第3話 初夏、反抗とプライドのエナメルシューズ(7)
その店は、閑静な住宅街の角にあった。
真新しい建て売りの一角、大きなガラスの明るい雰囲気の装いをしていた。
店の前で逡巡していると、辻亮治から携帯に連絡が入る。
『こっちは一足先に入店している。お前の名前で予約を取ってあるから、そのまま中に入るといい』
店内にはすでに四人ともが顔をそろえていた。
一礼して、直司と莢音も席につく。
内装は煉瓦タイルを散らした壁と、茶系色の落ちついた調度品でそろえられている。
壁にはダ・ヴィンチの素描がかけられライトアップもこっていて、柔らかな中に軽やかな緊張感をもたらしている。
「すごく、おしゃれなお店だね」
あまりに普通な直司の感想だった。
「ああ。ここのオーナーはやり手でな。デザインに統一感があり、全体が非常にセンス良くまとめられていると思わないか?」
わけしり顔の辻亮治。
どんな育ち方をすればこんな高校一年生になるのだろう。
「うん、そうだね……こういうお店って、高いんじゃない?」
そこはかとない高級感に、そこはかとなくおよびごしの直司。
「そうでもない。ここは知人の店でな。いろいろ融通も利く」
うすい笑いを浮かべる辻亮治。
その横で、沖浦将が思いっきり渋面を作っている。
よほどこの集まりが不本意なのか、かつてなく不機嫌だ。
「そうなんだ……ははは」
なんとなくつっこみづらいものを感じて、直司は笑ってお茶をにごした。
「さて、まずは注文を済ませてしまおう。ランチタイムのセットは三種類。お勧めはBセット。季節の野菜のカポナータと鯵とマスタードのタルタル、パンはおかわり自由だ。いずれのコースもパスタとリゾットが選べる。今ならそうだな、将、なにかお奨めはあるか?」
「あん? ああ、そうだな」
話をふられた沖浦将が、億劫そうにメニューを取る。
高級な和紙を用いた真新しいメニュー表。
そこにはイタリア語の料理名と日本語が併記してあるだけで、説明も写真も一切ない。
「今日のロングパスタは五種類か、アスタコやグロンゴは、姿を嫌がる奴も多いからな……。おい、貝は平気か? 辛いのはどうだ?」
「え、わ、私? うん、別に……辛いのは、そんなに好きじゃない、かも」
ぶっきらぼうに話しかけられてまごつく莢音を意に介さず、沖浦将がすらすらとならべたてた。
「じゃあヴォンゴレがいいだろう。鷹の爪がないと味がつまらなくなるから、香りだけ付けといて外してもらおう。パスタの種類は……女がよろこびそうなもんっつったら……カッペリーニでいいんじゃねえか?」
「女がよろこぶとか言われるとちょっと引っかかるんだけど」
「はぁ?」
今にもかみつきそうな顔でにらみかえされて、沖浦将が気のぬけた顔をした。
それから困惑したように、
「ああ、そうか、別に、そういうつもりで言ったんじゃねえんだが……」
「連れが言葉たらずで申し訳ない。この無愛想は悪気でやっているわけじゃないんだ。ゆるしてやってくれるとありがたい」
「……べつに」
辻亮治のいんぎんなフォローで、莢音もひとまずひきさがる。
「あの、沖浦君は料理に詳しいの? それともここの常連さんなのかな?」
場をなごませようと話題をふった直司だが、
「ああ、ここはこいつの母親の店だ。さっき言ったオーナーっていうのが、将のお母様なのさ」
「え!」
「ほう! それは興味深い!」
驚いたのは直司と佐藤アンバー。
沖浦将の不機嫌さがいっそう増した。