第3話 初夏、反抗とプライドのエナメルシューズ(11)
酔っ払いだらけの草野球。
千鳥足での点数計算、酩酊まみれの攻撃に多幸感漬けの守備、試合は124対149というバスケもびっくりの点取り合戦になっていった。
同点でもないというのによく見りゃ11回の表とか、そういういい加減さ。
そんな中、直司のスマホに通知がはいった。
発信者は莢音、件名なし添付画像なしのそっけなさ。
本文にいたってはこうだ。
『土手、見て』
直司は土手を見あげた。
そこに二人の少女がならんでいた。
「フリルドレスなんてどうかなあ、それとも長めのカーディガン? あ! にゃんこ柄のプリントワンピはこの春最大のおススメだよ!」
洋服だらけの四畳半にさらに衣装をぶちまけ、藤野幸はのりにのっていた。
「足元はエナメルのシューズなんてどうかな! 普通は黒とかだけどここはあえて赤! いやいや白! だとすると麦わら帽なんかも合わせたいんだけど、まだ早いかなあー♪」
異様な部屋、と言っていいかもしれない。
ドアをぬけて左右のに壁は端から端までポールが通してあり、そのうえは棚になっている。
壁は全面白塗りで、ドアを閉じるとそこはでっかい鏡になっていた。
「何ここ、まるででっかいウォークインクローゼット」
「おお! 判る?! まさしくそれをイメージしたんだよおー! いやーさすが明星君の妹さんだねー♪」
せまい四畳半、ここにはなにかがみなぎっている。
藤野幸の妄念的ななにかが。
普通ならドン引きだ。背筋がうすら寒くなってもいいはずの光景だ。
なのに、莢音はどこか安心している自分を感じていた。
生地とシューズと防虫剤の薫り、そうだ、ここは、明星家と同じ匂いがするのだ。
それに気づくやいなや、また例の反発心が梅雨前線のごとく発達する。
「服とか外見ばっかかざる人って、なにかまちがってるって、思わないんですか?」
「サヤネちゃんは、誰かふりむかせたい人とかいないの?」
質問を質問でかえされて、莢音はとまどう。
「ちゃんと私の言葉に答えてくださいっ、連れてきたの、あなたでしょ!」
うんうん。
藤野幸はうなずいた。
「花って、綺麗だよね」
「……はい?」
「夏の緑は目にまぶしくて、紅葉も沁みるようなよさがあるし、枯れた落ち葉並木も、私は好きなんだ」
藤野幸がまっすぐに莢音をみた。
「着かざるって、そういうことだと思う。自分の生き方を周囲にアピールすることだと思う。知って欲しい人たちに、目を止めてもらうことだと思う。ヘアセットも服のコーディネートもお化粧も、それが花びらのようなものだって思うの。私という花を見てもらうための、ありったけの力で広げた花びら」
莢音が息を飲む。
これまで服で身をかざることを、そんなふうに考えた事がなかった。
己の欠点をおおいかくす、ありていに言えば、ずるいことだと思っていた。
格好ばかり気にする人間を、軽蔑すらしていた。
この二日でいくらか揺さぶられはしたものの、その根幹はゆらいでいない。
いや、ゆらいではなかった。
「じゃあ今度は私の番」
藤野幸が聞いてくる。
それは悪魔の誘惑だ。
「サヤネちゃんは、ふりむいて欲しい人、いる?」
莢音は躊躇し、逡巡し、さんざん身を揉み、
そして言った。
「……………………お兄ちゃん」