第2話 盛春、三姉妹のボウリングシャツ(9)
よく月曜日から、手芸部はフル回転で復刻ユニフォームの製作を始めた。型紙はすでに男女とも各サイズが起こされていて、鉛筆線や裁断程度の作業なら、直司も手伝えるぐらいに準備は出来ていた。
「亮治とゆっきーはバイトかい?」
佐藤アンバーも、裁断を手伝っていた。
「はい。明日は僕と沖浦君が行くので、二人がこっちに回ります。イベントまでもう時間がないので、手があいている人は出来るかぎりこっちをやらないといけないから」
「ふん、週末には始まるんだってな。君らも借り出されてるんだって? おい明星、そこは縫いしろじゃないか?」
佐藤アンバーに指摘され、敦は手元をよく見た。
「ああそうだ。ごめん沖浦君、ミスっちゃった」
叱られるかと思ったが、沖浦将は返事をしなかった。ミシン作業に熱中していて、聞こえなかったらしい。
「線を引き直して、やり直せば良いさ。その程度ならフォローはたやすい」
直司は言われるままにした。
「例のユニフォーム、順調に進んでるんだって? 辻君にサンプルを見せてもらったけど、いいじゃないか。みんな感心してたよ。特に当時を知ってる人に好評でねえ。新聞社に問い合わせたら、本当に取材に来てくれると言っていたよ。本社の人も視察にくるんだって。いやあ、俄然楽しみになってきたなあ、20周年イベント!」
バイト先に行くと、店長は上機嫌で話しかけてきた。直司が軽い気持ちで提案したものが、大きなうねりになって動いているのに、少々の怖さも感じる。
「辻君はすごいね。彼は、そのうち大きなことをやりそうだ。こんな風にくすぶってる自分とは、器が違うんだろうね」
「店長は、立派に自分のお仕事をこなしてらっしゃると思うんですが」
直司は不思議そうに言う。
「いやいや。がんばっても誰かに使われる身さ。人に指図をするのだって、そんなに得意じゃないんだ、本当のところ」
その言葉は、直司にも判る気がした。人の上に立つというのは、心躍ると共に、大きな重圧もあるだろう。靖重から聞いたレイクロック創業者たちの物語を思い出す。
「あの子の交渉力はすごいよ。辻君がいなかったら、たぶん君たちを雇っていなかったなあ」
店長があんまりしみじみ言うので、直司はまた微妙な気持ちになった。
イベントが近づくにつれ、作業は突貫の様相を強めた。少ない時間をやりくりし、全従業員のユニフォームを仕上げにかかる。
しわ寄せがもっともいくのはミシン担当の沖浦将で、無愛想な顔は目の下に隈ができ、鬼気迫るものになっていた。その忙しさたるやバイトにも行けないほどで、シフトは直司と藤野幸、そして辻亮治が代わる代わる穴埋めしていた。
「ごめんね、明星君。今日も仕事、代わってもらっちゃって。ありがとうね」
「ううん。沖浦君には、がんばってもらわないと」
藤野幸と二人っきりになれて役得感で一杯な直司だったが、沖浦将の代役をした感謝を彼女から受けるのには、正直引っかかるものがあった。
「沖浦君って、すごいね」
控え室で就業時間を待ちながら、二人は持ち込んだ飲み物をもてあそんでいる。
「なにが?」
藤野幸がまっすぐ直司を見る。
「いやあ、作業してるとき、周りのことが見えなくなるとことか、すごい集中力だなとか、思って」
正面から見ると、藤野幸はとてもかわいいと直司は感じている。斜めから見ても横から見てもかわいいと思っているので、その評価はいまいちあてにならない。
「そうなの。昔からそうだったんだよねー。手仕事始めちゃうと、完全にのめりこんじゃう。一緒に泥ダンゴ作ったときも、陽が暮れたの気づかないでずーっとやってたんだよ?」
「へえ」
一緒に泥ダンゴを作ったらしい。
「ジャングルジムで遊んだときもねえ、一人だけ一番高いところで足だけで立つ練習とかしてるの。足震えてて、かわいかった」
「ふうん」
一緒にジャングルジムで遊んで、かわいかったらしい。
「おままごとしたときはあ、途中からお母さん役やってた私の料理セットもぎ取って、ずっと砂でオムライス作ってた」
「そうなんだ」
一緒におままごとをして、砂でオムライスを作ってしまったらしい。
「そういうの見てるの好きだったんだあ。明星君、どうして身もだえしてるの?」
「こほん。ううん、なんでもないよ。もう仕事の時間だね。行こうか」
実際はものすごくなんでもなくなかったが、直司はなんとかとりつくろい、藤野幸とともに店にでた。
——今、藤野さんは、沖浦君をどう思ってるんだろう。
よけいなことに気をとられ、直司は最初の一時間で二度もオーダーミスをだした。