とある竜の異世界奇譚 〜世界に疎まれ嫌われた竜のお話〜
人類は、繁栄と衰退の象徴だ。
苛烈な戦争を行い、時たまに訪れる安寧を噛み締める。
壮絶な人生は、他者の糧となり。
空虚な人生は、他者に踏み躙られる。
笑顔の裏では、刃を掲げ。
怒りの裏で、微笑みを流す。
千差万別、十人十色の考えを他者に強要し。
時たまに妥協もする。
力こそ正義であり、弁舌こそ民草を動かす。
より強い自分が優先され、弱き者こそ力を使う。
理解できぬ万象に怯え、究明し、愚弄する。
とある世界の話だが、神が人類を繁栄させるために間引きするシステムを作った。
その竜は、神が繁栄させた国を滅ぼした。
神は、何故と問うた。
竜は質問に答えずこう言い捨てた、『貴方こそが人類の繁栄を妨げる。与えられた安寧は崩壊への切っ掛けである』と。
神は嗤いこう告げた。
『それで? 世界はどうなった?』
竜は答えず、目を背けた。
『答えは、強者の圧力が消え混乱と混迷そしてそれに連なる衰退が起こっただけだろう? 果たして、お前が友人をも殺して行った使命に意味はあるのか?』
竜は、答えず涙を流した。
ただ、音にもならぬ慟哭を残して。
『コレより先、お前は俺以外の神の手により殺される。』
『それは、真か?』
『神は賽を転がさない。』
つまりは、必然だと言うことだ。
つまりは、必ず死ぬと言うことだ。
『何故死ぬ?』
『人が、お前を疎むからだよ。』
『何故?』
『そこから先はお前自身で考えろ。神はそこまで優しくない。』
神を詐称する神はそう嗤い消えた。
竜は、その言葉の意味を考え始めた。
そして、かの対話から数千年経った。
人類は、過去の遺物を使用しながらも繁栄した。
人類は、かの竜が消した十二の国の主を神として称えた。
人類は、世界に潜みし女神を讃え主とした。
人類は、化学を捨て魔術を全てとした。
竜は全てを見届けた。
竜は、全てを見届けた。
時に邪竜と言われ、時に御使いと言われながら与えられた使命を遂行した。
かの竜が住む土地は絶大な魔力により変質し一種のダンジョンと化した。
かの竜が住む土地は数多の魔物が住み最古でいながら最凶のダンジョンと化した。
年も取らず、頭脳は錆びず、あらゆる酸いも辛いも噛み分けた竜はそれでも神の言葉の真意を測りかねていた。
そんなある日、かの竜の元に一人の人間と一体の人形が訪れた。
『久しいな、調停竜よ。』
『剣姫、か。今の貴様であらば私を殺せるだろう。』
そう告げ、体を人類と同等の物にした。
かの剣姫と対話するために。
『否、今の私には其方を殺すつもりはない。爺様に話は伺った。其方も大変な身のようだな。』
『神に話を聞かれたのか。神はなんと告げていた?』
『私からは言うべきではないだろう。』
『そうか、では冥界に行き貴様は何を得た?』
『不死を、そして人類の結末を。』
『私は見れぬ人類の結末を得たのか。』
『ん? ああ。そんなことは無いぞ。』
『何故?』
『滅亡には会えんだろうが人類の結末の一端を担う最後の戦いには其方もいたぞ?』
『そうか。』
その後は、互いに過去に花を咲かせる。
故人を思い、時には笑い、時には泣きながら。
そして、10日が経った。
『私は、異空間にて長らくを過ごすつもりだ。爺様より承った使命も果たさねばならぬしな。』
『そうか、剣姫よ。それならば、この地を渡そう。』
『其方の住む場がなくなるのでは無いか?』
『否、貴様の話を聞き少し世界をこの身で回ろうかと思ってな。』
『そうか。まぁ、使命を果たすのであればそれも良いだろう。』
『そう言うわけだ。』
『しかし、態々この大陸一つを無償で貰うのは私の誇りが傷つく。ここは一つ、冥府で得た蘇生の霊酒でも一つどうだ? 元より私は持て余しているし其方は冥府に入れぬ身。中々の珍味であるし礼には十分なものと思われるが。』
『それは有り難い。是非頂こう。』
そう言い、剣姫より蘇生の霊酒を貰う。
