第1話 春、愛と情熱のアロハ(1)
ここより本編、直司の毎日の始まりです。
明星直司は教室のイスから恋に落っこちた。
県立常盤追分高校、入学式直後。
相手はクラスメイトの藤野幸。向こうも直司のことを知っていて、幸運なことにおぼえも上々であった。
問題は、どうして彼女が直司を知っていたかであり、そして、藤野幸と同じ理由で直司に接近してきた二人の男子の存在であった。
「君が明星直司だね」
そいつは直司の正面に立ち、四角いメガネをついとそやして直司を見おろした。
「お前、明星直司だよな」
もう一人は、隣席から引っぱってきた椅子にドカッとケツをおろし、背もたれを抱きこむようにして直司の顔をのぞきこんだ。
それは入学式も無事おわり、晴れて新入生となった直司がばくぜんとした不安とちょっぴりの桃色な期待を胸にこれから一年間お世話になるはずの自分の教室の、自分の座席についた瞬間であった。
前方にスリムなメガネ男子。
右手にいかつい茶髪男子。
「君を、わが部に勧誘に来た」
メガネが言い、そして茶髪がつづく。
「おい。悪いことは言わないから黙って手芸部に入れ。でないと色々困ったことになるぞ」
なんだろう、なにやら突拍子もない誘いを受けている気がする直司だ。
「ちなみに断った場合、学校中に君がERO動画マニアであるという趣旨のウワサを流す」
「そして3分間200回転のジャイアントスイングを受けてもらう。お前のその体で。ちなみに技をかけるのは俺だ」
いや、誘いではなく脅迫だった。
脳裏では、家電マニアック野郎として生徒たちから遠巻きに蔑みの視線を投げつけられながら両足を茶髪男に抱えられぶん回されている自分の未来図が明滅している。
直司の想像が加速する。
お弁当友達も出来ない三年間。
123回転めにして口から激しく(自主規制)する直司。
ピュアな高1男子の、現在進行形のリアルな地獄絵図。
「ちなみにここで言うERO動画とは、違法でアダルトなモノをさしている」
脳内地獄絵図では遠巻きにしている生徒たちはみな女子で、その視線はケダモノを見る目だった。
そんなウワサ流されたら最期、もはや三年間は平穏な学校生活なぞ送れまい。
エロ動画男子、とかお困りのあだ名で呼ばれてしまうにちがいない。
巨乳マニア、なんていわれもない誹謗中傷を受けてしまうかもしれない。
巨乳めがねっ娘黒靴下マニア、とまで言われたらもはやおんもを歩けまい。
「それが嫌ならさっさと僕たちの勧誘に従いたまえ。手芸部に入部するのだ」
「そうだ。なに痛くはない。最初は多少恥ずかしいかもしれないが、それもやがて慣れる」
はたと、直司が我に返る。
——手芸部? 手芸というのは、あの、地味めの女子が集まって編み物をしたり縫い物をしたりする、アレ、なのだろうか?
あたりを見まわすと、教室は静まりかえり、誰もが興味ぶかげに直司と直司をとりまく三人の動向を注視していた。
「人ちがい、じゃないでしょうか」
本能的なやばさを感じて、直司はしらをきる。
「ううん、あなたは明星直司君だよ。だって、席順を確認してからそこに座ったもん」
いつからいたのだろう、直司の左側にもう一人、女子が立ちはだかっていた。
どきん、と胸が高鳴った。
その子の瞳が、窓から差し込んだ四月の柔らかい光をはじく。
「おどかしてごめんね明星君。私たち手芸部なの。そして君を勧誘しにきたってわけ。ねえ、ぜひうちの部に入って!」
「は? あ、本当に手芸部なの?」
ここでメガネが言う。
「心配はいらない。君も必ず気に入るだろう。なにせこの学校の手芸部には年代物のミシンが二台、そのうち一台はなんとユニオンスペシャルだ。どうだ? がぜん興味がわいただろう?」
さらに茶髪も言う。
「‘58年物の美品だぞ。おかげでチェーンステッチお手の物、デニムのすそ上げし放題だ。在庫の糸も豊富。綿に綿混、もちろんナイロン糸も各色そろってる。それだけじゃない、端切れも充分。ヒッコリーだってヘリンボーンだって使い放題だ」
なんだろう。
このえたいの知れない連中はなんだろう。
唯一つ身元がわかるものといえば、彼らがしているワインレッドのネクタイ。
それは自分と同じ一年生の証であった。
——なんで一年生が、入学早々、クラブの勧誘なんてしているんだ? それもザ・地味なこの僕を。
地味な女子が地味めの男子を勧誘するというのならわかるが、そういう雰囲気のメンツではないし、なにより入学当日にくる理由にならない。
困惑して周囲に助けを求めるが、名も知らぬクラスメイトたちはのきなみ視線をそらし、ワレ関セズをきめこむ。
「ねえ、あなたは柊町32にあるセレクトショップ、“BRIGHT☆STAR”のオーナー、明星靖重さんの息子よね?」
紛れもなく、明星靖重は直司の父親であった。そして父親は、彼女の言うアパレルショップのオーナーでもあった。
「つまり? 父、のお知り合い、いえ、関係者ですか?」
「そうっ」
「ビンゴー!」
「ジャック・ポット!」
三者三様に歓声をあげ、指さし、直司の鼻先で指をならす。
そこでチャイムが鳴った。
「くそ、時間がないな。かくなる上は非常手段にでる他ないか」
メガネ男子のメガネが真剣の刀身のようにギラリ剣呑にぬめる。
そのレンズに、巨乳めがねっ娘モノ黒靴下のアダルティなパッケージがほの見える。
「おい、さっさとOKしろ。さもないと、今後の学校生活は保障しないぞ」
茶髪が袖をまくりあげ、ぶっとい二の腕をむきだした。
背も高く胸板の厚みもすごい。
そいつでもって直司を100回転以上もジャイアントにスイングするつもりにちがいない。
「もう、二人ともやめてよー。ねえ明星君、お話だけでもきいて。乱暴なんてしないから。ただ、話をきいてもらいたいだけなの!」
すいこまれそうな青空色の瞳にまっすぐ見つめられ、直司は、
「あ、うん、まあ、聞くだけなら」
マヌケた顔でカクカクとうなずいたのだった。