寝取られビデオレターが届いたが観ずに食べてしまったため、なんの用件か聞くためにビデオレターを送った
朝から多忙を極め、昼飯すら食べていない俺は、家に届いていたビデオレターを空腹のあまり食べてしまった。
「やっぱりごまダレにしとけば良かったな……」
包み紙に書かれていた宛先は、友人の田原。
なんだろう。最近仕事が忙しくて会えていなかったが、何か伝えたい事でもあったのだろうか?
「仕方ない。俺からもビデオレターを送るか」
久々のやり取りにビデオレターを選んでくれたのもあり、俺は同じようにビデオレターを送ることにした。
「──コホン、あー、田原? 久しぶり。元気? 俺は元気」
ソファに座りビデオカメラに向かって話しかけるが、些か緊張して上手く話すことが出来ない。
「ビデオレター、ありがとな。久々にお前から連絡貰って、嬉しかったよ……ただ」
水を一口飲み、息を整える。ここからが本題だ。
「あー、あのさ……お前から貰ったビデオレターさ、食べちゃったんだよね……だからさ、中、観てなくてさ……悪ぃ。もう一回だけ送ってくれないかな?」
そっと立ち上がりビデオカメラを止めた。
仕上がりを確認、自分の声の違和感についてはスルー。
そして職場でほかの荷物と一緒に、送ってもらった。
──田原から新たなビデオレターが届いたのは、それから三日後だった。
俺は仕事終わりの空腹を何とかこらえ、手にしたごまダレを今一度冷蔵庫へとしまい込む。代わりに女子社員から貰ったまましまいっぱなしだった10円チョコを口へと放り込み、ビデオレターをセットした。
「──山本。俺だ。田原だ……」
「おっ」
久々に目にする友の顔に、思わず顔がほころぶのが分かった。懐かしい。過去の有象無象の記憶が次々と蘇った。
「あのさ……お前から貰ったビデオレターの事なんだけどさ……」
田原は妙に言葉の切れが悪く、頻りに頭を掻いては何か言いづらそうに顔をしかめている。まさか──
「……食っちまったんだ。何言ってっか分かんねぇと思うけどさ……これが旨くてよ」
どこかで目にした、耳にした言動だった。
「そんとき無性に腹減っててよ」
まんま俺だ……。
「しかもごまダレが合うんだよ……」
やられた!
田原はいち早くごまダレとの相性に気が付いていたのか!
「だから中観てねぇんだ。もう一回送ってくんねぇ?」
何か吹っ切れた俺は、素早くビデオを抜き、冷蔵庫から荒々しく掴み取ったごまダレをビデオレターへとふりかけ、ひと思いに齧り付いた。
「クッ……! 一度ビデオ機に通してるから温くなってる……!!」
やはりビデオレターは鮮度が命らしい。
ごまダレとの相性は抜群だが、温いビデオは食べられたものじゃなかった。
「クソッ!」
俺は田原に一言文句を言ってやりたくて、ビデオカメラを回した。
「……おい田原! ごまダレが旨いって最初に気づいたの、俺だからな……!!」
たった一言。それだけが言いたくて、再度田原へとビデオレターを送った。
田原からの返事があるかどうかは期待できなかったが、俺はそれからずっとモヤモヤしながら生活していた。
──返事が来たのは四日後の事だった。
「来た……ッ!!」
ごまダレを手にし、無心で蓋を開けた。
逆さにしてぶちまけるだけとなったビデオレターだが、俺の心の中に住まう何かが、グッと俺の手を止め、何かを伝えたそうにしていた。
「……ちっ」
ごまダレを一度置く。
分かっている。田原は俺と同じくごまダレに気が付いた奴だ。もしかしたらごまダレ以上の何かが、このビデオレターに入っているかもしれない。そう思ったのだ。
「……あー、山本へ。田原だ。何度も悪ぃ」
ビデオレターには、テーブルにつく田原が映し出された。白い皿の上には俺が送ったビデオレターらしき物があった。
「多分よ、これ観たら鮮度が落ちるだろうからよ、観ずに食うわ」
流石は田原だ。既に鮮度にも気が付いている。油断ならぬ奴だ。
「でよ、俺気が付いたんだけどさ。下茹ですっと臭み抜けてメッチャ美味ぇぜ?」
俺は開いた口が塞がらなかった。
確かに、確かに僅かながらビデオレターには臭みがあったのだ。だが、俺はごまダレとの絡みばかり気になって、肝心の素材を生かした調理法へと目が向かなかったのだ……!!
「ホホ、美味ぇ」
ビデオの中で田原はごまダレビデオレターに一心不乱に齧り付いている。その顔を見れば分かる。絶対に美味い、と。
「山本、悪ぃけどもう一回送ってくれや! じゃな」
「チクショウ……!!」
思わずテーブルを殴り付けた。
ごまダレに気が付いた事に有頂天となっていた俺、そしてごまダレに飽き足らず先を見据えた田原。勝負の差は歴然だった。
俺はその日、人生で初めて本気で泣いた。
それから俺は必死にビデオレターの美味しい食べ方を研究し続けた。だがその間にも田原はより成長していると思うと、何一つ満足する気にはなれなかった。
──数年後、田原がMDの食べ過ぎで死んだことを人づてに知り、心に穴が開いたような寂しさを覚えた。
気が付けば俺ももうすぐ四十を迎える。独身には辛すぎる訃報だ。
田原の墓にはごまダレビデオレターを供えてやった。もう競うことも出来ないのが、ただただ悲しい。
それから俺は奴の命日には、塩揉みしたのちに麹で炒めムニエルにした寝取られDVDを食べることにした。俺の人生でごまダレビデオに次ぐ大発見だ。
寝取られものでなくてはこの味は出せない。
お気に入りの寝取られDVDを冷蔵庫から取り出し、友を思いながらそっとカバーを開けるのだった。