第2話 盛春、三姉妹のボウリングシャツ(5)
「ただいま」
家に帰ると、玄関に靖重の物らしいブーツが脱ぎ捨ててあった。自分のスニーカーと一緒にそれをならべ、ダイニングをのぞく。
三人がけソファーの上で、靖重が酔いつぶれていた。
ほとんど空になったスコッチの壜と、飲みかけのまま放置されているグラス。
ロックで飲んでいたのだろう、アイス容器とタンブラーには、ずいぶんと雫のついた跡があった。
床には二人が新婚当時のアルバムなどが散乱しており、息子としては幻滅することこの上ない。
直司はテーブルの上をすべて片づけ、グラスの中身を流しに捨てて、スコッチの壜には麦茶をなみなみと注いでおいた。
知らずに飲めば驚くだろう。
もしかして、気づかないかもしれない。
酔っぱらいというのは、まったくしまつのわるい生き物だった。
別居中の母親との離婚が成立していらい、父親は毎日飲みつぶれるようになった。
最初は同情していた直司も、そろそろあわれむ余裕がなくなり、だんだんと父親を正気にもどす手段が容赦なくなってきている。
家捜ししてアルコール類をかきあつめ、屋上、瓦葺の屋根のうえに作られたもの干し場に、壜の口を全部開けて置いておいた。
靖重が発見したらさぞなげくだろう。
高い酒の風味がだいなしになったとか言って。
それでもまだ酒びたりになるのなら、次は中身を全部捨てようと直司は思っている。
腕をくんで木製の手すりによっかかる。
夕焼けがでていた。
遠くの空がとても綺麗で、それが少しさびしいと直司は思った。
次の日学校にゆくと、
「帰るまで待っててくれると思ってたのにー」
藤野幸が甘えた声で直司に言った。
「ごめん」
直司はあやまった。
アルバイトは順調に日数を重ね、仕事もじょじょに板についてきた。
なんとなくシフトも固定され、直司は水木曜日と連ちゃんで藤野幸と一緒に働くようになった。
他の店員とも顔みしりになり、四人グループで二人分の時間を切り回しているのだというと、珍しがられた。
「20周年のイベントがあるんだよね」
三週間ほど経ったある日、店長が言った。
「このお店ができて、もうそんなになるんですか?」
店がまえが新しいので直司がおどろくと、
「そうじゃなくて、このチェーンが日本に上陸してからの年数で、二十年なの」
説明されて、直司はなるほどと思った。
「全店で期間限定メニューをやったり、特注ののぼりを出したりするんだけど、各店舗で自由にできる予算枠があるんだよ。それで、なにかアイデアを募集してるんだ。君たちも、なにか思いついたら提案してみてよ」
店長は、特段期待もしていないふうで言った。
他の三人も同じような話をされていたらしく、バイト前の時間など、自然に話題にあがった。
「それで、なにか思いついたのかい?」
佐藤アンバーが、優雅に紅茶を含みながらきた。
「うーん、まあお店に飾り付けするとか、サンダース人形にかわいい服着せるとか」
「レイクロックにサンダース大佐はいない」
「しかもありきたりだ」
藤野幸の何の気なしな思い付きを、やや強い調子で他二名が却下する。
「じゃあ二人はあるの? なにかアイデア」
聞き返されると、どちらも難しい顔をした。
「有るには有るんだが、実現は難しい」
「ネックは、金なんだよな」
店長から提示された金額が、充分でないというのが二人の言い分だった。
「それっぽっちじゃ、広告もうてねえし」
「人目を引きたくとも、店舗を大々的に飾れない」
「手作りでいいじゃない。色紙の輪っかとかーきらきらのリボンとかー」
藤野幸が、うきうきしながら言う。
「小学生のお誕生会じゃないんだぞ」
辻亮治が、面倒臭そうに言う。
「いいと思うけどなー手作り。かわいいしー、暖かいし」
藤野幸の飾りつけた店内を、直司は見てみたいと思う。きっと,クリスマスのようなフワフワしたものになるだろう。
「明星は、なにかアイデアが無いのかい?」
「僕ですか? 一応考えてみたんですけど、」
直司は申し訳なさそうに切り出す。
「ただそれをやるには、僕じゃなくて、みんなの手を借りなきゃいけなくて」
全員が直司を見た。