第3話 初夏、反抗とプライドのエナメルシューズ(4)
「パパがあんなだから、服なんてきらいだって言ってたじゃない! なのになんでっ、何で手芸部なの?! 服と関係ない部活なんてほかにも色々あるのに! 相撲部とか、南京玉すだれ同好会とか!」
「南京玉すだれ同好会は無えぞ。少なくともうちにはな」
「一応補足しておくと、相撲部もない」
「部外者はだまっててっ!」
ツッコミを入れた沖浦将と辻亮治をぴしゃりとやりこめる。
昔っから怖いもの知らずの妹ではあった。
気分を害したようすはないが、あとで一応沖浦と辻には謝っておこうと思う。
いちいち苦労性のしみついた直司であった。
「こうなったのは、ううん、なんていうか、なりゆき、というか」
「なりゆきだったら今すぐやめて他の部活に入ればいいじゃない!」
莢音は完全に怒っている。
もうダメだ。こうなると止まらないのがこの妹だった。
「パパが服にのめりこむから私たちバラバラになっちゃったのに! ママが体壊しちゃったのもそのせいなのに! 服なんて最低限の量販もので充分じゃない着かざるなんて必要ないじゃないお兄ちゃんだってそう言ってたじゃないなのになんで服に関わるのお兄ちゃんも私たちをうらぎるの!」
「莢音、莢音、とにかく座って。ここは大声を出していい場所じゃないよ」
直司が莢音の肩を両手でつかみ、多少強引に席に着かせた。
莢音はいったん口をつぐむが、目はきつく直司をにらんだままだ。
「たしかに手芸部に入ったのはなりゆきだけど、その後もつづけているのは自分の意思だから。そこは理解してほしいんだ」
「…………………意思、って?」
「うん、あのね……アウ!」
そう、直司が今日まで手芸部にいる理由。
それは、そこに藤野幸がいるからである。
本人にとったらうれしはずかしい、しかし他人に知られるとまっことはずかしおそろしい理由である。
少なくとも活発に活動する妹火山の噴火をしずめられるような理由ではない事だけはたしかだ。
「どうして、手芸部に入ったままなの?」
「アウ、アウ、」
今はもう死んじゃった江ノ島水族館のでっかいアレみたいな顔で、直司はおびえている。
紫色の肌で目をむいて歯もむいて、まさしく江ノ島水族館のでっかいアレだ。
「やるな明星……」
「ああ、今お前の好感度はものすごい勢いで下降中だぞ。大地に激突10秒前だ」
「ちょっちょっと待って!」
辻亮治と沖浦将に指摘され、直司はわれにかえる。
「ご、ごめんね、サヤネちゃん、明星くんを誘ったの私たちなんだ、だから、責任は私たちにあるというかなんというかっ」
藤野幸がしどろもどろでわりこんでくる。
「それに、お父さん悪い人じゃないよ、親切にいろいろ教えてくれるし、ほら、なんだろ、私たち、お父さんの作る服、好きだし、」
莢音がうつむく。
下くちびるがきつくかみしめられている。
一杯一杯になっている藤野幸にはその表情が見えていなかった。
だから地雷をふんだ。
「それにほら、サヤネちゃんの顔、お父さんそっくり! まゆ毛強くって、口元もきりっとしてて」
瞬間、藤野幸の頬がはじけた。
ものすごいビンタだった。
フルスイングのクリーンヒット、風船が割れたみたいないい音がした。
藤野幸が目をみひらいて莢音をむく。
莢音は自分のしたことが信じられないといったそぶりで、藤野幸を見た。
「莢音!」
直司が叱責する。
莢音はうろたえ、悔しそうにうつむき、それから席をけってかけだした。
「莢音!」
呼びとめて止まるもんじゃない。
直司も腰をあげ、置きっぱなしの莢音の荷物を引っつかむ。
「申し訳ないですが、僕、これで失礼します。藤野さん、ごめんなさい。莢音にはしっかりと言い聞かせておきます。後ほどきちんとけじめはつけさせますから、ええと、それじゃあ」
直司は頭をさげ、莢音を追いかけていった。
藤野幸は呆然としていた。
殴られた頬がじわじわと赤みを帯びてきた。
痛みは無い。
にぶいしびれだけがある。
心をマヒさせてしまうタイプのしびれだ。
「バッカだな、お前……」
沖浦将がため息まじりに言った。
藤野幸は身じろぎもしない。
「まいったな……重い展開だぞこれは……亮治、なにか解決案はあるかい?」
悩みぶかき表情のアンバーがこぼす。
「正直思いつきません、が、」
辻亮治が腰をあげた。
「妹さんを探す手伝いぐらいはしておきましょう。行くぞ将。先輩、幸はまかせます」
「引きうけた。明星には謝っといて……いいや、それは自分でしなきゃな。とにかく手をつくしてくれ。たのむ」
辻亮治がメガネをついとあげ、それに答えた。
沖浦将も立ちあがる。
店を出たが、直司たちの姿はなかった。
そこでひとまず二手に分かれることにした。
「しかし参ったな、中学生の女が行きそうな場所なんて、思いつかねえぞ」
「あれだけの興奮状態だ、しばらくは人目につくような場所にはよりつかないだろう。だから入退店をチェックするような店舗は考えなくていい。遊興場、広場、公園辺りに目星をつけてさがそう」
辻亮治は人目を引かないていどに早足で歩きだした。
「あいつの妹、この辺の土地勘あんのか? 闇雲に走りまわられちゃ、追いつけるもんじゃねえぞ」
沖浦将が、面倒そうに一人ごちた。
それから、猛烈な勢いで走りだした。