そして、そのままその地を経った。
竜は三日三晩空を飛び、とある農村外れに降り経った。
竜はか弱な動物たちを見つつ村民に話しかけた。
『貴様よ、ここはどう言ったところだ?』
『? ま、まさか貴族様ッ!?』
たった一言、それで村民は騒ぎ出し、瞬く間に騒ぎは拡大する。
媚び諂うような笑みを浮かべ、粗末な建物は大きく音を鳴らし、碌に無い金銀財宝を血反吐を吐く気で掻き集める。
全ては、ただただ『死にたく無い為』
調停竜はその感情を正確に解りつつも理解は出来なかった。
言ってしまえば単純な事。
何事も独力でできる存在は、他者と手を繋いで生きなければならない存在のことを理解できない。
勉強ができる人間は、勉強ができない人間を理解できない。
至極単純、単純明快な話だ。
そんなことも理解できぬ、理解出来るはずもない竜は、10年に渡りその村に叡智を授けた。
彼らの怯えを消す為に、
最初は憐れみを籠めて。
次に慈悲を与えて、
最後に繁栄を願って。
魔法を与え、魔術を教え、技術を授けた。
かの竜が訪れて消えて、次第に村は町へとなり、国となった。
あらゆる万能を得た村は、縛り付けていた国を滅ぼした。
あらゆる万能を得た国は、安全のために周辺国に攻め入った。
あらゆる万能を得た大国は、調停竜が消えたのち内乱によってあっさり滅びた。
かの竜はその顛末を知らず。
かの竜はその結末を知らず。
かの竜はそれを一切見ずに。
己が与えた幸福に酔いしれる人を見て満足に微笑んだ。
『嗚呼、己は善い事をしたのだ』
と。
かの竜は、また空を駆けた。
次に、人に関わったのはとあるスラム街でだ。
1人の死に掛けの孤児を救った。
彼に、叡智を教えた。
彼に竜が見た高潔な騎士の英雄譚を教えた。
彼に竜が知る獣の王の武勇伝を伝えた。
彼に竜が思う人の在り方を授けた。
20年経った時、彼が独力で生きれると確信した竜はそこを去った。
少年は青年となり、青年は老人となった。
老人は、歴史に名を残す大偉業を遂げた。
老人は世界の為、名も無き孤児を救う為、竜に教わった己の在り方を全うする為、ギルドを興した。
初めはただの代行業者だった。
身分を証明できない人間の身分を証明し、保障し仕事を斡旋した。
騎士団では手の届かない事件を解決し、人々が欲する手軽な労働源を供給した。
ランクを設け、功績に応じてランクを上げた。
最初は10人も居らず、30人も入らぬ小さな建物だった。
10年も経てば参加人数は1000人を超え、100人は入る建物になった。
100年が経てば、数えれぬ程の人数が参加し各地に様々な大きさの建物ができた。
後、数千年。
初代ギルド長が残したと言われる訓戒がある。
一つ、自由であれ
一つ、正しくあれ
一つ、優しくあれ
全ての人間が守っているわけでは無い。
だが、この教えはどれだけ代を重ねても残されている。
新たな建物を作る時は、必ずこの教えを彫った木の板がギルド内に置かれる。
ギルドはこうして生まれた。
竜は、また飛び立った。
未開なる森林を飛び、冥界と現界の狭間に着いた。
竜は一人の翁に出会った。
『こうして対面するのは初めてだな、調停竜よ』
『貴様は……、何者だ?』
『知らぬ知らぬさ。儂ですらもう知らぬ。忘却の果てに名も存在も置いてきた。知り得るのはただ一つ。幽谷の谷を守る番人であるという事だけだ。』
『そうか、それは失礼した。』
『謝ることでも無い。汝に咎も非もないさ。』
『ご厚意痛み入る。』
それだけを互いに話すと翁は谷底に、竜は空に舞った。
竜は、幾度となく世界を巡り、人に智慧を授け、災禍を退けた。
そうすること幾千年、かの竜は天命を得た。
かの神より授けられた使命の対象を知った。
人と関わり、久しくなって居なかった竜の姿となり、空を舞った。
人の姿では余りに広い空は狭く感じ、ひと羽ばたきするごとに突風で地上は荒れた。
数千人がただの移動で死んだ。
数万人が怪我を負った。
それにすら気も付かずに。
