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Days 〜県立常盤追分高校手芸部〜  作者: ハシバミの花
第2話 盛春、三姉妹のボウリングシャツ
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第2話 盛春、三姉妹のボウリングシャツ(8)

 日曜日、一年生四人で集まった。市の中心街ターミナル駅で乗り換え、三つ目の駅で降りる。

「ここは昔よく来たけど、駅を利用したのは初めてだ」

 新鮮な気持ちで直司が言うと、

「いつもはどうやって来てたの? 車?」

「うん。車か、自転車」

 直司が言う。

「自転車じゃ遠すぎるだろう」

 沖浦将が言う。

「うん。遠かったよ。たしか、家から三時間近くかかってたんじゃないかな。妹と二人乗りしながらだったから、もっとかかってたかも」

 三人が顔を見合わせる。

「何でこんな所まで自転車で?」

 辻亮治が問う。

「荷物運び。父さんがあの通りの人だったから、配達費を(けず)ってでも生地を買い込んでたんだよ。だから帰りは歩き。荷台とカゴに、荷物わんさか詰め込んでた。節約した分、帰りは奮発(ふんぱつ)して2号線沿いのレストランに寄ってハンバーグを食べるんだ。僕と妹で、一人分を半分こして」

 どう考えても悪夢の記憶にしか思えないが、直司は楽しそうに語っている。

「妹さんがいるの?」

「うん。姉と兄と、妹が一人ずつ。僕以外はみんな、母さんについていった。母さんはちょっと頼りない人だけど、他のみんなはしっかり者だから安心。そういえば連絡とっていないなあ」

 直司は上機嫌(じょうきげん)に語るが、他の三人は妙に重たい気持ちになった。もしかして、直司はものすごく可哀想(かわいそう)境遇(きょうぐう)と頭の中身をしているんじゃないだろうか、と。

 駅を東進(とうしん)してしなびたアーケードの中ほどを右手に折れると、(いち)区画(くかく)全体(ぜんたい)が衣料関係の店という小路に出る。衣料関係といっても既製服(きせいふく)を売っているわけではなく、そのほとんどは素材や生地、糸、服飾物、アクセサリーなどの店である。ここは市内の業者が集う、問屋街(とんやがい)なのだ。

「自分と明星は生地を当たる。糸とボタンは幸と将の担当だ。いいな。必ず領収書(りょうしゅうしょ)はもらうんだ。でないと予算が戻ってこないぞ」

「まっかしといてー。じゃあ明星君あとでー。ささ将ちゃん行くよー」

 藤野幸が沖浦将をずいずい押して上機嫌に行ってしまう。もしかして、沖浦将と二人っきりになれるのがうれしいのだろうか。初恋の人と言ってたし。

「さあ俺たちはこっちだ。明星、何を身悶(みもだ)えている?」

 直司ははっと我に返った。

「ごめん、ちょっと……」

「? まあいい、行こう」

 沖浦将にくっついて、アウトレットの生地屋に入る。

「前から知りたかったんだけど、アウトレットって、何」

「B級品、つまり難ありの品物を扱う店だ。正規(せいき)で買うよりも安いし、古い生地なんかも手に入ったりする。品揃えの偏りは否めないがな」

 話を聞きながら、手渡されたサンプルと似た生地を探す。そのサンプルは、例の古着を刻んだものだった。すでに型紙は取ってあり、細部の写真も残してあるという。

 ボール紙に丸めた生地を、一つ一つ吟味してゆく。当然ながら全く同じ物は見つからないが、大体近いものなら幾つかあった。内約は、地の色が違う、ストライプの色が違う、(はば)密度(みつど)間隔(かんかく)が違う、などなど。

「ふむ、さすがいい目をしている。子供のころからここを知っているだけはあるな」

 辻亮治はそう言って、生地の番号をメモに記入する。

「今買わないの?」

「決めるのは幸だ。生地の色風合いは、専門外だ」

 直司たちはいったん外へ出る。そして軒先(のきさき)から店をのぞきながら藤野幸と沖浦将を探す。

 二人はボタンの専門店にいた。それぞれが別々のところで、手元の棚を凝視(ぎょうし)している。

「やっぱりこうなっていたか」

 辻亮治がため息をひとつついて、おもむろに店に入る。

「ボタンは見つかったか?」

「やあ亮ちゃん。おまかせあれ、ですよ。入店五分でほぼ同じものを見つけましたよ。すでに購入済ですよ。糸もばっちりですよ」

「ならさっさと合流しろ。将、お前もだ」

 沖浦将は何も答えない。辻亮治の声が聞こえていないのかもしれない。

「こんな店に来て、将ちゃんまっしぐらにならないわけないよ。三人がかりで引っぺがさなきゃ、絶対に動かないよ」

「……そのようだ」

 藤野幸の言葉は冗談ではなかった。

「待て。待ってくれ。本物の真珠貝を使ったとおぼしき物を、格安で発見したんだ。亮、頼む、幸、後生だ、明星、てめえ痛い目見たいのか」

 気いたこともないような情けない声を出す沖浦将を、三人がかりで店から引っ張り出した。

「ふう、明星君がいてくれて、本当によかったよ。最高に役立ったよ。今日一番働いた!」

「そ、う、よかったよ」

「明星てめえ、いつか沖浦式ジャイアントスイングをたっぷりと味わってもらうからな」

「……」

 自分の扱いがひどくぞんざいに思えて、直司は微妙に不幸な気持ちになった。

 先ほどのアウトレット店に戻り、藤野幸の見立てで布地をたしかめる。

「うーん、どれもテイストがちょっと違うなあ。糸が目立っちゃうし」

「染め直しでは無理か?」

「地色を合わせると、ボーダーの色も変わっちゃうよ。それならB級品じゃなく、正規(せいき)のものを買ったほうが安くなるし。大きい生地は、染めるの難しいし」

 という訳で、別の店で生地を探しなおすことになった。藤野幸の勝手知ったる店らしく、ものの十分でそっくりの生地を見つけてきた。

「これで材料は揃ったね! どうだ、見直したか」

 そういって胸を張る藤野幸。

「がんばっても、胸は零細(れいさい)だな」

「将ちゃんでも、そういうこと言うと殴っちゃうよ?」

「幸、領収書(りょうしゅうしょ)を渡せ」

 辻亮治が割って入る。

「あ、もらうの忘れた」

 ばかめ、と(つぶや)いて辻亮治は生地を買い込み、糸とボタンを買った店に戻って、それぞれ領収書(りょうしゅうしょ)を発行してもらった。

 彼は大人だな。

 直司は手際よくすべてを片づける辻亮治に、感服(かんぷく)しないではいられなかった。

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