第1話 春、愛と情熱のアロハ(2)
「ところで、君たちはアロハシャツにくわしいかい?」
——またアロハ?!
のどのかわきをおぼえた直司が、ちょうどなめていた紅茶でむせこむ。
佐藤アンバーの登場で席を立つタイミングを逸したまま、まんぜんと午後のティータイムに撒きこまれている。
「1930年代、エラリー・チャンという中国系女性が商標登録して、言葉が広まったといわれています」
辻亮治が答える。
「呼び名自体はもっと早くからあって、派手な和柄の着物をシャツに作りなおしたのがはじまりっつう説が有力」
沖浦将が補足する。
佐藤アンバーはうるさそうに手をひらつかせた。
「そういう男性向けファッション雑誌の白黒ページ的受け売り知識ではなくて、出回っている品物とか、作っている会社とか、そういった話を聞きたい」
「うーん少し前までは古着中心でしたねー。最近新しい商品が出まわりはじめましたけど、それでも復刻モノが多いんじゃないでしょうか」
藤野幸が答える。
「なぜ?」
「コレクターの存在が大きいのでしょう。一時、状態の良い物なら十万近くまで値段がつきましたから」
メガネがぬめる。
「古着でかい? そいつはまた、数寄者もいたもんだ」
「一番メジャーなのはシルクやレーヨン、ポリエステル、綿混や縮緬なんてのもありますねー。やっぱり熱帯地方のものじゃないですかー、通気性の良い素材が好まれてます」
「色柄がカラフルなのは風土でしょう。太陽が強い地域は、自然も彩り豊かですから」
「トロピカルばかりじゃあないが、やっぱ主流はそっち系になっちまうな。街中じゃ着にくいんで復刻されないけど。で、アンバー先輩。それがどうかしたのか?」
この話題もそろそろ打ち止めというところで、沖浦将が話をさしもどす。
「うむ、実はクラスメイトに相談されたのだが、」
佐藤アンバーがものうげに紅茶をすする。
直司もなんとなくそれにならう。茶葉に付けられた林檎のフレーバーがふわりと香る。
「これと全く同じものを、探しているという」
そう言ってカバンから引っぱりだしたのは一枚のシャツ。
馬に乗る女性のデザイン。
「これは、なんだっけな……そう——パウライダー、ですね。長袖か。これは珍しい」
「レーヨンだあー。綺麗なレモンイエローの下地ねー」
「経年劣化が見られるが、目立つ染みはないな。ココナッツボタンも模造品じゃない。これ、本物のヴィンテージだ」
三人は手に手にシャツを取り、それぞれに吟味した。
「高価な品物かい?」
「希少価値がありますし、実際に着用も充分可能ですし、一時のブームは去りましたが、これなら5万、ショップによっては6・7万の値はつけるんじゃないですか?」
「店にもよるな。知識のないグラム売りの量販店なら三千円って所だ。まあそんなラッキーは、ほぼ無えけど」
「ふむ。まあ値段の話はここまで。で、同じものは手に入りそうかね?」
佐藤アンバーが割って入ると、三人は黙り込んだ。
「これと全く同じものってのは、少なくとも俺らにゃ無理だな」
「そもそもアロハというのは、出回っている種類が膨大なんですよ。現地じゃ今でも新作を生産していますし、歴史も長いですから」
「生地が生地だから、耐久性ねーし」
「ヴィンテージって、それ自体が希少ですしねー……」
雲行きが怪しくなる。会話に参加できない直司は、雰囲気の悪化がモロいきぐるしい。
たった一人の闖入者にとってここは、あまり風通しのよくない空間だった。
「ならば似たような物ならあるのかい?」
佐藤アンバーが訊ねると、
「そうですね、ヴィンテージは難しいですが、復刻ならなんとか……」
「柄自体は定番だから……」
「こういう物にこだわって作っているブランド、といえば……」
三人の視線が直司に集中する。
「そこのどうでもいい顔した男子が、どうしたんだい?」
佐藤アンバーは三人の顔をそれぞれたしかめ、それから彼らが凝視する直司をまじまじと見る。
四対の視線にさらされて、直司の“いたたまれない度数”がゴリゴリ上昇してゆく。