第3話 初夏、反抗とプライドのエナメルシューズ(9)
「せっかくこうやって集まったんだ、仲良くウィンドウショッピングでもしゃれこもうじゃないか。どうだい明星? 妹さんも、時間はあるかい?」
ここは自分に持たせてくれと強引におしきった佐藤アンバーが、会計を済ませて店を出るなり提案する。
「僕はかまいませんが。莢音は?」
「……別に、お兄ちゃんがいいんだったらかまわないけど」
莢音は本来人見知りの激しいたちで、本音を言うと一刻も早く兄と二人っきりになりたいのだが、朴念仁な直司がそれに気づこうはずがない。
「……私、やだ」
ここまで謝罪の言葉以外、全く口をひらかなかった藤野幸が、
「このままじゃやだ。私はサヤネちゃんに知ってもらいたい。着かざることの楽しさとか、服自体の可愛さとか、そういうことを知ってもらいたい。その上で、謝りたい。きちんとそうしたい」
かたくなな口調で言った。
「お願いサヤネちゃん、私にチャンスをちょうだい。一度だけ、サヤネちゃんが服を好きになるチャンスを」
そして莢音の手をとる。
「え? 、あの、お兄ちゃん?!」
「——藤野さん、」
「すまん明星、幸の好きにさせてやってくれないか?」
たのみこんだのは辻亮治。
「わりい、あいつがあんな感じになると、もう誰も止められないんだ」
沖浦将も、おがむように直司をみる。
「——うん、判った。じゃあ莢音、ちょっとお世話になりなよ。粗相のないようにね。藤野さん、妹をよろしくお願いします」
「うん!」
藤野幸が、莢音を強引に牽引してゆく。
「あわ、っちょっちょっと待ってよ! 待ってってばあ! お兄ちゃあん! もおー!」
莢音が非難の声をあげる。
その様子はなんとなくレッカー移動を思わせた。
またはある晴れた昼下がりの市場へゆくみちをドナドナとか。
「なあ、それで私らは何をしてりゃいいんだい?」
とりのこされて、佐藤アンバーがきいた。
「野球とか、どうっすか?」
沖浦将が答えた。
「さあ入って。ここが私のお家だよ」
「ここって……」
莢音はでっかい煙突を見上げた。そこにはごんぶとの字でこうあった。
〈富士の湯〉
純和風の建物はのれんの反対っかわで別の建物と合体していた。
銭湯からは裏手になるそこはなにかのスポーツ施設で、サビサビのトタン壁にカピカピに綻びたペンキでこう書いてあった。
〈ラッキー拳闘クラブ〉