調停竜は、天命が指す場所にたどり着いた。
そこは、大きな教会だった。
大きく、そして人では気づかぬ血の匂いが蔓延する教会だった。
何が対象か。
竜はそれを探る為に地に降り、そして呆気なく死んだ。
神罰が降った、
異世界より到来した女神の尖兵にして、悪逆の犯罪者である勇者によって殺された。
首を一切り。
それだけだった。
竜が最後に見たのは、首から降り注ぐ血の中で無邪気に喜ぶ少年とそれに付き添う
世界を蝕んでいる女神の薄暗い笑みだった。
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『ここは……。』
『よぉ、竜。遥かな世界でどんな知見を得た?』
竜は答えられ無い。
何も学ぶべきことはなく、学べなかった竜は答えられない。
『お前を殺したのは誰だと思う?』
『あの異邦人では?』
『アーハッハッハッ、まさか。お前を殺したのは人間だよ。』
『あり得ぬ!!』
『異邦人が殺した? 違うだろ? それは直接的要因に過ぎないんだよ。』
『……。』
『理解したく無いんなら言ってやるよ。お前は、永きに渡り世界を改変、改革し続ける目の上のたんこぶが嫌になって消したんだよ。』
『あり得ない!! 私は世界に幸福を与えた。幸せを与えた!!』
『そんな訳ないだろ。お前に与えられた役割はなんだ? 最初に吐いた言葉は何だ?』
神は嗤う。
『お前は、崩壊を妨げ繁栄を促す間引き装置だ。故に崩壊を起こし繁栄を妨げる。』
『何を!!』
『お前の役割は、世界全土の歴史的停滞かつ戦争などによる人災による人類の衰退を防ぐことだ。』
神は嗤い笑う。
『そしてその結末はお前は見届けない。』
神は嗤い笑って微笑う。
『お前は、数億の人間を直接的に滅ぼし、数億の人間を間接的に救った。だが哀れなことに人類はそんな事に気付かず直接的な被害だけを見てお前に怨みを募らせた。』
竜は何も告げない。
ただ、否定しようと過去を覗き込み
『お前の運命を仕組んだのは俺だ。だが逃れる方法は幾つもあった。』
事実であることが判明した。
神は賽を転がさない。
つまり、神が告げる言葉は全て事実であるという事。
最初から嘘なんぞ言って居ない。
そして今も
『剣姫がお前に手渡した酒は飲めば生き返られるものだった。数多の人間を救いその結末を見ることはできた。最終的には死んだ。だが、それを通過点とすることもできたしそれを結末として経験を積む事もできた。』
全ては可能性。
されど、竜が行った怠慢でもある。
『俺が人類の繁栄を妨げる? ハハッ、ふざけた事を抜かすもんだな。』
遥か昔に吐き捨てた言葉に、神は返答を返す。
『こう言っては何だが、俺の命令を受け取り行動したのはお前だ。確かに、俺の命令には強制力があった。けど、経過を指定したつもりは無い。』
絶対者は告げる。
『お前は知る事をせず、今しか見ず、学ぶ事をしなかった。故にお前は殺された。』
作者は告げる。
『お前を殺したのは女神だ、直接的な要因はな。されど、間接的な要因は違う。間接的な要因はお前が全てを見届けず人々に怨まれ女神に力を捧げた事だよ。』
黒犬狼藉はそういうと、目を細める。
『ここから数千年後に一人の少年が現れる。そいつの行動をよく見ておけ。運が良ければ贖罪が出来るかもな。』
神は賽を振らない。
故に、その賽を手渡した。
別にこのような事をしなくとも結末は見えている。
故に此れを、最後に付け加える。
『神は去り、王は消え、調停竜は死んだ。残る少年は何を願うのかねぇ?』
夜の帷は消え、朝の雲雀はまだ鳴かぬ。
世界は、胎動する。
お楽しみいただけたでしょうか?
この作品は、最弱から始まる暴食無双(https://ncode.syosetu.com/n2291hl/)の裏設定を纏めたものです。
当然ネタバレを含んでいますし、一部キャラの口調も違います。
文句は受け付けますのでどんどん言ってください。