二人とも!」

 幼馴染二人にきびしくされ、藤野幸が文句をいう。

「そんなことないよ! 学校とは違った感じで、なにか、新鮮って言うか……」

 フォローする直司は、恋する乙女のような恥じらいをふくんでいる。男だが。

「おいおい妬けるな明星! この私というものがありながらよその女に見とれて! お前と私は熱ぅーいベーゼを交わしあった仲だというのに!」

 佐藤アンバーがドカーンとわりこむ。

「か、交わしてません! 強引にうばわれただけです!」

「……ベーゼ? ベーゼって、何?」

「な、なんでもないなんでもない! ないないない!」

「サヤネちゃん、それはね、……子供が見ちゃいけないものなんだよっ」

 藤野幸が真っ赤になった。

「な、何?何なの?お兄ちゃんは、そんな、子供が見ちゃいけないことを、その人と……………………………!!!!!!!」

「ああ……それは事実だ」

「残念ながら……まじで心底ゆるしがたいがな」

「ちがう! 僕はそんなことしていない! 少なくとも自ら望んではしていない! 本当なんだよ! 信じてよ! みんな! 藤野さん! 沖浦君辻君! 莢音! お願いです佐藤先輩! みんなの誤解をといてください!」

 話がおかしな方向に傾いている。

 転がった先には、破滅の穴がぽっかりと開いていて、それは舌なめずりして直司を待っている。

「ふう、仕方ないなあ明星。わかったよ。お前の頼みとあらば、誤解ぐらいいくらでも解いてやるさ」

「先輩……」

 満額の返事がもらえたにもかかわらず、直司の心は悪い予感で一杯だった。

 そしてそいつはもちろん、的中した。

「私と明星が交わした熱いキスは人前に出せないような恥ずべきものではない!」

「そっちですかー!」

 直司は初夏の空に猛烈につっこんだ。

「お……………………ッ!」

 莢音の目になにかがみなぎっている。

 殺意的な、なんていうか、殺したい、的な、なにかが。

「……兄ちゃんのッ……………!」

 そしてフルスイングのジャストミート。

「ぶわかあああああああああああああ!」

 直司の人生史上初ぐらいの、すごい炸裂音だった。



 お兄ちゃん、私来週誕生日だから。

 十四歳になるから。

 お誕生日忘れたら絶交だかんね。

 あと、苗字ももう変わって古西莢音なんだから。

 戸籍上はもう兄妹じゃないんだからね。


 莢音はそう言って電車に乗った。

 直司は静かに妹を見送った。

 電車の影が見えなくなるまで、ずっと。

「お兄さんの顔してたね、明星君」

 藤野幸はそういった。

「ああ、悪くない顔だった」

 と辻亮治。

「全く、最高のビンタだった」

 これは沖浦将。

 佐藤アンバーはずっと笑っていた。

 思い出すたびひくひく痙攣し、呼吸困難になるまで笑っていた。



 最後に全員で写った画像は、その日電車を待つホームで撮ったものだ。

 横長の画面。

 真ん中にぶすったれた莢音と、頬にでっかい手形をはりつけた直司。

 直司と反対側、莢音とペアルックで手をくむ満面の笑みの藤野幸。

 莢音の後ろに立つ、笑いを必死でこらえている沖浦将と辻亮治。

 のけぞって笑ったせいで顔の一部が見切れてしまった佐藤アンバー。

 その撮影データは、6人全員のスマホに収まっている。

 この日の出会いを、記念するものとして。


     おしまい

以上、お付き合いありがとうございました。

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