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Days 〜県立常盤追分高校手芸部〜  作者: ハシバミの花
第3話 初夏、反抗とプライドのエナメルシューズ
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第3話 初夏、反抗とプライドのエナメルシューズ(8)

「まず最初に、明星の妹に謝罪しておこう。先日は失礼をした」

 注文がすむと、やおら佐藤アンバーが立ちあがって神妙に頭をさげた。

 辻亮治と沖浦将もそれにならう。

「ほら、ゆっきーも」

 藤野幸がのろのろと立ち、緩慢におじぎした。

「昨日は、ごめんな、さい、うかつなこと、言いました」

 心ここにあらずといったていだ。

「あ、いえ、いいえ、こっちも……」

 莢音はおろおろと腰のさだまらぬ礼をかえす。

「すまないな。幸を許してやってくれ。機転のきくほうじゃないから、つい失言なんかをしてしまう。さしでがましいとは思うが、こちらも長いつきあいなんだ」

 辻亮治がもう一度頭をさげた。

 辛気臭い空気がおりる。

 どうにも形容しがたいいたたまれなさ。

「あの……」

「私は別に……」

 莢音と藤野幸が同時に話しをはじめ、そしてまた気まずげにだまりこむ。

「ええと、ちょっと僕からいいかな」

 直しが、おそるおそる言葉を発する。

「頼む」

 辻亮治もうながした。

「莢音は、ちょっと父とうまくいっていないんです。莢音だけじゃなくって、兄と姉、そして僕自身も、父の仕事には、多かれ少なかれ不満を持ってました。先月みんなで生地を買いに行ったときも話したと思うけど、月に一度あるかないかのファミレスでの食事だけが唯一の贅沢、そんな時期もあった」

 莢音は身をちぢめている。

 これはいわば恥辱の記憶だ。

 おいそれと人に言える話ではない。

「莢音が父をゆるせないのも当然で、僕自身もいまだわだかまりを持ってる。だけど、最近になってそれが、少し軽くなった」

 黙考していた皆の顔があがる。

「入学式当日に、ここのみんなが手芸部に誘ってくれた。実はあの日父の店に行ったのって、5年ぶりだったんだ」

「もしかして、迷惑だった……?」

「ううん、ちっとも。それどころか、新鮮だった。みんながあんなに父さんを尊敬してて、父を誇らしく思えたのは、一体どれぐらいぶりだったんだろうって思ったぐらい」

 直司はたんたんとしている。

 だが、それだけにそこにいたるまでの苦悩がよけいに強く感じられた。

「みんな、服が好きなんだなあって思った。服にそこまでの意味を見出すことが、僕や莢音にはできなかったけれど、みんなを見て、父が裸の王様じゃないってことが、ようやく確信できた」

「上手いことを言う」

 佐藤アンバーがあいのてを入れて、みんなの顔にほっくり笑みがわく。

「莢音にも知って欲しい。佐藤先輩や辻君、沖浦君、それに藤野さん。みんなの服に対する思いは、僕ら他人がそう簡単にないがしろにしていいものじゃないってことを」

 莢音はまだ不満そうにしていたものの、さすがにこれ以上怒ってはいられないと観念したのか、

「……わかった、努力は、する……」

 ふくれっ面のまま言った。

 しばらくして、料理が運ばれてきた。

 トマトの赤、ズッキーニの緑に白いんげん、そして黄金色のパスタ。

 イタリアンらしい、食材の色鮮やかな品々だ。

「トマトはイタリアから取り寄せたサンマルツァーノ種を使用しております。煮込むとコクがあって、男性の方にも喜ばれるんですよ。こちらの細いパスタはカッペリーニ、細さと滑らかさから、天使の髪の意味でよく知られています。パンはおかわり自由です。皆様お若いので多めにお持ちしておりますが、追加が必要でしたらご遠慮なくお言いつけくださいませ」

 丸縁メガネをかけた中性的な装いの店員が、丁寧にてきぱきと料理をならべる。

 わあ、と莢音が無邪気な歓声を上げた。

「あのー、デザートの内容を聞きたいんですけど」

 先ほどメニューを確認したが、『デザート付 選べます』としか書いてなかった。

「桃のジェラートはありますか?」

「桃は、季節がもう少し先になるので……」

 店員が申し訳なさそうにする。

「そうですか……」

 直司が目をやると、莢音はあからさまにがっかりした顔をしていた。本気で楽しみにしていたらしい、直司は残念に思ったが、こればかりはどうしようもない。

「冷凍のが、残ってるはずだ」

 沖浦将が言った。

「それ、使ってください。あと桃のジャムも」

「——よろしいのですか? ちいか様に……」

「いいです。あいつには言っておくから」

 店員の言葉をさえぎって、沖浦将はぶっきらぼうに言った。

 藤野幸がはっと沖浦将をみた。

 辻亮治がわずかに眉根をよせた。

 彼らの変化を、直司は敏感によみとる。

「ねえ、今の、どういうこと?」

 莢音が沖浦将に問う。

「俺のデザート用に取ってあったんだよ。お前食いたそうにしてたから、やる」

「あんたの? 桃とか食べるんだ」

「……わりいかよ」

「別に。じゃあ遠慮なくもらうから」

「ああ、好きにしろ」

「申しわけないとか、ぜんぜん思わないから。一切。まったく」

「——好きにしろっつってんだろ」

 どうやら相手が自分に屈服したと思ったらしい。

 莢音はふふんと生意気にあごをもちあげた。

 くくっ、と笑い声がもれた。藤野幸と、そしてなんと辻亮治だ。

 二人とも肩をゆすって笑っていた。

 笑っちゃいけないところなのに笑いをこらえられない、授業中にたまらないジョークでも聞いたような、なんともいえないふくみ笑いだった。

 沖浦将が顔を真っ赤にして歯を食いしばっている。

 桃が好きなのがばれて、恥ずかしかったのだろうか。

 直司はそんな見当ちがいをした。

 料理はどれも絶品だった。

 味オンチの直司ですら美味だと思うのだから、素晴らしくないわけがないだろう。

 いい料理は食べるものの口を滑らかにする。

「お兄ちゃん、この野菜煮込み、美味しい!」

「カポナータだ。味付けはトマトとオリーブオイル、塩コショウのみ。素材がいいと、こういう上品な味になる」

「お兄ちゃん、このスパゲッティ、美味しいね!」

「アサリはギリギリ旬だからな。殻を直につかんで手で食え。そうするのが一番美味い」

 莢音がはしゃいだ声をあげている。

 解説は沖浦将、話だけ聞いているとまるでこの二人が兄妹に思えてくる。

 佐藤アンバーも舌つづみをうち、上気したようすでつぶやく。

「最高のランチだ。こうなると上等なワインが欲しくなるのだが」

「「絶対にダメです」」

 直司と辻亮治がみごとにハモる。

 藤野幸がすこし笑った。

 デザートの桃のジェラートもまた素晴らしかった。

 莢音は直司の分までぺろりとたいらげた。

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