第2話 盛春、三姉妹のボウリングシャツ(6)
「ふむ。面白いじゃないか! たしかにそれなら安く済むし、やりようによっては予算も範囲内に収まる」
放課後の被服準備室で、佐藤アンバーが上機嫌でお墨付きを出した。
「うん。楽しい。それなら私も、お店に行きたくなると思う」
「明星のくせに、やるじゃないか」
藤野幸と沖浦将も賛同し、
「なら、自分の出番だな」
辻亮治のメガネが、きらりと輝いた。
早々に帰り支度をしたその足で、ゾロゾロと店に向かう。見ものだと思ったらしく、佐藤アンバーまでついてくる。
「やあ、今日は早いね。どうしたの? その、女性は……お友達、かな? ええ、と、担任の方ですか?」
普段通りに声をかけてきた店長だが、佐藤アンバーの存在に気づいたあたりから、だんだんしどろもどろになってしまった。
「始めまして。私、県立常盤追分高校、手芸部部長の佐藤アンバーです。以後お見知りおきを」
そして優雅に礼をする。店長は頭のてっぺんまで真っ赤になり、
「あ、いや、わたくし、クローバーホールディングス外食部門所属、レイクロック常盤台店現場責任者、中西です!」
初めて耳にする上ずった声で、しゃっちょこばった自己紹介をした。
がら空きの店内のボックス席を一つ占領し、手芸部員たちと店長は差し向かいに座る。店長が気を利かせて、人数分のコーヒーを出した。サービスが良すぎる。
「うちの部員たちがお世話になっております」
「いえいえ、みな最近の子とは思えないほどしっかりした子たちで! あは、あは、あは」
緊張しすぎて店長は、いつもの鷹揚さが見る影もなくなっている。
「大人の男の人は、アンバー先輩に見つめられると、大体あんな感じになるの」
藤野幸にそっと耳打ちされ、そんなものかと直司は思った。
「それで、今日はどういったご用件で?」
店長が身を乗り出す。佐藤アンバーを、自分たちの保護者と思っているのだろうか。
「実は、20周年イベントの予算内に収まる、いいアイデアが上がりまして」
辻亮治が、メガネをついとすり上げた。
「ユニフォームの復刻、というのはどうですか?」
「ユニフォーム? 復刻……ってなんだっけ?」
「レイクロック・チェーン上陸当時、従業員はアメリカ本国で使用されていたものと同じデザインの制服を着用していました」
辻亮治が言う。
「半袖のボタンシャツで、男は黒のスラックスで今みたいな腰エプロンなし、女は膝丈スカートとフリル・エプロン。頭はスリムな海兵帽」
沖浦将が言う。
「今で言う80年代風の、ボーリングシャツです。店長のお年なら、覚えがあるんじゃないでしょうか」
また辻亮治。
「薄青地に、スカイブルーのストライプ。背中にマスコットキャラクターの、レイクロック・キャットがプリントされてるの! ノーズアート風ですっごいかわいいの! もうあれ、一度着てみたかったんですよ! うわあー夢がかなうーどうしようー」
夢見心地の藤野幸。
店長は困り果てたように、頭を掻いた。
「ううーん、着眼点はいいと思うよ? でも、当時のユニフォームはもう本社にも残ってなくて、新規に作るとなると、やっぱり予算超えちゃうなあ」
「ところが、新規に作っても、予算内ですむとしたら?」
辻亮治が、アゴの下で手を組む。店長の顔色が変わった。
「……どうやって?」
「最初にアンバー先輩がおっしゃられたように、僕らは手芸部員なんです。ユニフォームが男女一枚ずつあれば、後は生地代だけで全部揃うんですよ」
「しかし、君たちそりゃ、高校の部活動になっちゃうだろう? 拙いんじゃないかい?」
「そこはご心配なく。生地と糸の代金さえ受け持ってもらえれば、なんとでも言い訳は立ちます。なんなら彼らが自宅で製作したことにすればいい」
「そっかあ、うーん、まあ、なるほどなあ……」
店長は迷ったそぶりを見せているが、すでに気持ちが傾いているのは明白だ。考える時間さえ与えれば、首を縦に振るだろう。
だが、辻亮治はその時間すら与える気がなかった。
「これはいい宣伝になりますよ。地元の新聞に連絡すれば取り上げてもらえる可能性だってあるし、往時のお客さんも、リピーターとして復活が見込めます。店長一人で決められないというのなら、今働いている方々に意見をきてみればいい」
店長はそうした。
そして、この話は本決まりになった。